アルフォンス君には悪いが、彼を手放す気は更々ない。
彼が私から離れていかないためにはどうしたらいいのか。
彼を閉じ込めてしまいたいと、恐ろしい妄想に駆られた。
その夜の夢もまた、あの森。
私はその森で地面を掘っていた。
ずっと、ずっと掘っていた。
何かを埋めるために、いや、隠すために掘っていた。
何かはわからなかったが、とても大切なものだった。
爆発音で目を覚ます。
「あんたは、とりあえず、着替えて荷物を纏めとけ。」
いつもの気だるい寝起きとは違い、彼は既に覚醒していた。
屋敷中にけたたましく鳴る警報機の音。
耳が痛かった。
彼は自室に戻っていった。
ものの30秒、彼は制服に着替えて戻ってきた。
私は、まだシャツを着ている途中。
「いいか、そのまま聞け。爆発があったのは1階の食道付近。」
私はいそいそと着替える。
今の間にどこからそんな情報を得たのか。
「崩れることは多分ないから、このまま屋上のヘリポートへ行く。」
ようやっとジャケットを羽織る。
「爆破の規模から行っても、大きくないはずだ。」
荷物は彼の進言で、常に纏めてある。
まだ半分寝ている頭で、現状を把握しようとする。
とりあえず、今私は彼に手を引かれ屋上に向かっていた。
仮面はしっかり装着。
この場合、全員ということも考えられるが、特定の人物とも考えられた。
ヘリポートは既に参加者がまばらに集まっていた。
ヘリはいつでも発進できると準備は終わっていた。
着た順に支配人が謝罪を述べ、次々にヘリに乗せていた。
私が着てから2つ目のヘリが飛び立った頃、また爆発音。
彼は、挙動不審状態で、キョロキョロしている。
弟の姿が見えないからだろう。
「弟を連れに戻ってもいいぞ。」
私は彼に叫んだ。
彼は目を見開いて、首を横に振った。
「“鷹”ついてるから。大丈夫。」
そういった彼は大丈夫そうではなかった。
ヘリに乗り込む順番がまわってきた。
しかし、私は乗り込んだ彼を下に落とした。
(ヘリは既にすこし浮かんだ状態で乗り込んでいるから。)
しりもちをついて呆気にとられる彼。
「弟と一緒に無事に帰って来い。」
そう叫ぶと、私は彼を置き去りにし、一人島を離れた。
私がいれば、足手まといなのだ。
もしこのヘリが爆破されても、それは私の運命だ。
無事に屋敷に着いたとき、執事が迎えに出ていた。
執事の顔は青ざめている。
「ぼっちゃま…」
「無事戻った。」
しかし、彼はいない。
状況を軽く説明して、彼に非はないとしつこく言うと、あきれ返った溜息を吐かれた。
「わかっております。」
わたしは、彼が戻ってくると信じていたし、彼は死なないと信じていた。
しかし、既に3日が経った。
事件の全貌はこうだ。
参加者の一人のBGが実は暗殺者で、暗殺を試みたが、失敗したと。
屋敷はヘリが全機無事に飛び立つと同時に崩壊したらしい。
アルフォンス君は私が飛び立ったすぐ後に到着したらしい。
彼は入れ違いに屋敷に戻っていたのかもしれない。
アルフォンス君は激怒し、私を罵った。
当然だった。
捜索隊を編成し、島をしらみつぶしに捜索させた。
犯人の遺体しか見つからなかった。
彼はいったいどこに行ったのだろうか。
もしかしたら、どこかのヘリに一緒に乗り込んだのだろうか。
私は気が狂いそうになった。
そして、1週間が過ぎた。
私は気が狂う思いだった。
屋敷中がそわそわとしている。
もう、1週間なのだ。
生きてはいないと誰もが確信していた。
手につかない仕事は、見事に山のようになっていた。
私は、何度と無く頭を打ち抜こうと拳銃を用意した。
しかし、彼が生きていると信じたかった私はそれすらかなわず、ただ、心を荒立てているしかなかった。
私は、執事の反対を押し切り、単身彼の会社に向かった。
大きな簡素な部屋。
大きな机の後で一人の少年が、しきりに書類に目を通している。
こちらを見ようともしないその顔は笑顔だ。
「何をしに来たんですか?」
「謝罪しに来た。」
「何を?」
「エドワード・エルリックのことについてだ。」
「社員の任務中の死亡はよくあることです。雇い主の命は助かっている。」
「彼を…」
「たかが、社員一人の死亡ぐらいで、僕は動きません。労災も降りますしね。」
「だが…」
ついさっきまで笑顔だった顔が、般若面のように変る。
「殺されたいんですか?僕はあなたが憎い。ただ一人の肉親を殺した。」
私は頭を下げるしかない。
暫くの沈黙が続く。
「誰か良いBGを探しましょうか?たくさん居ますよ。うちは優秀ぞろいだ。」
拒絶拒絶拒絶。
顔を上げると笑顔に戻っている。
「あなたとお話しすることは何もない。」
そう言うと、奥の部屋に入っていた。
私はただ立ち尽くした。
「下まで、お送りします。」
“鷹”に連れられ、出口へ向かった。
何も語られないその唇は固く結ばれていた。
運転手が駆けてくるのが見えた。
何が起こったのかと危惧したが、その顔はそれとは違った。
「ご主人様、金猫が見つかったそうです!」
私は安堵と共にその場に崩れてしまった。
「生きてます!無事です!」
隣で“鷹”は報告してきますと、口元を緩め駆けていった。
ああ、良かった。
本当に良かった。
屋敷に戻るが、その姿は無かった。
「ただ今、漁村にて保護されたようです。」
執事があわただしく報告する。
彼の顔もまた安堵に満ちている。
運転手にすぐに迎えに行ってやるようにと指示を出した。
流石に、私はもう出してもらえないだろうと思ったからだ。
「ご安心下さい。」
執事は私に言った。
その言葉は何よりも安心した。
16時間後、彼は屋敷に戻ってきた。
真っ黒に日焼けした顔は生気が薄れていたが、それでも軽い口をたたけるほどだった。
「1週間も漂流しちまったよ。」
こけた顔は満面の笑みだ。
私は彼を抱きしめる。
ふらふらと、運転手に支えられていた彼を抱えあげる。
恥ずかしげに笑う顔に、私は安堵した。
待っていたかというばかりに、屋敷の使用人全員で迎えた。
みんな笑っている。
ああ、良かった。
無事で、生きていて、本当に良かった。
「あの後さ、アルを見かけてヘリポートに戻ろうとしたんだけど、手榴弾持ったバカが、ヘリポートに向かおうとしててさ」
勇者が冒険を語るかのように嬉々として語る。
「攻防の末、どうにか阻止したはいいけれど、その後へリポートに行ったら誰も居ないんだもん。」
あははと高らかに笑う。
「なんか、起爆装置とかも仕込んでたらしく、解体するまもなく爆発してさ。」
彼の部屋のベッドの上で彼は寝かされている。
むろん、本人は大丈夫だと言い張ったが、それでも心配は心配なのだ。
「仕方がないから、海にダイブだよ。でも、オレオートメイルでさ。爆破で一緒に飛んで来た板に掴まって漂流。」
突然真剣な顔になる。
肩が震えている。その瞳は潤み、今にでも大粒の涙を流しそうだった。
「死ぬかと思ったら、あんたの顔が浮かんだ。アルじゃなくて、あんただ。」
小さな手で私にしがみつく。
「あんたに会いたい一心で、生きてた。」
声がだんだん嗚咽交じりになってくる。
「恐かった。恐かった。死ぬかと…あんたにもう、会えないかと思うと、恐かった。」
涙で濡れたその顔を優しく拭う。
「生きててよかった。本当に。」
私は彼を抱きしめた。
強く抱きしめた。
「でも、あの時置いてかれて正解だったと思うよ。こうして生きてるから言えるけどさ。」
「ははは、君は見事に各国の要人を守りきったんだったね。」
「そうそう。あのままだと、アルが乗り込む前に大変なことになってたかも。」
「そうだね、」
「でも、よく考えてみると、腕利きが集まってたわけだし、どうだったかなと…」
落ち込む彼に、私は笑顔を返す。
彼もつられて笑った。
「明日にでも、アルフォンス君に元気な姿を見せておいで。オートメイルの整備もあるだろう?」
「うん。」
潮でぼろぼろになった髪、日に焼けてこけた顔。
腕と足は、海水のお陰でほとんど動かないようだ。
栄養失調の彼は医師の判断から点滴だ。
お腹がすいたと暴君を言っているが、仕方がない。
報告によると、彼は板の上で死んでいるかと思ったと漁船の乗組員が言っていたとのことだ。
何枚かあわせられた板の上で、それに身体を巻きつけた状態で発見された。
気を失っていたとのことで、死体と間違われても不思議ではなかった。
目を覚ました彼は、連絡コードと自身のコードネームをしきりにつぶやいていたという。
眠る彼の額に口付けをし、自室に戻った。
彼が生きていたという安堵感で、私はいっぱいだった。
「これで、お仕事もはかどられますかね?」
執事が小粋にウインクをした。
書類の山を見て、うんざりしたが、ペンを握る手が軽かった。
彼がいなければ、私は生きていけないという恐怖を覚え寝付けなかったため、私は仕事に没頭した。
第7話
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