そしてオレはしっかり戸締りをした。
宝箱は持って帰ることにした。
入れるものが一つ増えたからだ。


ドンちゃん騒ぎの際、誰かが撮った写真だ。
みんなしあわせそうな顔をしている。
葬儀の際、誰かが渡してくれた。
あいつの写真はこれ1枚きりだ。
こちらを向いていないし、とても小さいく写る写真。
隣に俺がいる。
あいつも、オレも笑っている。


菜園を見ると、芽が出ていた。
ミニトマトだろうか。ピーマンだろうか。ジャガイモだろうか。
オレは水をやった。
もう、水をやることもないし、収穫すらされない。
それでもオレは水をやって、雑草と思われるものを抜いた。


森に入った。
もうすぐ夜だ。
夕日は頼りなく足元を照らした。


森の中を歩いた。
夢の中の森と一緒だった。
でも、妖精もいないし、ドワーフもいない。
ましてや、湖なんて無かった。
水密灯もオレには見つけることができなかった。


あんたが隣にいないから?


オレは、月夜を臨んだ。
まん丸の月がやさしい色で照らしている。
オレは泣いた。
あいつの名前を叫びながら泣いた。
愛していると叫んだ。
もう、あいつの耳には届かないと知っていたけど、叫んだ。


オレはまた足りなくなったのか。


気が付くと森を抜けていた。
何時間歩いたのだろうか。
足はくたくたで、月は青白くぼやけている。
朝日が昇るのをはじめて見た。
まぶしくて、オレはキチンと見ることができなかった。


始発のバスに乗り、オレは帰った。


帰り着くと、シャワーを浴びてベッドに倒れこんだ。
枕はあの家においてきた。
唯一オレがいたという証だ。
冷たいシーツが気持ちよくてそのまま夢も見ずに寝た。


「兄サン、仕事する?」
寝てばかりいられないと、先日アルに仕事を依頼していた。
オレの部屋を軽くノックする。
「何の仕事?」
「爆弾処理。」
「うってつけ。」
オレは身支度をした。
久々に着たレザーの上下は身体にしっくりきた。
学生のような制服は1着だけ持って帰った。
ぱじゃまもだ。
あいつが一番触ったものだから。
洗濯しても、あいつが残っている気がした。


あいつの知らない俺がここにいる。
身の程知らずな大きなバイク。
練習には相当な時間を要したが、14の年には自由に乗れるようになった。
界隈を走るには問題ない。
オレはバイクにまたがり、エンジンをかけた。
ヘルメットをかぶると、オレは久々のバイクを堪能した。
そういえば、ギリギリだった足がそれなりに付くようになっている。
そういや、1.5センチ伸びたと言ってたな。


到着すると、今か今かと待っていたようで、早々にオレは現場へ向かわされた。
解体工具を引っ張り出し、解体を始める。
周りで大男共が覗き込む。
「これは、確かに難しいけど、こつをつかめば簡単なんだよ。」
オレは次々に配線を切断していく。
「このタイプは、ちょっとやそっとの振動じゃ爆発しないし、切る順番さえ間違えなければ問題ない。」
覗き込む大男共は真剣に耳を傾けている。
「まず、外枠のダミーから切る。これを切らないと、邪魔で仕方がないからな。でも、そのなかに1本だけ起爆装置に繋がってたりするから…」
オレは、次々に爆弾を解体した。
気がつけば引っ張りだこだった。


研究員の情報も、暇を見つけて調べた。
これには骨が折れた。
が、一つ見つかると、芋づる式でたどり着けた。


オレは心行くまで暴れた。
後始末はアルに任せた。
二つ返事で了承してくれた。
「まあ、表立った研究機関じゃなかったしね。」
この研究のせいで、両親親類、自身の身体までが犠牲になったのだ。
逆にオレ独りでと言ったら、リザねぇや、ハボックからブーイングが来た。
でも、頑として譲らなかった。
支援だけはさせてと言う彼らに、しぶしぶ了承した。


もう、すべてやりつくした。
オレは18歳になっていた。


たまに宝箱を膝の上に載せて、チョコレートボンボンをかじりながら、あの森を思い出した。
もう、あの夢は見ていない。
見ようとしても見れない。
最後に見た夢の手の感覚だけが今も残っている。
今夜も月が綺麗だ。


オレはあいつの墓には葬儀以来行ったことがなかった。
身体はそこにあっても、あいつはそこにいない気がした。


オレは、部屋を片付けた。
オレのものを全て処分した。
とはいっても、オレのものなんてほとんど無いに等しい。
アルに行ってきますと言うと、何処に行くのとも聞かれずに行ってらっしゃいと返ってきた。
アルは全てを知っているんだろうな。
なんたってエスパーだし。
オレはくすっと笑うと、悲しい顔をされた。
すぐ逸らされた顔は、泣いていたのかもしれない。


オレは、あの日のようにバスを乗り継いだ。
そして、あの日のように10時間歩いてあの家に着いた。
菜園にはあの日植えたトマトが、雑草に負けじと実らせていた。
オレは一つずつもぎ取り、袖で拭いてかじりついた。
生ぬるいトマトはとてもすっぱくて、食べれたものではなかった。
部屋はあの日のままだった。
綺麗に片付いている。
オレは、寝室に向かい、染みの残ったかび臭いベッドに横たわった。
そして、懐かしい枕に顔をうずめた。


「ロイ。おはよう。今日もいい天気だね。」
オレは珈琲を点てた。
買ってきた野菜ジュースとパンを食べた。
「ロイ、庭にトマトがなってたよ。今日はトマトのサラダだね。」
「午前中は何をしようか。」
「オレさ、あんたといっぱいやりたいこと考えてたんだよ。」
「花嫁修業読本なんか読まなくても、俺が教えてやるよ。」
「任せとけよ。“鷹”のおねぇさんにしっかり教わってたんだからさ。」
「ロイ、…。」
オレは珈琲の湯気が立つあいつの席に向かって話しかけ続けた。
返答なんてない。
珈琲はだんだん冷めていき、冷たくなった。
虚しかった。
あいつがいない。ただそれだけのことなのに。


その日の月夜はとても明るかった。
「オレも連れて行ってくれ、あんたはあの森にいるんだろ?」
オレは空を抱きしめた。
あいつの温もりはない。
ただ虚空を仰いだだけだ。
「もう、いいだろ?研究も、全部消したよ。後はオレがいなくなればもう、研究はこの世から消える。」
オレはまた、虚空を仰いだ。
「もう、いいよね。」
オレはすこしだけ小さくなった制服を着た。
初めに3cmばかり身長を水増ししたサイズで作られた制服。
それでも、少し小さい。


オレは星空を仰ぎながら森に入った。
月明かりはオレの足元を照らした。
宝箱をオレは大事に抱えている。
暫く歩くと水辺に着いた。
ここはいつか見た沼だ。
静かに足を踏み入れる。
冷たい感覚が足にまとわり付く。
沈んでいく。
腰まで沈んだとき次の一歩で、オレは沼の奥深くに沈んだ。
不思議と苦しくはなかった。
あいつに抱きしめられている。
そんな感覚が体中に広がった。


オレは宝箱をぎゅっと抱きしめた。





























































オレを引き上げる誰かがいた。
オレはその腕に抱かれた。


目を開けるとあいつがいた。
オレも腕を回して抱きついた。
そしてオレ達はキスをした。
長く、そして深く。


オレ達は手を繋いで森を歩いた。
妖精も、ドワーフも、女神もオレ達を祝福した。
水密灯が足元を照らす。
月もオレ達の上で輝いている。
オレ達は笑った。
オレ達は幸せだった。
やっと幸せになれた。


オレ達は幸せだ。







END

あとがき
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