可愛い生物が1匹…。
金猫とは本当にすばらしい名前を付けたものだ。
しかし、この名前はまだ使っていない。
願わくば使われないことを祈るのみだ。


枕というオプションは未来永劫、私の中で最高位の可愛いを付属するアイテムとして君臨するだろう。
可愛いんです。本当に。


人と触れ合う久々の感覚、それも知った相手となんて初めてで、ましてや初めてなんて初めてで、いや?いたか?
男だとか、女だとか、そういう感覚は当の昔になくなっていた。
常套句で、言い訳じみているが、君だから好きなんだなどといったら、バカヤロウとひとこと返ってきた。
上気した頬、潤んだ瞳、軽く開けられた唇。どれをとっても、可愛かった。
そういったら、今度はバカと細い声で返ってきた。


私はなんと幸せか。
自分が恋した相手を抱くことができるなんて、この世の災厄全てが降りかかってきても、本望だった。
こんな幸せを受ける権利も何もないはずなのに…。


現金だなと思いつつ、後ろ髪を引かれつつ、幸せを満喫した。
疲れ果てて眠る彼は、眉間にしわを寄せている。
申し訳ないと思いつつ、可愛いと思いつつ、その眉間に口付けをした。


ああ、何たる背徳感、何たる欺瞞。


幸せなはずなのに、また夢を見た。


暗い暗い森の中。
いつもここだ。
聳え立つ木々が人の顔になり、私を責め立てる。
「シアワセニナッテイイトオモッテイルノカ?」
「ワタシハモットイキタカッタ。」
「ワタシハシアワセニナルコトガデキタカモシレナイノニ!」
わたしはただ、耳を塞いでうずくまっていることしかできない。
助けてくれとも言えない。自分の咎だから…。
それでも、月を臨みたかった。
この森を出ることができれば、明るい月に出会える気がした。
でも、足は蔓に囚われ身動きが取れない。


声にならない嗚咽に目が覚めた。
まだ夜は明けていない。
目の前には月のように輝く小さな頭。
規則正しく呼吸をしている。
闇の中キラキラひかる金色を一筋すくい、口付けた。


君を守らなければ…
それが唯一の私の光で救いだ。
君を守らなければ…
この森へ引きずり込んだ私からの贖罪だ。
君を守らなければ…
君を手放さないために…


人工的な光がさす。
本物の窓はこの部屋にはない。
部屋に光があふれる。
いつか、君と本物の朝日を浴びることができたらどんなに幸福か。
ああ、自分がどんどん貪欲になってゆく…
君さえいればいい。
他には何も望まない。


その日、1日中彼のことを考えてすごした。
仕事にならないなと自嘲した。
彼は隣の部屋でのた打ち回っているのだろうと思うと、申し訳なく思った。
この部屋から出ることはほとんどといっていいほどない。
運動不足だと感じれば、隣の部屋にマシンがある。
廊下にすら出ないことがほとんどだ。
それでも、彼と食事を取るようになってからは、少なくても1度は出るようになった。
窓の外には重々しい柵が見えるけれどそれでも、れっきとした外があった。
先日の外出は、本当に久々の外だった。
空港から、ここまで相当な距離の中、5年ぶりに見た外の風景はがらりと変わっていた。
あまり大きい町ではなかったと記憶していたが、高層ビルが立ち並び、町から街へと変わっていた。
このビルのほとんどが自分の会社なのだと思うと、なぜか情けなくなった。
汚いこともやってきた。それが仕事なのだと割り切ってきたから。
でも、それが本当に正しかったのかと、少しだけ疑問を感じた。


夕食は定時。
彼は食欲旺盛で、見ているだけで満腹になる。
それが今日は進んでいないようで、まだ身体の調子が悪いのかと按じてみたが、大丈夫と言う彼の言葉は頼りなかった。
夕食後は基本的に事務処理に当てるようにしている。
12時前には手に取った仕事を終わらせていたいからだ。
彼は計ったように12時ジャストにノックをする。
一秒も狂わずにだ。
しかし、今日に限ってまだジャストではない。
すると執事が甘いチョコレートの匂いと共に顔をのぞかせた。
彼が優しい顔をして戸惑った猫を見るのを見て、彼をここに招いてよかったと思った。
私だけでなく、この屋敷の全ての人間が彼のおかげで優しい顔をしている。
暖かな蜜色の月。
闇の中でも、どこでも、彼さえいれば恐くない。


しかし、彼の才能を考えた。
見事なまでの功績は敬服に値するし、私が知らない功績も数多くあるはずだ。
ここにいたのでは才能をつぶしてしまう…彼は私のエゴの為にここにいる。
天地が崩壊する。
何ということをしてしまったのだろうか…、私は、彼を…。
恐くて仕方が無くなった。
震える手のせいで最後の1枚のサインが歪んでいた。
本当に恐ろしいことをした。
震える手をごまかすために、席を立った。
彼の持つお盆の中で氷がキラキラしていた。


彼は私を恨んでくれるだろうか…いっそ…


それでも、私は彼を愛していると、惨酷にも気づいてしまった。













黒猫の用心棒

教訓4〜日向ぼっこは好きです。でも、下手をすると背中で目玉焼きが作れそうな気がしてきます。〜














「今日は、オレ、この家を探検するから。」
そう意気込んでいた。
「警備装置とか、詳しく見ておきたいしさ。」
笑った顔が朝日のようにまぶしかった。
黒くよどんだものが体中から溢れかえってくるような、苦しさを感じた。
「っていうのは、建前で、ほとんど探究心。すげーんだもん。この家。」
キラキラと目を輝かせる。
その姿は15歳の少年なんだと自覚した。
まだ、15歳だ。
この先いくらでも、なんにでも成れる。
こんなところで、彼を朽ちさせてはいけない。
愛しているなら、彼を無事この家から解放しなければならない。
「まぁ、この家で何かあるとは思えねぇけどな。」
朝食を食べ終わり、自室に引き返している私たち。
彼は踊るように駆けていく。
私は自室の前でドアノブを握った手をじっと見つめて、後悔していた。




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