18の頃、童貞を捨てた。彼女は清楚という言葉が似合っていたと思う。初めて会った彼女はシーツを体に巻居ただけの姿で、寝所で私を待っていた。
震えた声で「抱いてください。」と一言しゃべっただけだった。
全ての事象を受け流していた私だったので、そのまま素直に抱いた。
それから、少なくても2ヶ月に1度はそういった形で女性を抱いた。
24の頃、1度だけ屋敷を抜け出したことがあった。父親が死んで、会社を全て継いで、何もかもが嫌になった頃だ。街角で見たテレビから流れていたニュースで先日抱いた女性が写っていた。絞殺殺人。
なんだ?と疑問に思った。抜け出したことを忘れて舞い戻って執事を問いただした。
「知っておられなかったのですか?彼女たちは全員孤児や浮浪者や売春婦といった社会には不必要な方々でして、せめて役に立てようと当主…先代様が始められたことです。あなた様がここにいる、顔、形、全てが機密事項でございまして、その機密を知ったものは処分するのです。本当にご存じなかったのですか?」
体中から血の気が引いた。
私の性欲処理の為に何十という女性が殺された。
「もう、一切女性は抱かない。この家からも出ない。」と執事に告げると、少し悲しそうな顔をして「かしこまりました。」と一言だけ言った。
彼は、ここから出たら殺されるのだろうか…。
不安に駆られた。
とんでもないことをしてしまったのではないか…?
屋敷の使用人は一切の外出が禁じられている。
食料などの配送者とも顔を合わせないようにしている徹底振りだ。
ここを辞めることは、死を意味することだとあの時知った。
だから、使用人が辞めたいと思わないような主人を目指した。
恐怖が全身を支配していた。
足が震えてきた。
心臓が震えた。
彼を手放すことは彼を殺すこと。
いや、しかし、彼の存在自体が特殊だ。やすやすとは殺されないだろう。
確信のない安堵を感じた時、ノックが部屋に響いた。
体が震える。
平静を装って「入れ。」と振り絞った。
昨日と変わらない姿になっている。
抱えられた枕に顔を半分うずめながらの上目遣いは、自制心の糸を切れさせようとばかりのようだが、無心を装う。
「本当に、なにもしないよ…な?」
「しないよ。」
作り笑いは得意だ。
顔が引きつるのを感じる。今晩も一睡もできないのだろうかと、落胆した。
「さあ、寝ようか。」
「お、おう。」
「あ、あのさ、考えたんだけど…、口でするとかダメか?」
真っ赤になった可愛い顔。勇気を振り絞ったといわんばかりだ。
可愛くて思わず抱きしめそうになる。
けれど、それをしてしまっては、またフル装備になりかねないと考え、私は軽く頭に手を載せた。
「ありがとう。君が横にいるだけでいいから。」
はにかんだ笑顔はまさに少女のそれで、BGという事実も、なんだか忘れそうになっていた。
その夜は静かに寝ることができた。
夢も見ずに、真っ暗な睡眠を…。
5時に目が覚めた。
彼はまだ夢の世界のようだった。
静に起きると身支度をした。
執務室に行くと窓を開けた。だが、それは外ではなく、絵だ。あえてホログラムにはしなかった。
窓を開けたことを感知して人口の風が吹く。それでも、私にとっては外の世界だった。
書類に目を通す。
事件はその日に起こった。
貿易相手の国王が是非とも会いたいといって仕方がないのだ。どこからか、優秀なBGを雇ったと聞いたらしい。
「これでもう、君も外へ出れるというものだね。」
軽く言ってのけた。
24歳のあの日以来、最初で最後。このかた、ここから出たことは無かった。
断割る理由が既に無かった。
国王は先代が最も交友を深めていた人物であり、彼の国の貿易はほぼマスタング家が取り仕切っているようなものだった。
この屋敷にも、私が幼い頃何度か来ている。
10年前のあの事件も知っている人物で、彼の前では秘密など無いに等しい。
2日後、私は屋敷の外に出ることになった。
「エド、2日後が君の初仕事だ。」
「え?」
意気揚々とした顔もまた、可愛かった。
暇をもてあましていたのだろう、研究基材がまだ手元に戻ってきてないらしい。
「なあ、襲ってきた奴って、殺していいの?殺しちゃだめなの?聞くの忘れてたんだけどさ。」
正直驚いた。そうか、彼はBGとして私の側に居るのだった。
「殺すのが慣わしらしいが、顔さえ見られなければ問題はない。あまり殺さないでくれ。こちらもできるだけ努力する。」
きょとんとした顔も可愛い。
「フルフェイスのマスク、貸そうか?」
満面の笑み。
「いや、それだけは遠慮する。」
自家用ジェットがあるなんてはじめて知った。
操縦できるヤツがいるのかと危ぶんだが、うちの執事は何でも出来るらしくジェット機のメンテナンスをすると言い屋上に意気揚々と登って行った。
この家から運転手以外がでるなんて前代未聞だった。
屋敷内が騒然としていた。
「本当に10年間外に出た事なかったんだ。」
生半可な返事をすると、頬を膨らませた。そんな顔も可愛い。一つ一つのしぐさが可愛くて仕方がなかった。
本当は5年間だが、話すのが億劫になった。それを話しても何かが起こるわけではない。
「この家探検して思ったんだけどさ、迷路だよね。」
「そうだな。この屋敷は先々代が建てたもので、彼もまた私のように変わり者だったらしい。」
「自覚があったのかぁ。」
そういうくるくるした表情が好きだし、驚くたびに変わる声のトーンもかわいらしい。
「今日はいやに饒舌だね。」
「そうか?仕事らしい仕事ができるからかな。」
「そうか。君の仕事はBGだったね。」
「え?何でオレここにいるわけ?その発言おかしいよね。」
君が寝るまでのたわいない会話。この時間が好きだ。
まだ3日目。慣れるには早すぎるが、もしかしたら、ずっと前からこんな時間を毎日過ごしていたかのように思えてくる。
彼は可愛い。
本当に可愛い。
彼をこの屋敷に招きいれたのは間違いではなかったのかと、不安に駆られる。
顔に出ていたらしく、汲み取ったか彼が心配そうな顔を向ける。
防衛線と、私と彼の間には1メートル近くの距離がある。
それだけ離れても平気なほど無駄に広いベッドなのだが、今は少々このベッドが疎ましい。
手を伸ばしてもギリギリ届かない距離で彼は眠るのだ。
頭をなでることも、抱きしめることもできない距離だ。
それでも、寝顔は見えるし、規則正しい寝息も聞こえる。幸せこの上ない時だった。
検査機関から彼の私物が戻ってきた。
拳銃・ナイフ、一つ一つ丁寧に確認するようにバラして組み立てる。
器用なものだと思った。
しかし、風貌が遠足に行く前の子供のようにしか見えず、思わず笑ってしまった。
彼は腰に巻くポーチの中身を点検しながら、機嫌の悪そうな声で文句を言った。
自分の持ってる武器装具を確認しておいて欲しいと、執務室で作業を行っている。
仕事片手間その光景を見ている。
「背中に一丁と、足に一丁銃を携帯している。腰と足と腕に3本ずつナイフ、腰のポーチは毒物検査薬、爆弾解体道具、解毒剤。あ、解毒剤は基本的に1本ずつしか持っとかないから。あんたの分な。オレは大抵の毒には抗体持ってるし。」
BGっぽい口調で説明していく。
細い身体に色々と仕込むものだと感心した。
「で、当日オレ、女装するから。」
あっけらかんとした口調に思わず素通りしてしまうところだった。
「女装?」
「そう。スカートの方が色々と隠せるんだよ。公式の場で変な格好とか出来ねぇだろ?」
「大丈夫、昨日執事さんにお願いしといたから。朝には届くって。」
その日の夜は、興奮冷めやらない私は(私のほうが遠足前の子供のようだ)なかなか寝付けずに、規則正しくゆれる彼の肩を数えていた。
日帰り旅行だが、見事なお見送り。屋敷中のほぼ全ての人間が見送りに着ているのではないかと思うほどの人数だった。
中には涙ぐんでいるものもいる。
私は一体何処へ行くんだ?と不安に駆られた。
「盛大な見送りだな。日帰りだって言うのに。」
「慣れればなくなるさ。」
どこかむずがゆい思いを感じながら笑うと、彼も一緒に笑った。
こういう感情の相性はとても良いようだ。合わせて貰っているにせよ、起伏の相性が良い。
彼は飛ぶジェット機の中で着替えをし、見事に「少女」になっていた。
「少し、化粧をしているのかね?」
「色つきリップ。」
少し恥ずかしそうに返答する彼は可愛かった。
長い髪を二つに結わえて、大きなリボンで留めている。
フレアなスカートの下に銃などが隠されているとは到底思えなかったが、座席に腰掛ける際カチャリと音を立てたのを聞き逃しはしなかった。
全身グレーのシックな2ピースで、スカートに合わされたジャケットはゆったりとしたものになっている。
それでも、昨日聞いた装備がこの細い肢体のどこに隠されているのかと疑問を抱いた。
緊張している私を気遣ってか、始終笑顔でいてくれた。
「お久しぶりです、ルイ8世。」
「ロイ君!!こうやってあるのは父君の葬儀以来か。」
「ええ、お元気そうで何よりです。」
歓迎のパレードなんかはない。
本当はしたいのだと彼は笑っていたが、事情を考慮してくれているのか簡素なリムジンで王宮までやってきた次第だ。
大きな体をかがめ、大きな手で握手をする。
「国民も、貴方に感謝しているますよ。」
「私はただ、父の仕事を引き継いだだけです。」
この国の鉱山を見つけ、輸出ルートを確立し、経済的に豊かにしていったのは紛れもなく私の父である。
父が亡くなったときは、この国でも大々的な告別式が執り行われた。
貧しかったこの国は、いまや超大国の仲間入りをしている。
滞りなく済むはずだったが、やはり無理だったかと落胆した。
自家用ジェットが爆破された。
幸い怪我人無し。
空港に犯人がいるとのことだったが、探すのも億劫だったので国王に任せた。
国王はたいそうご立腹で、死刑だと叫んでいる。
一方彼はそ知らぬ顔をしているようだったが、緊張感が漂っていた。
会談の席では同席せずに見える距離で待機していた。
微動だにしない。屋敷内で見る表情と言うものが無く、無機質と言ったものだった。
優秀なBGであることは間違いないようだった。
国王との会談半分彼のことを考えていた最中の報告だった。
お陰で、見事なビジネスチャンス到来。この国にまたマスタングの名の系列のビルが少なくても3つは立つはずだ。
国王専用のジェット機に乗って帰ることを強要され、しぶしぶ絢爛豪華なジェット機に乗って帰った。勿論、運転は国王お抱えの操縦士だ。執事が落胆したのは言うまでも無い。
エドといえばどこか神妙な面持ちで、国王の解析班から半ば無理矢理強奪した爆破物の破片の入った袋を見ていた。
「確かに一般の空港だったけど、おかしいだろ…。あんたが狙われたにしては迅速すぎるし、行動も派手だ。なんたって無人のジェット機を爆破する必要がある…?」
自問のように聞こえたが、あえて私は答える。
「それもそうだな。妙と言えば妙だな。」
「確かにアンタがBGを雇った事は、あのド派手な公募から言って、知らないヤツはいない。調べれば簡単にオレが採用されたことだってわかる。でも、すぐさまBGを引き連れて他国へ出かけるなんて、誰も考えていないだろうし、準備する間もない筈だ。」
考えるときの癖だろうか。手で唇を弄んでいる。
「…、たしか国王専用のジェット機はこれ1台の筈だ…」
と、わたしが口をはさむと、思い立ったように破片に目をやる。と、突然、興味無さげな顔になった。
「空港へ連絡したら?たぶんそっちに何かいるはずだ。」
「いや、戻ろう。」
「はぁ?何言ってんの?わざわざ戻ること無いよ。」
「いや、戻ろうか。面白い事がおきそうだ。」
「だから、大人しく帰ったほうがいいって。」
「なぜだい?」
「だからさ、…とにかく帰ろう。」
操縦室に向かおうとする私の服のすそを引っ張る。そのしぐさは可愛くて、抱きしめてしまいそうになった。
いやいや、今はそんなことを言ってられない。
「久々に外に出たからってはしゃぎすぎだよ。」
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