HR終了後、アームストロング先生から呼び出しを食らう。
「マスタング君、エルリック先生のお世話を頼みます。」
「………、はい?」
「彼はあの通りですので、穏便に事が運ぶように見守って欲しいのです。」
「は、はぁ。」
「教育実習生とは言っても、基本的には転校生と同じと考えてもらって構いませんし、」
「?」
「彼は、教育課程を取ってないので、体裁上は教育実習生ですが、皆さんと和気藹々楽しんでもらってください。」
含みのある言い方にオレは不安になったが、模範生・優等生のレッテルを貼られているので、しぶしぶ請け負った。
お世話と言っても、一緒の教室で一緒に授業を受ければ良いだけの事だ。
移動教室のときは、迷子にならないように…。
「あの、エルリック先生は?」
「次の時間は、早速移動教室だからって、張り切って出て行きましたよ。」
「ガッテム…。」


この学校は迷子になりやすい。
1年生の遅刻理由でダントツに多いのは迷子だ。
トイレに行っていて、集団の移動に間に合わなかったとなれば大変だ。
地図でもあればいいのだが、来客用の入口にひとつあるだけだ。


オレは廊下を猛ダッシュで走っていた。
メールで連絡を取ると、まだ移動先の教室には来ていないとのこと。
近くにも姿は見えないらしい。
来たらメールをしてくれと、走りながら送った。
器用な自分に感嘆する。
だだっ広い校舎。
せめて、特別教室棟にいることを願った。
ここだけでもかなり入り組んだ作りになっている。
例であげるなら、音楽室。
入口は3つある。その3つとも別々の方向へ繋がっている。
オレの教室から行くならば、1つ目のドアから入るには特別棟に直接行かずに、1学年の教室棟を抜けて、中庭に出る。
中庭を横断して、3段くらいの階段を上る。
上ったところでは左右に階段があり、その右側を登っていく。
上っていく途中に渡り廊下と繋がっている箇所があり、それを渡りきったところが音楽室だ。
2つ目の入口は、特別棟に行き、中央階段を3階まで上がる。
上がりきったところで、左に曲がり、すぐの避難通路から階段を下りる。
降りる途中の合流地点をそのまままっすぐ行ったところが音楽室だ。
3つめは、これが一番正攻法。
2学年の教室棟の2階に行き、それから渡り廊下で特別棟に行く。
ついたところの右に3つ目の教室が音楽室だ。
このように、複雑かつ、意味の判らない仕様になっている。
なので、迷えば、本当にたどり着けないのだ。


手当たり次第探すが、メールも来なければ姿も見えなかった。
当の昔に本鈴は鳴り終わっていた。
入り組んだ特別棟が憎たらしい。


かぼそく叫ぶ声が聞こえる。
下の階だと、階段を下りるが姿が見当たらない。
それもそのはず、中央階段から降りれば、左右の階段から降りたところにはたどり着けないのだ。
軽く舌打ちして、もと来た階段を駆け上る。
左端まで猛ダッシュ。
声は大きく聞こえてくる。
安心半分、呆れ半分で、オレは階段を駆け下りた。
不安な顔をして誰か〜と鳴きそうな声で叫んでいる。
「エルリック先生。」
「あ、マス、マス…。」
「マスタングです。探しましたよ。」
息が切れる。
これだけ走ったのは、去年のマラソン大会以来だ。
「ありがとう。迷っちまった。」
「この学校、迷い易いんです。」
安心した顔を見せる。
本当に可愛いと思う。
糞餓鬼相手に何を思っているんだと、自己突っ込みする。
「あ、ごめん、オレ探して…授業は?」
「大丈夫です。オレ、優秀なんで。」
「ああ、ご、ごめん。」
しょぼくれた顔をしている。
頭を撫でて大丈夫だから、心配し無くていいよなんて優しい言葉をかけたくなる。
でも、こいつは15歳の糞餓鬼だ。
「いいですよ。サボれてラッキーですし。」
オレは行き場の無くなった手をポケットに突っ込んだ。


ただ今の場所、まったくもって移動先とは反対方向。
更に、あと15分足らずで授業は終わる。
このまま戻っても、号令だけに参加するようなものだ。
「今から戻っても中途半端ですし、案内しましょう。」
「そうなのか?」
「あと15分を切りましたし。」
「あ、サボらせちまった。ごめんなさい。」
しおらしい。
「いいですよ。オレ、先生のお世話係になったんで、出席扱いにしてもらいます。」
「せ、世話係?」
「不満でも?」
「いや、動物扱いのようで、癪だ。」
「この学校、複雑でしょ?卒業生はまだしも、教育実習生にはこうやってお世話係がつくんです。」
「確かに、地図見てもわからなかった。」
「でしょ?」
ネーミングに問題があるんだよと、まだふてくされている。
ふくれっ面に指を指すと、プすっと口から息が漏れた。
そして、2人で笑いあう。
屈託無い笑顔を向けられる。
やっぱり、見たことある?


オレは糞餓鬼を連れて校内を回れるところだけ回った。
糞餓鬼、失礼しました。
存外、良い奴だ。
でも、ちょっとだけ、歳の割にはお子様。
「マジ意味わかんねぇ。この学校作った奴の顔殴りたい。」
「慣れるまでの辛抱ですよ。」
「慣れたころには、研究所に戻ってる。」
「そうでした。」
そうか、1ヶ月しかいないんだった。
「なぁ、敬語やめてくんない?名目上先生だが、年下だし。」
「え?いいの?よかった。餓鬼に敬語って正直辛かったんだよね。」
「うーわー、切替早っ!」
終了の合図が校舎内に響く。
「次の授業はHRやった教室。戻るか。」


「オカエリー。迷ってたって?」
「アームストロング先生も、止めればいいのに。」
ケタケタと笑う学友の群れに、先生を連れて入っていく。
ヒューズはケタケタといつまでも笑っている。
「まぁ、オレとしてはサボれてラッキーだったけどね。」
「でも、先生はあの授業を受けたほうが良かったと思うよ。」
さっきの授業は地理。
馬鹿でかい地図なんかを持って歩くのは不便だからということで、毎回特別棟の教室で授業がある。
「なんでだ?」
「この学校の地理って、色んな意味でスゲーんですよ。」
「あ、口で言っても面白くないだろう。」
すぐさま口を挟むヒューズは、地理が大変好きとのこと。
オレとしては、そこまで面白い教科とも思えないが、授業はそれなりに有意義だ。
「次は、来週の火曜日。」
「楽しみにしてていいと思いますよ。」
すっかりなじんでいるように見える。
女子共は、自分たちのテリトリーに入れられなかったことを悔しがっている。
「次の授業は、国語ですよ。教科書とかあります?」
「オレが世話係になった。オレが貸すんだと。」
「へぇ、ロイが。珍しい。」
確かに珍しい。
学校がオレに勉強以外をさせるなんて、本当に珍しい。
オレ的には、模試で1番を取り続けろとか言われる方が楽に思えている。
正直面倒だ。


本鈴。


机が1台増えている。
そこにおずおずと、先生は座った。
見事オレの隣。
1番後で果たしてこのちっさいのは、黒板が見えるのであろうか。
ま、ほとんど遊びに来ているようなものなので、いいのか。
案の定、見えていないらしい。
しきりに身体を左右に振って黒板を見ようとしている。
「別に、ノートとらなくても、いいだろ?」
「郷に入っては郷に従え。」
あっそう。
「後で、ノート見せてやる。だから、大人しくしてろ。」
「あ、ありがとう。」
それから大人しくなった。


授業終了。


「なぁ、この漢字なんて読むんだ?」
「は?」
多分義務教育中に習う漢字だろう。
俺は、聞く耳を疑ったが、本当に読めないらしい。
「これは、“さが”って読むんだ。」
「あ、“せい”じゃなくって、“さが”か。」
「それでよく飛び級なんてできたな。」
「基本、英語とドイツ語なんで。あと、ロシアとラテンと中国も少々。」
「あっそう。」
英語と…。
英語は兎も角、ドイツ語他なんてさっぱり。
「でも、結構偏ってるんだけどな。」
「だろうな。」
多分、専門用語系の難解な漢字は読み書きできるんだろう。
でも、こういう日常的に使う普通の感じはあまり読めないと見えた。
「次は、数学。」
オレはひとつ背伸びをした。
隣で必死こいてノートを写している。


授業開始。


数学は眠い。
本当に眠い。
一つしか答えのない数学。
単純明快。
オレは見事に100点しか取ったことがない。
どうだ?自慢だ!
隣で先生は必死にノートを取っている…?
凄いスピードで教科書の問題を解いている。
超の付く進学校のため、教科書もそこいらの学校より難解だ。
それぞれの章の最後には基本問題・応用問題・難関問題というのがある。
基本的に授業で解くのは応用問題までだ。
極偶にだが、難関問題がテストに出る時もあるが、キチンと授業で説明があったものだ。
で、隣に座っている奴は、この難関問題を片っ端から解いている。
顔は、すこぶる楽しそうである。
ちょうどオレが先日から、詰まっている問題に掛かっていた。
公式を当てはめるまではわかるのだが、どうもそこからどう行くのかがわからなかった。
じっと問題を解く様子を見る。
腹が立つぐらいサラサラと解いていく。
あ、そうか。ここがあれになるんだ。
納得しながらその様子を見る。
へぇ。そういう方法か。盲点だった。
オレの視線に気づいてか、こちらを向く。
「黒板見えねーんだもん。」
「知ってる。その問題で、詰まってたんだよ。ありがとさん。」
「いいえ、どういたしまして。」
「で、そこなんだけどさ、」
「ん?」
「その数字は、ここから出てくるんだよな。」
「ああ、面倒くさいんで、ひとつ式飛ばしてるんだけど、ここがこれになるんだよ。」
「へぇ。で、そこが、これになるんだな。」
「そうそう。最終的にはここに戻るわけだ。」
「ああ、やっとわかった。」
「ここをこうするのって確かに盲点だけどさ、数こなせば結構気づくんじゃね?」
目の前で数学教師が咳払いするのも気づかず、問題に夢中になっていた。
気づいた時にはもう遅く、クラスメイトの注目を浴びつつ、数学教師に激怒された。




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