本日の体育はバスケットボール。
出席番号の奇数と偶数で別れて試合をすることとなった。
しかし、あいにくお味噌が一人。
身長的にもかなり不利だ。
じゃんけんで、入るチームを決めた。
残念ながら、ヒューズと同じチームになった。
ということは、オレとは違うチームだ。
大負かしさせてやろうと、オレはいつも以上に気合を入れた。
言っては何だが、成績優秀、スポーツ万能、眉目秀麗とは正にオレのためにある言葉と自負している。
衒っている訳ではない。それが事実なのだからしょうがない。
しかし、ここにもう一人。
小さいというハンデキャップはこいつの前では通用しない。
研究者はひょろくて弱いなんて誰が言った!
その身長を活かし、クルクルと巧みにボールを扱い、ゴール下まで一直線!
見事。
それから、ゴール下で待機する仲間にパスすれば、すぐさま点が入った。
すばやい動き、軽い身のこなし。
慣れている!このバスケットボールというスポーツに慣れている。
しかも、オレ達のような体育の授業でしかやらないような素人スポーツではなく、本場の手練されたバスケットボールの中に身をおいていたと、オレは悟った。
ただ今、15対12。
負けてます。オレのチーム。
だが、負けるわけにはいかない!
オレの沽券に係わる由々しき事態だ!
オレは、今まで培ってきた全てのものを振り払い、がむしゃらに挑んだ。
しかし、涼しい顔をしてオレのチームからボールを奪い去っていく。
あがいても、あがいても、点差は広がるばかりだった。
クールビューティーキャラ設定払拭気味なオレと、涼しげにオレを玩んでいる糞餓鬼を見て、女子共が変な妄想に掻き立てられたのは言うまでもない。
「なんだ?マスタング。もうへばったか?」
目が合えば必ず跳んでくる激励の言葉に、意地でも負かせてやると必死にボールを追いかけた。
女子は本日卓球で、台があくのを待っている女子は暇なのだ。
気が付けば、エド先生だとか、ロイだとかいう声援が体育館中に響き渡っている。
最悪…。
しかしながら、33対24で惨敗。
賞味8分の試合だが、オレは汗だく。
いつの間にか仲良くなっているヒューズと糞餓鬼はオレの前に立ち、ニヒルな顔を浮かべている。
最大の屈辱。
はじめて体育でこれだけ息が上がったと、落ち込んでいた。
「お前、バスケが得意と見えるが…」
「任せろ、本場アメリカでの特訓の成果だ。」
ただ今休憩中。
奇数偶数で二手に分かれたチームを更に二つに分けて試合をする。
人数的にそうなるわけだ。
「ちっさいのによくやった。えらいぞ先生。」
頭をワシャワシャと撫でるヒューズは得意げだ。
「ちっさい言うな!」
糞餓鬼は言い返しながらも、頭を撫でる手を振り払うことはしなかった。
勝者の特権と、オレはそれを制する気持ちを抑えた。
「アメリカにさ、研究論文の発表に行ったときに仲良くなった奴がバスケ好きでさ。」
アメリカ、研究論文。
そういえば、こいつ大学院生だった。
「暇を見つけては、そこの研究員とバスケ三昧。研究所の裏にコートまで作ってるんだぜ。」
アメリカ仕込。
オレ達よりも大きな男共相手に、バスケをしてたなら勝てるはずがない。
「偶にふざけてオレをゴールに入れたり、むちゃくちゃだったんだぜ。“ヘイ、ユーがスモールだからボールとミステイクしちゃったぜ”とか言うんだよ。片言英語は思い出すだけで腹が立つぜ。」
息の上がる高校3年生を尻目に、息が切れるということを知らないのか、マシンガントークよろしく炸裂中だ。
突然、危ないという叫びが聞こえる。
しかし、糞餓鬼はコートと反対の方向を向いているし、話すことに夢中になっているらしく気づいていない。
ボール直撃で、笑ってやるのも考えたが、その前に体が動いていた。
腕を引き、自分のほうに引き寄せて、ボールからかばった。
酷く弾むボールは当たったならば、脳震盪でも起こしただろう。
昨日の行動もそうだが、いまいち今までの自分の行動と違う行動ばかり取っていることに、驚いていた。
「さ、サンクス。」
オレは引き寄せたまま、すまなそうにボールを回収しに来た犯人を無言でにらんだ。
「あ、放してもらいたいんだけどさ。」
小声で、上ずる声が聞こえる。
と、オレは無言で突き飛ばした。
「コートに背を向けるとは、命知らずだな。」
オレの心臓は爆発寸前だった。
まだ息が上がっていて、汗だくなことに感謝した。
隣でヒューズが怪しい視線を送っていたことにも気づかず、動悸を抑えようと勤めていた。
体育終了。
できれば体育は午後からのほうがうれしい。
汗臭いムンムンとした教室で1日過ごさなければならない。
このご時勢、制汗剤というのもあり、少しでも女子に好かれようとする男子共はそれで汗臭さをカバーする。
しかしながら、今まで、汗臭くなるほど汗をかいたことのない、オレはそんなものもってはいなかった。
「汗臭ぇ。」
「悪かったな。」
次の時間、しつこく汗臭いと言ってきたので、休憩時間に入るとすぐに抱きついてやった。
「うおーくせぇ、死ぬ、死ぬ、ギブ、ギブ。」
当のこいつは、体臭って何?と言わんばかりに無臭だ。
いや、何か甘いにおいがする。
「何やってんだ。」
「ヒューズ酷いの。こいつ、オレを指差して臭いって。」
「あー、はいはい。」
まだオレは抱きついている。
腕の中では息絶えた被害者。
「あら、死んでしまったの?」
「人は臭くても死ねると思う。」
呻くように腕の中で口を開いた。
そのまま、オレはこいつを机の上に投げ捨てた。
「ヒューズぅ、オレってそんなに臭うかしら?」
「よるな、キモイ、臭い。」
ショック。
そういうヒューズから、制汗剤を奪いオレは体中に振りまいた。
冷たい空気が制服の中に広がり、気持ちよかった。
こりゃいい、体育で火照った身体も一気にクールダウンってやつか。
まだ死んだままでいる、糞餓鬼の背中におみまいしてやった。
「ギャっ…つ、冷てぇ!何しやがる。」
「ふっふっふ。どうだ!貴様も、臭くなくなっただろう!」
にこやかに切れたこいつは、頭から腹にタックルして来た。
「グフ、…なかなかやるな。」
大した力ではないが、大袈裟に痛がってみる。
それを心配して駆け寄ったこいつの首に腕を巻きつける。
「ひ、卑怯者!!」
「己の甘さを知るんだな!」
良い塩梅に始業の鐘が鳴った。
そして、昼休み。
昨日は、研究所に用があると、授業が終わると同時に出て行った。
が、今日は一緒に食べることになった。
取り出したのは1本の瓶。
その中には毒々しい色をしたジャムが入っている。
そして、それをパンなどにつけるのではなく、スプーンで取り出ししゃぶりだした。
「あ、あの、エドワード先生?」
「ん?」
「それは?」
「苺ジャム。」
それは見たらわかるよ。
と、仲間内全員で心の中で突っ込んだ。
ようは、なぜそれを食べているかと言うことだ。
勇者ヒューズは、ずれたメガネを直しながら、再度問いかけた。
「それがお昼ご飯?」
「そうだけど…変か?」
周りは見事に弁当やパン。
ジャムの瓶を大事そうに抱えて嘗め回しているのは、学校中こいつ一人だろう。
いや、世界広しと言えども、こいつ一人だろう。
「他に食料は?」
「え?無いよ。」
唖然。
おいしそうにすくっては舐める。
食欲減退。
早々とオレは片付けた。
パン半分。
まわりの勇者たちは負けじと食べている。
見ていると、胃もたれを起こしそうだった。
「そんなんだから、しん…ガっ…」
口の中に苺ジャムが広がる。
うわー、ゲロゲロ。
「何か、言ったかい?マスタング君。」
口の中に広がる甘い物体。
嫌いではないが、ダイレクトアタックよろしくきめられると、流石に吐き気を催した。
「いいえ。」
吐き気を抑えるために覆う手に、口に付いたジャムが付く。
恨めしそうに見ると、既に4分の1がなくなっている。
それは、見るうちに無くなっていった。
本人は満足げに殻になった瓶に丁寧にふたを閉め、片付けた。
甘い匂いは、苺ジャムだったのかと、納得した。
午後の授業もそれは単調に終わった。
部活動もしてないオレはそのまま、リザの教室まで迎えに行き、帰る。
本日、おまけが1名。
「これが、お前の彼女か〜。勿体無い。」
学校を出るまでにこやかに笑っていた彼女は、外に出るや否や、違うと猛反論した。
事情を事細かく説明すると、納得がいったようだった。
なぜ、こいつが一緒にいるのかというと、学校ではできない話をするため、オレの家でということになった。
親は9時を過ぎないと帰ってこない。
「わたしの彼氏は、もっと素敵な人よ。」
そういうリザは見たことのない顔ではにかんで言った。
軽くウインクをするリザに、糞餓鬼は顔を少し赤くした。
なんとなくムッとした気持ちを隠すのに必死になった。
帰途は充実。
リザは噂の教育実習生とお近づきになれたことがうれしいらしい。
「でも、いいの?教育実習生って、生徒と密に仲良くしたりとか駄目なんでしょ?」
「いいの、いいの。だって、こいつ似非だもん。な?」
「そうそう、教育実習生は建前。実際は期間限定の転校生だとか思ってもらって構わないし。」
「そうなの。ふーん。」
「でも、研究授業とかあるから、3週目は教育実習生らしくなる予定。」
「それって、C組もある?」
「確か、A・C・E組でだったとおもう。」
「やった。」
オレを除けて弾む会話。なんとなく疎外感。
「ちょっと待て、B組は?」
「へ?」
ちなみに、オレのクラスはB組当然、こいつもB組に所属している。
「それ以外のクラスは、研究授業の練習をするんだよ。だから、一応全クラス、1回ずつは授業があるわけだ。」
「へぇ。なんか教育実習生っぽいな。」
「ちゃんと書類とか提出しなくちゃいけないからな。書類上オレは、教育課程を選択していることになっているし。」
「インチキ?」
「そう、インチキだ。」
3人で大爆笑。
何がおかしいんだかよくわからなかったが、とにもかくにも、弾む会話を楽しんだ。
「なんか、弟ができたみたいだわ。」
「うぉう、仮にも先生だぞ、弟言うな!」
頭をかいぐり、いいこいいこしている。
鬱陶しそうにも、糞餓鬼はそれを払ったりはしなかった。
やっぱりどこか照れくさそうだ。
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