「ホークアイさん、いい人だな。」
別れるなり、後で吼えている。
いい人だなんて、思えるのははじめのうちだよと、心の中で毒づきながら鍵を開け、家の中に招き入れた。
「なんだ?年上好きか?」
「い、いや、そうじゃないけど、研究室にいない感じの雰囲気だったから。」
「ふうん。」
ニヤニヤしながら振り向くと、腹に一発。
「く…、なにしやがる。」
「下賎な考えしてるからだろ?」
研究室かと、オレは不思議な気持ちになる。
普通の子供のように過ごすことのなかった糞餓鬼。
こいつの目には、オレ達はどう映っているのだろうか?
「お前の部屋って、もっとなんか、そうだな。何もないと思った。」
「いや、普通だろ?これくらい。」
別に散らかってもいなければ、物があふれていると言うわけでもない。
どちらかというと、物のない部類に入ると思う。
ヒューズの部屋を例として上げるなら、ジャンル問わない雑誌群が所狭しと乱雑に放置されているし、プリントなども無造作に散らかしてある。
行く度に増えるグレイシアとのデート写真は、几帳面に写真立てに入れて並べられている。
壁にはお気に入りのアーティストのポスターだのなんだのが貼ってあるし、本棚には巻数の揃っていない漫画が押し込められている。
脱ぎ散らかしたくつ下や、いつ使ったかわからないようなタオルも落ちている時だってある。
それを考えると、何もない部類にはいると思う。
「テレビがあるし、本棚も、本もある。」
「それのどこがおかしい。」
「おかしくないところが、おかしい。」
「意味わっかんねぇよ。」
と、一通り会話が終了するとベッドの下をのぞきこんだ。
残念でした。
そんなところにはいかがわしい本なんてございませんよ。
「ない。」
「何を期待してるんだか?」
「高校生一般男児が訴求するものが載っている雑誌群。」
基本的には、自分で購入しません。
回ってきたものに関しては一通り観賞し、発信源の趣味を鑑みつつ楽しむが、それで事足りている。
「お前の部屋には隠してあるのか?」
「一般論的にだ。」
「なんだ。」
「見たいのがあれば、ヒューズに頼んでやろうか?結構揃ってるぞ。巨乳好き、熟女好き、ストイック系から、色々とな。」
真っ赤になって、怒り出すかと思えば、真剣に悩んでいる。
「普通のって無いのか?」
「ん?」
「普通の。」
「普通の基準がわからないが…、適当に選んでもらおうか。」
「後学のためには、必要だからな。」
後学?へぇ。研究室でからかわれたりとかしてるんだろうな。
容易に目に浮かぶ。
ホンの少しだけ顔を赤らめた顔が、嫌にヤラシク見えた。
想像付かないな。
糞餓鬼はベッドに、オレは机の椅子にそれぞれ腰掛けた。
「でだ、お前は夢を見るんだよな。」
「一応。」
「どこまで見た?」
「は?」
「オレが覚えているのは、まず、森を延々と歩くんだが、一番初めに見たのは近くに沼があった。」
「沼?」
「そう。それから、湖を一周した。で、そのままずっと森を歩いている。」
「湖?」
「湖は月明かりで明るかったんだよ。ぼんやりだが、そこでお前に似た奴だと確認している。」
「はぁ。」
「で、お前は?」
「いや、あれだ。ただ森を歩いてるだけ?」
慌てる糞餓鬼に見せ付けるように、オレは大袈裟にうなだれた。
「そうか…。」
「でも、手をつないでる感触は覚えてるぞ!」
「じゃ、手でもつないでみますか?」
オレは右手を差し出した。
なぜ右手かと言うと、オレが右利きなだけで、それ以外のなんでもなかった。
すんなりと糞餓鬼も左手を出す。
こいつは左利きだから、当然と思える。
「どう?」
「どうって、言われても…同じと言えば、同じかもしれないし、違うと言えば、違うかもしれない。」
「いい加減だな。」
「スミマセン…」
そのままオレはこいつを引き上げて、抱きしめた。
甘い匂い。
オレは、ゆっくりと呼吸をした。
「ごめん、やっぱりわかんないや。」
「観察力をつけるんだな。」
足元を照らす植物だとか。妖精だとか。そういう話をしても、こいつはてんで知らなかった。
共有できると思い期待したオレは、悲しくなっていた。
そういえば、どうして右手なんだろうか。
少しだけ引っかかるものがあった。
まぁいい。
例え、こいつの教育実習が終わったとしても、同じ学内。いつでも会える。
それにオレ達は、“夢”という誰にも負けない、運命のつながりがあるのだ。
「なぁ、キスしてイイ?」
顔をのぞくと、真っ赤な顔をして口をパクパクしている。
やっぱり、可愛いな。
化粧でもしているのかと思うほど、きめの細かい肌をしている。
顔のラインをぼかすように、うっすらと生えた金色の産毛が化粧をしてないことを物語っている。
「き、昨日は、断りも、せ、せずに、した、癖に!」
睫毛の上には何本爪楊枝が乗せられるだろうか?
「いや、あれは勢いと言うか。何と言うか。」
これだけくっきり綺麗な二重ってはじめて見た。
「い、いき、おいって」
眉毛は、手入れとかはしてないんだよな。
綺麗に整っている。天然かぁ。
「本当は、押し倒してみたい。」
綺麗な琥珀色。
売ったら、高く売れそうだな。
「は!おし、おしたお、す??」
なんで、唇も真っ赤なんだろうか。
あ、でもかさついてるな。
「うん。」
真っ赤だ。
ゆでだことどちらが真っ赤だろうか。
ポストでもいいか。
とにかく、一挙一動が可愛くて、愛おしくて仕方がない。
「あ、あの、なんか、変なものが、当ってるんですが。」
「ああ、気にしなくていいよ。」
襲っちゃっていいのだろうか。
一応、返答を待ってるんですが。
まさか、何もなく帰れると思ってたりするんだろうか。
ありえるな〜。
「で、どっち?」
「え?」
「キス、していい?」
下を向いてしまったので、顔がわからない。
「拒否権はあるのか?」
「ないよ。」
「だったら聞…!」
と、顔をあげた瞬間を狙って、オレは糞餓鬼の言葉を奪った。
昨日のそれとは違って、時間を掛けた。
甘い。
ぬるい体温。
柔らかい舌。
少し乾いた唇。
ああ、心臓がおかしい。
こんなに、これだけ鼓動を強く早く打つことが今まであっただろうか。
確かに、コイツに反応する。
こいつだけに反応する。
顔を離すと、潤んだ瞳で放心している。
百戦錬磨とは言わないが、それなりに経験を重ねているので、餓鬼一人恍惚状態にするにはわけない。
琥珀の瞳がキラキラと、本物の宝石のようなそれにオレはキスを落とした。
身長差から言っても、この表現は正しく思う。
軽く目を閉じたその目から、一筋流れるものがあった。
勿体無いと、それに口を這わす。
甘い味がするものかと思ったが、人のそれと寸分違わずしょっぱかった。
それから、頬に下りて、耳元にたどり着いた時、少しだけこいつは身をもじった。
くすぐったいのだろうか。
「押し倒していい?」
すぐに、答えが返ってくるものかと思ったら、帰ってこない。
拒否を示す行動もない。
顔を少しだけ離すと、困惑した顔でオレを真っ直ぐ見た。
今にも泣き出しそうだ。
「ごめん、恐かった?」
答えを聞かずにただ、抱きしめた。
そりゃ、恐いか。
期待する女子共だって、いざとなってみればたじろぐのだ。
15歳。
興味はあるだろうが、同性のそれではない。
「正直、マジで恐かった。」
くぐもった声で、小さく漏らす。
その声は、いつものふてぶてしい餓鬼の声に戻っていた。
「ごめんって。」
その日は、いつにもなく、柄にもなく、糞餓鬼に謝ってばかりだった。
吐いて出る言葉が、それしか出なかったんだ。
大事に思う。
少々、恐がられたくらいじゃ、強行突破はあたり前。
据え膳食わぬは男の恥。
でも、恥も外聞も捨ててもいいか。
これが、好きとかってやつか。
なんか、そうだな。
嬉しい。
好きでいることが嬉しい。
誰かを大切に、大事に思える自分が幸福に思う。
その日は据え膳食わされぬまま、見事に下げられてしまった。
丁寧に送ろうと申し出たら、女じゃねぇと突っ返された。
「あんた、心配性。」
見上げられる顔は、さっきまでとは違い、見事にいつもの顔に戻っている。
「心配だよ。」
エントレスまで送ると、腹を殴られた。
「明日、学校でな。」
そう言って、走り去る糞餓鬼を見送った。
大きく振る手が可愛い。
その日は、喘ぐ糞餓鬼を想像しながら抜いたことは言うまでもない。
惨め…。
オレばかりが夢に翻弄されている気がする。
糞餓鬼はちっとも、オレのことなんか気にかけない。
あれだけ濃く思えた夢の繋がりが、なんだか薄っぺらいものに感じてきた。
なぁ、あんたは誰なんだ?
隣にいるのは誰なんだ?
オレなのか?あいつなのか?
誰か、教えてください。
誰かに問われた気がした。
『足りないものは何?だから、まだ出会えない。』
いつも見る夢よりリアルで、頭の芯まで響く声。
誰の声だろうか。
誰に出会うのだろうか?
その日の夢は、いつも隣にいる奴はいなかった。
一人森を彷徨っていた。
手に感触がないだけで、これだけ寂しいものなのだろうか。
起きてから、オレは必死に手の感覚を思い出そうとした。
小さく、柔らかい、でも少し骨ばった細い手。
いつもなら、いやにはっきりと覚えているのに、曖昧だった。
小さく握ってひらいた手は物悲しく見えた。
第3話
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