警備は厳重。
窓1枚1枚張り付くような形で警備員がいる。
窓も見た感じだが、高性能な防弾ガラスのようだ。多分だが、高圧電流も流れている。窓の外数メートルに金網が設置してある。それからこっちには木々が無い。その金網もてっぺんにはレーザーがついてたりするんだろうなと思ったりした。よく見ると窓も2重だ。ここまでしても、守りきれない人間って、ここまでして守らなければならない人間ってなんだ?
オレはBGとしては考えるべきではないことを考えながら、重々しい空気の廊下を歩いた。
警備員はピクリとも動かない。よほどの訓練を受けている屈強揃いと、感嘆した。


執事がひときわ目立つ大きな扉の前でノックをした。
中から、渋い、柔らかな「入れ。」の声がした。命を狙われて怯えているような奴の声ではない。悠々とした声だ。
その部屋には窓が無かった。いや、あると言えばあるのだが、それは精巧に描かれた絵だった。窓ははめ込み。多分、時間や景色によって柄が変わるのだろうと思った。そういうことに金をかけそうな顔をしていた。
「失礼します。」と入ると執事は静かに戸を閉めた。
オレと奴一人だ。
え?ちょっと待って。
一人きりにするんですか?マジで?勘弁してください!
とりあえず、一言…そして冒頭へつづく。


殺意が沸いたが、それはそれ。
契約内容があまりにもひどいので、辞めさせてくれと言おうとした。
可愛い盛りの弟に3ヶ月も会えないのは…、しかも存在が機密事項の弟との連絡を録音及び解析されるなんて冗談じゃない。
「今までの実績は調べさせてもらった。いいセンスをしている。頭が切れるようだね。」
アメトムチ。
「爆破物の処理も凄いじゃないか。この爆弾は湿度も影響する。体温の微妙な変化で空気中の湿度が…」
こちらをちらりと見る。
あんぐりしたあっけに取られた本日2度目のアホ面をさらしていた。
「失礼。君にはこういうごたくは不要であったね。」
もしかしたら、気の合ういい奴なのかも。
あの厳しい契約内容も、こいつじゃなくて、こいつを心配した誰かが作ったものだとすれば、こいつの一言でなんとかなるかも!
お互い饒舌にも、爆弾の解体秘話、薬物検出の丸秘テクニック。
言っておくがオレはおしゃべりじゃないし、特秘事項はしゃべっちゃいない。
気がつけば2時間も話していた。


「もう、こんな時間か。仕事を先に済ませておいて正解だったな。」
しっかり時計は経過した時間分進んでいた。
「下で契約書にサインして一旦帰りなさい。送らせよう。」
返事をして、御礼を言って、契約書にサインをした。執事らしき人は、笑って見送ってくれた。
明日は10時に迎えに上がらせていただきますと、運転手が言った。


「お帰り。この仕事なんだけど、やる?」
と弟が書類を何枚か渡してきた。
「受かったんだけど、オレ。」
生涯、この驚いた顔を忘れないと思う。


「延べ1600通の応募」
「なにが?」
荷造りしている俺に向かってアルが書類に目を通しながら言う。
「マスタング氏のBG」
「へえっ!?」
本日3度目。いい加減、アホ面が板についてきそうだ。
そうそうと、オレは契約内容の紙を渡す。驚く速さで読んでいく。多分全部覚えてしまっているのだろうなと思った。これが、アルが機密事項たる所以だ。存在そのものが機密事項。本来ならば、優秀なBGを幾人と付けて居なければならないのだが、ここの社員でもごく1部しか知らない。
スケープゴートに資料室とかもある。そこで1時間じっとしてるのが仕事の時もある。本人は時間の無駄というが、命を危険にさらすことはことさら辞めて欲しいし、今でも常に命が狙われているのだから。明晰な頭脳のおかげで。
契約書を読んでいるアルの顔が険しくなっている。
「兄サン、辞めなこんな仕事。」
「なんでだよ。」
「おかしいって、法外な契約金もそうだし、なんたってあやし過ぎる。」
「契約破棄したところで、違約金とか出るわけじゃないしさ。3ヶ月したら、帰ってくるよ。」
ほぼ喧嘩別れで次の日を迎えた。
研究道具一式は結構な荷物になった。蔵書もある。
それを車へ積み込むと、出発した。見送り無しか、と落胆した。無情な弟だ。


屋敷に着くと、主人自ら出向いていた。
もちろん、屋敷の外には出てはいないが、それでも、危なっかしいと思った。
だから、1日中側にいろとね。
「BGがずっと側にいろなんていうのは建前だ。私も1日中付いてまわられるのは少々困るんだよ。」
と、耳打ちされた。昨日も思ったが案外ライトな雰囲気のいい奴だと思った。


1日目は屋敷を覚えた。広すぎる。
使用人専用通路なるものまであり、その広さ、迷路具合といったら驚くほどだ。
隠し通路に、隠し扉。一つ一つ確認しながら覚えていく。まかせろ、弟に似て記憶力はいい!
その夜から、仕事は始まった。枕を持って奴の部屋に出向いた。
枕だけは無理言って、検査を早く終わらせてもらった。この枕ではないと眠れない…繊細なのだ。
1日中地図を持って屋敷を探検したので、へとへとだった。
夕食はだだっ広いテーブルで一人で食べた。オレって、使用人だろ?と思ったが、言われたとおりにしとけば無難なわけで、寂しくフルコースを満喫した。
「あまり、ロイ様はお食べにならないんです。1日1食でも食べられたらよろしい方で…」などと、執事さんは言っていた。


いつ見ても微動だにしない警備員に尊敬の念を抱きつつ会釈しノックすると、「入れ。」の声。昨日と変わらない。入るとまだ執務中だった。
時間は12時前。感嘆。
「失礼しました。」と、なれない敬語をたどたどしく駆使し、隣の自室に戻ろうとすると呼び止められた。
「今何時だい?」
「12時前。」
「もうそんな時間か。」
大きく背伸びをすると、首を左右に振った。
「すまないが、厨房へ行ってブランデーとグラスを2つ…君は飲める口かな?」
首を振る。なんとなくしゃべれなかった。はじめてみたくつろいだ顔に不自然さを感じたからだ。
昨日あれだけ談話したのにも関わらず、緊張感が漂っていた。そのほうがむしろ自然な気がした。
「では、ホットチョコレートか、ホットミルクを貰っておいで。」
首を縦に振って肯定すると、違和感を覚えたまま部屋を出た。その違和感の原因はこの後知る。
厨房へ行くと、片付け終わってやっと休憩といった雰囲気だった。


「すみません。」と小声で言うと、見事に聞こえたようで全員がこちらを振り返った。
「なんだ、坊主。」といったのは見事な割腹の強面のおじさん。コック長なのか、手元には長いぼうしがあった。
「ブランデーとグラスと、あと、ホットチョコレート下さい。」
なんとなく怖気づく。気圧されると言ったほうが適格か。
「ちょっと待ってな。ってお前サンか、ご主人のBGは。」
「そ、そうですが…」
大きな声、大きな体、大きな手、低い声…大きな手で頭を軽くたたかれる。
「ちっさいのが、大丈夫か?」
この大男からすれば、世界中のほとんどの人間が小さい。と大して気に止まらなかった。
「大丈夫です。」
「ダメだよ、シグ。あまりいじめてやるな。やっと決まったんだ。」
「そうか。」
後にはいかにも女中頭といった風貌の強面の、でも美人な女の人がいた。きっと、怒ったら恐い。絶対。
「よろしく。エドワード君。こちらとしてもやっとBGが決まってほっとしてるんだ。」
その女中頭のおいでおいでの手招きに応じて、そちらへ足を向ける。
「ホットチョコレートは時間が掛かるから座って待ってな。」
そういうと大きな手で、小さな鍋をつかんで火にかけだした。
「私はイズミ。ここで女中頭をしている。こっちは料理長のシグ。私のだんな様だ。」
最期の一言は小声で耳打だった。少しはにかんだ笑顔は、どこか母さんを思い出させた。
「ここ10年とBGが決まらなくてね。この厳重なセキュリティーもこれでなんとかなるだろう。」
年齢や兄弟のことを聞かれているうちに、チョコレートのいいにおいでいっぱいになった。
「ご主人は少々ヘンテコな方だが良い方だよ。しっかり守っておくれ。」
と最後に付け加えられた。
10年間閉じこもりっぱなし。か。


再び警備員に尊敬の念を抱きつつ会釈しノックすると、「入れ。」の声。
机の上は既に片付けられていたが、昨日感じた緊張感があった。
「お持ちしました。」
と、トレーを机の上に置くとおかしなことに後から返答があった。返答の主は目の前にいる。
「よくできているだろう。ホログラムだよ。昨日君と話したときもコレを使ったんだ。」
振り向くと同じいでたちで立っていた。
「ホログラム?」
「そう。触れもしないし、殺されもしない。実際に会ったのは今日が初めてだよ。」
いや、昨日かと。時計を見ながら付け加えられた。
手には契約書を持っている。
「これは、色々と考え直すところがあるな。」
というと、ダストボックスへ投げ入れた。
「先代が私のためを思って作ったのか知らないが、拷問だな。よく、君はこの契約内容を承諾したね。」
「郷に入っては剛に従えって言うし、嫌だったら、すぐ帰るつもりだった。」
そうかと、笑っている。
不思議な光景だ。同じ顔があって、片やまじめな顔をして微動だにしない。片や腹を抱えて笑っている。
「まぁ、この契約書を見るのは君が初めてなわけだが。」
ということは、書類選考でこの10年間の応募者は落とされていたわけか。
「君が2人目のBGだよ。前のはマスタングを裏切ったんだ。慎重にもなるな。」
さっきの会話とオレの疑問符を知っているような発言だ。
「大体察しはつくよ。皆喜んでいるようだし。」
弟と同じ種族の人間なんだと驚いた。感と言うか、すごい。
「金額とか、契約期間とかはそのままでいこうか。で、休日もそのまま。連絡は、録音はしないけど、できれば私の居るところでしてほしい。休憩時間というか、移動の際は一緒に移動してもらうとしても、この部屋にいるときは自室にいてもらってかまわないし、内線を持って移動してくれれば、屋敷内は好きにしてもらっていい。寝所はどうするかい?ベッドは無駄に広いよ。君の寝相が悪くなければ一緒のほうが私も安心できるし…。」
と、一気にしゃべるのは昨日の饒舌具合からも知っていたが、今まさに目を通したばかりという契約書の内容の一番気になるところばかりをこうもさらっと覚えてしまって、変えてしまった。
「それでいいです。」
オレのほうが覚えられなかった。饒舌は饒舌。まくし立てるような早口は癖なのだろうと思った。
「では、隣が寝所だ。シャワーを浴びてくるから、先に行ってなさい。他の細かいことも、おいおい変えていこう。」
いい奴だと思った。契約内容も本人は知らなかったようだし。
裏切られた…そんなことがあれば誰だって警戒する。


カラスの行水。
浴びてくるといって何分?きっと即席めんも食べれないと思う。ちなみに、チキンラーメンは1分では食べません。あしからず。
トレーを落とさなかったのは幸い。
隣の寝所といった部屋はまさにその名の通り、広い部屋に大きなベッド。
どれくらいある?おれが10人大の字に寝ても大丈夫…それは言いすぎか。
それくらい広いベッドに驚いている間に出てきた。
蒸気を帯びた体は少し赤らんでいる。髪からはしずくがたれている。
「あの時間が一番無防備なんだ。1秒でも早くするに越したことはない。」
と、怪訝そうな顔をするオレに言った。
倒れ込むようにして、ベッドに入る。
「髪…」
「いつも、このままだが。」
起き上がって「ブランデーをもらえるかな」と手を差し出した。
枕がびしょびしょだ。
確かに、枕元には両手でも数えられないほどの枕がある。変えればいいのだが、理不尽さを覚えた。
ブランデーをグラスに注いで渡すと、オレはドライヤーを求めて部屋を出た。
使われた形跡のないドライヤーを見つけるとUターンし、優雅にブランデーを飲む奴の頭に熱風を吹きかけた。
「気にしなくていいのだが…」
「オレが気になるんです。」
一応敬語。
「君も、チョコレートを飲みなさい。さめてしまうよ。」
おおまかにタオルとドライヤーで乾かすと、マグカップをとってベッドの端に座った。
甘い匂いが睡魔を誘った。丁度良い温度で、ゆっくりと暖かくなるのを感じた。
「君の就寝はだいたい何時だい?」
「早いときは10時に寝るし、仕事とかあるときは3時とか5時とか。」
「そんなだから、身長が…、あ、では、12時にしようか。私もそれくらいまで仕事をするし。その時間になったら、直接こちらの部屋に来て寝ててかまわない。起床は8時でいいかな?」
「わかっ…りました。」
「なれない敬語は良いよ。ここでは執事以外は普段、そうしてもらっている。」
「わかった」
「君はコードネームとかで呼んだほうが良いのかな?」
「どっちでも。通称は鋼。理由はこの足と腕。親父が殺された爆破に巻き込まれたんだ。半年に1度はメンテナンスが必要なんだけど。」
腕を指差しながら、笑ってみる。
「触ってもいいかな?」
「い、いいよ。」
ここにくる途中、馴染みの技師装具店で診断書とレントゲンというか、取らなくても見えるけどを貰った。
静に触る。切なげなその目にドキリとした。
目が合うと逸らせなくなった。顔が近づく。
口の中に、ブランデーの味が広がる。お酒って、おいしくないのな。
そのままベッドに吸い込まれた。




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