しかし、本当に熱を出してしまったのは、その日の夜だ。
「大丈夫かい?エドワード。医者は疲れだろうと言っている。さっき薬は飲んだし、大人しく寝てれば明日には良くなると言っていたよ。」
医者というものをはじめてみた。
こんなことで医者に掛かるオレは、アルに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


それからまた何日か掛けて、オレ達は伯爵の屋敷にたどり着いた。
「長旅、ご苦労様でした。」
頭が爆発したような髪の人が迎えてくれた。
身体が大きくて、声がでかくて、オレは驚いた。
「彼が、ホーエンハイムの息子だよ。今日からここで一緒に暮らす。色々と教えてやってくれ。」
「かしこまりました。」
でも、とても綺麗な姿勢で立っている。
それを崩して、オレと目の高さをあわせた。
「よろしく。オレはジャンだ。お前は?」
「え、エドワード。」
「ジャン、キチンとした口の利き方を教えなければいけないんだ。暫くは話し方に気をつけて話してくれ。」
「かしこまりました。」
「私は休む。2、3日起きてこないと思うが、後のことは任せた。彼は何も知らないのだよ、頼んだよ。」
「はい。」
伯爵はオレの頭を撫でて、ジャンにマントを預けると、早足でどこかへ行ってしまった。


オレはジャンに引きつられて、部屋に案内された。
「使っていなかった部屋なので、少々汚いですが、掃除をすれば使えないこともないでしょう。」
「掃除をすればいいんだね。」
「掃除をすればいいんですね。だ。」
そういって、ジャンはウインクした。
「掃除をすればいいんですね。」
「そう、よくできました。」
オレ達は掃除をした。
蜘蛛の巣を払うところからはじめて、ベッドのメイキングまで。
一つ一つ丁寧に教えてくれる、ジャンはとてもやさしかった。
丸1日を要したが、綺麗になった時にはとても豪華な部屋だと、改めて気づいた。
ホテルを転々としたため、慣れが生じてきていたが、それでも、この部屋が自分の部屋だと思うと、勿体無い気がした。
今まで住んでいた家よりも広いのだから。
ベッドなどは、今まで寝ていたベッドの3つ分ぐらいあるんじゃないかと思う。
「もう、こんな時間か。良い子はもう寝る時間だな。身体を洗って、もう寝るといい。」
そう言われて、オレは浴室に案内された。
埃まみれの身体は、脱ぐとあたりに埃が舞って、少しむせた。
「一人で入れますか?」
「大丈夫です。」
お互い微妙な敬語だと思う。
ジャンは普段から使わないのだろう。
時々、地のままで話していた。


まだオレはこの屋敷のほかの住人に会ってはいなかったが、準備された浴室を見ると、誰かが用意したのだろう。
ジャンはずっと一緒にいたので、違うはずだ。
オレは張られたいい匂いのする浴槽に浸かり、身体を温めた。


「では、仕事を覚えましょうか。」
「はい。」
次の日、やっと使用人らしい扱いをしてもらえるのだと思うと、落ち着けた。
今までは、お客さんというか、どこかむず痒かった。
「朝は、日が昇る前に起きて、朝露に濡れる前のバラを5本ほど摘んでください。棘がありますので、気をつけてください。もちろん、棘は綺麗に落としてくださいね。」
「はい。」
「そのバラを伯爵の書斎に持っていき、花瓶に生ければ、朝の仕事は終わりです。」
「はい。」
「では、明日からそのようにしてください。」
「はい。」
オレは次の仕事を待った。
だけど、ジャンはそれっきり、何も言わなかった。
「それだけですか?」
「ええ。それだけですよ。」
それだけ?
「バラの手入れをするものも、この屋敷を掃除するものもいますからね。」
「他に仕事はないんですか?」
「そうですね。伯爵が起きられたら、お聞き下さい。そうそう、伯爵が眠っておられる時はバラは摘まなくてもいいので。」
「は…い。」
「では、屋敷を案内しましょうか。」


屋敷は喩えられないくらい大きかった。
山なのではないかと思ったほどだ。
探検するにはもってこいだと、オレはわくわくした。
「ここは厨房です。彼はコック長のシグです。お腹がすいたら、彼に言って食事を用意してもらってください。」
「はい。」
「ここは図書室です。貴重な蔵書などが保管されているので、気をつけてください。ここは、貴方の勉強部屋にもなるところなので、わからないことがあれば、管理人のシェスカに尋ねてください。」
「はい。」
「ここが中庭です。ラッセルとフレッチャーのトリンガム兄弟が管理しています。勝手に食べると怒られますので、注意してください。」
「…はい?」
「屋敷の管理はイズミがしております。彼女は身体が弱いので、明るいうちは絶対に部屋から出ません。怒ると恐いですが、とても優しい方です。」
「は…い。」
屋敷の1階部分を回っただけだが、かなりの距離を歩いた気がする。
「他の部屋はあまり出入りをしないでくださいね。それと、昼間は基本的にあまり我々は活動しません。早く夜になれるように心がけてくださいね。」
「はい。…?」


ということで、オレは早速厨房でご飯を作ってもらった。
「久々に人の食事を作った」と不思議なことを言われたが、オレはあまり気にしないことにした。
「今日は、起きてるが、本来ならば夕刻を過ぎるまで起きないので、明るいうちにお腹がすけば、パンを置いておくので、勝手に食べてくださいね。」
「…?はい。」
ここの屋敷の人はみんな昼間に活動しないらしい。
うん。
覚えた。


お腹がいっぱいになったので、本を読むことにした。
さっきも、感じたけれど、図書室はとても暗かった。
ランプが所々で明かりを灯しているだけで、頼りなかった。
オレは、自分用のランプを持っていたので、それを頼りに歩いた。
しかし、このランプはどういう原理で明かりが灯っているのだろうか。
不思議なランプだった。
「はじめましてー!エドワードですー。本を読ませてください!」
「どうぞー。」
どこから聞こえてくるのかわからなかったが、返事があった。
きっとこの声の主がシェスカなのだろう。


オレは手近にあった本を1冊抜き取った。
しかし、なんと書いてあるのかがわからなかった。
そういえば、オレは文字が読めない。
本とは、文字が書いてあるものなのだと知った。
「これじゃ、読めないよ。」
それでも、興味津々なオレはページをめくった。
所々にある挿絵を見ると、とても楽しかった。


オレは、そうやって伯爵が起きてくるまで過ごした。


「エドワードは文字読めなかったんだね。すまなかった。」
「いえ、すみません。」
オレは恥ずかしくなった。
文字が読めないことはオレの村ではあたり前だったが、本当はそうじゃないらしい。
「謝ることはないよ。これから学べばいい。知識を身体に入れ込むこと。それが勉強だ。」
「はい。」
「ジャン、リザを呼んでくれるかい?」
「かしこまりました。」
しばらくすると、綺麗な女の人がやってきた。
「はじめまして。リザです。」
「は、はじめまして。エドワードです。」
「すまないが、リザ。この子に文字を教えてやってくれないか?あと勉強をするということを。」
「はい。かしこまりました。」


そして、オレは文字を覚えた。
楽しかった。
一つ一つの不明な記号が、意味あるものになっていくのだ。
川で石を投げるより、木に登るより面白かった。
「どうだい?勉強は楽しいかい?」
「楽しいです。」
「とても、のみこみが早くて、驚いています。さすが、ホーエンハイムの息子ですね。」
彼女も父さんを知っているようだった。


そして、オレは学ぶことの楽しさを知った。


夕方、彼らが目覚めれば仕事が終わるのを待って、ラッセルとフレッチャーと遊んだりした。
はじめは、仲良くしてもらえなかったが、それでも根気強くねばり、遊んでもらえるようになった。
シェスカに読んでいい本を選んでもらい、それを読んだ。
シェスカは広い図書室の全部の本を記憶しているらしい。
オレは彼女を見習うようにした。
確かに、本の一字一句オレにとって新世界であり、素晴らしいものだった。
夜も更けると、伯爵のところで議論をした。
伯爵はとても博識で、オレの考えをキチンと聞いて諭してくれた。
「早く、大きくおなり。そうしたら、君も私たちの仲間に迎えよう。」


4年経ったら、洗礼の儀式を行う村へ連れて行くと伯爵は言った。
4年なんてあっという間で、オレは充実した知識の海を漂ううちに過ぎていった。







とぅ びぃ こんてにゅう
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