「で、どうするんだ?」
「行くのも八卦、行かぬも八卦だぞ。」
「どうしよう。5時半に体育館裏だって。」
頑なに手紙を見せようとも、内容を話そうとも、相手を教えることもしないこいつは、キチンと手紙の主に敬意を表しているらしい。
昼休み、見事にその身長を活かし人ごみを潜り抜け手に入れた珈琲牛乳は誇らしげに、ヒューズのパンのお供となっていた。
切替早く、相変わらずの苺ジャムを舐めながら、深刻な顔をしている。
本日は、こいつの名誉のために、他のメンバーから隔離して昼食を食べている。
半分はこいつのこの異常な食事にあるのだが。


そして、5時少し前。
時間の経過がぞんざいなのは、ご都合主義よろしく。
つまらない授業風景を刻々と述べるよりは、本題にさくっと入ってしまったほうが良いとの、オレ様の配慮だ。
ありがたく思うが良い。


ヒューズはグレイシアとデートがあると、終礼が終わると同時に目にも留まらぬ速さで迎えに行った。
部活動がある奴はそれに、帰宅部の奴も消えるようにして帰っていった。
なので、この教室にいるのは、オレと糞餓鬼だ。
リザには用があると先に帰ってもらった。
糞餓鬼は見事に教室を文字通り右往左往している。
腕を組んでみたり、頭を抱えてみたり、カーテンに包まってみたり、教卓の下に嵌ってみたり、掃除用具入れのドアを開け閉めしたり。
挙動不審もいいところだ。
「なぁ、もう行ったほうがいいんじゃね?」
「うおう、もうそんな時間か!!」
時計を勢い良く振り返ったため、首を痛めたらしい。
顔をしかめながら、首を押さえている。
「オレは今日の占いは最下位だったんだ。だから、男からラブ…もらうし、首だって痛くなった。」
「なんだよそれ。」
「兎も角、今日のオレは最悪なんだ。」
「わかった。」
オレが納得すると、小さくうずくまる。
更に小さく見えるその姿は、なんとも頼りなくかわいらしい。


「断るんだろ?何に悩んでるんだよ。」
「……。」
上げられた顔は、どう見てもオレを睨んでいた。
「なんだ?」
「百戦錬磨のお前にはわからないんだ!」
「は?」
「ヒューズに聞いたもん。」
ふくれっつら+“もん”なんでしょうか、この可愛い生き物は。
「あっそう。」
「オレは、初めてだから、どうやって断ろうか悩むんだ。」
泣きそう。
泣いたら、もっと可愛いかもなんて、思ってしまった自分に自己嫌悪。
オレはサドっ気があったらしい。
「普通に、断ればいいじゃんか。ごめんなさいって。オレは男だから、男のあなたとはお付き合いできません。って。」
と、言い終わって更に自己嫌悪。
良く考えてみよう。自分の行動を…人のこと言えた義理じゃない!!
顔はポーカーフェイス、心の中は阿鼻驚嘆。
さて、落ち着けオレ。
不思議な顔しちゃってる餓鬼が目の前に一人。
「そうだな!簡単じゃん。オレ、男だった!」
そうか。
そうですね。


やっぱり不安だからついてきてという、こいつの後ろをついていく。
保護者同伴とはなんとも情けないが、なりふり構っていられる心境ではないらしい。
建前的には、体育館裏までの道のりの案内も兼ねてだ。
1度外に出てしまえば簡単だが、それをすると驚くほど時間が掛かるのだ。
あそこと指を指して、見えない位置に隠れると、オレはさっきの続きに頭を悩ませた。
遠くなる背中を目で追ったが、見えなくなった。
昨日自分がしたこと、餓鬼に男に欲情したこと、冷静になって考えてみると夢のことがあってもおかしい。
悶々としていると、走ってくる糞餓鬼。
「おい、
オレは走り去ろうとする餓鬼の腕を掴んだ。
どうした?」
その顔は強張っていた。
「お、お、お、
「お?」
「お、…
「襲われた?」
「ば…、か言え。お、オレ、ちゃんと断った。でも、逃げちまった。どうしよう。」
腕を痛いくらいにつかまれたが、気にならなかった。
崩れそうなこいつの腕を支えて、その体勢を維持させた。
「とにかく、教室に戻ろうか。」
「う、うん。」


教室に戻るなり、一目散で机に座り突っ伏す餓鬼の頭を、撫でようか迷った。
撫でた先は決まっている。
甘い言葉で慰めて、潤んだ瞳にキスを一つ。
「なぁ。」
突っ伏したまま、くぐもった声を出す。
「ん?」
撫でそびれた手を引っ込めた。
「オレ、よく考えたら、昨日あんたとキスしたんだよな。」
「一昨日もしたな。」
ちらりと横目で見ると、耳まで真っ赤になっている。
「顔見たら、恐くて、逃げたくなって、逃げた。」
「うん。」
「悪いこと、したかな?」
「いんじゃね?断れたんだろ?」
「うん。」
「じゃぁ、いいよ。」
「うん。」
愛おしい。
頭を撫でて、この身で包み込んで、大丈夫だよと囁きたかった。
「オレ、あんたのこと恐いけど、恐くない。」
「ん?」
「キス…されても、抱きつかれても、恐くなかった。」
「まぁ、知ってる知らないはあるだろうけど、」
「そう…じゃなく…て…」
「ん?」
顔を上げた餓鬼は、目を真っ赤にして、真剣な目をこちらに向けた。
「逃げる途中、あんたに抱きついて、大丈夫だよって頭を撫でて欲しいって思った。」
「あら。」
「ロイ…、これって変か?よくわかんねぇんだ。」
「変じゃねぇよ。」
オレは、引っ込めてしまった手をもう一度伸ばした。
柔らかい金髪が手に絡みつく。
体温で解けてしまいそうなそれを、大事に撫でた。


「オレ、昨日…夢、見たんだ。」
聞こえるか聞こえないかの小さな声は、かろうじてオレの耳に届く。
「オレも。」
オレもそれにならって、静に声を出した。
「あんたがいなかったんだよ。あ、あんただって、確証は無いんだけどさ。ひとりで、歩いてた。」
「オレもだ。足りないからって。」
何が足りないんだろうか。
「何が足りないんだろうか。」
「何かが足りないんだろうな。」


頭の上に手を載せたまま、それを引き寄せた。
小さい身体。
子供の体温。
この感情に動転するほど、こいつはまだ餓鬼なのだ。
恋とか、そういうところとは無縁の世界なんだろうな。


「その感情に名前をつけるとしたら、恋か?」
暫くの沈黙。
寝てるのではないかと思ったが、そうではないらしい。
「わかんねぇ。」
「だろうな。」
「もし、夢の中の奴がロイだったら、オレはどうしたらいい?」
難しい質問。
どうしたら…。
「どうしたい?」
卑怯。
「オレとロイの遺伝子の接点が知りたい。」
「は?」
そういえば、こいつは生物…遺伝子学専攻だった。
うっかり、忘れがちだ。
「オレがお前に興味を持ったのだって、遺伝子が騒いでたからだ。」
「は?」
「夢の相手はお前だよ。じゃ無きゃ、こんな時間の無駄なんかしてない。」
「はぁ。」
晴れ渡った清々しい顔をみせる。
悩み、憂いを帯びた顔も良かったが、こいつはこっちの方が似合う。


それから、オレ達はまっすぐ家路に着く。
久々の一人の下校。
研究対象にされてしまったことについて落胆。
オレのこの感情は恋とか言うものなのだろうか。
好きなことには変わりない。
嫉妬心だって感じる。
独占欲もある。
今日のことだって、正直気に入らない。
意気揚々と、研究室に向かってキックボードを蹴る背中を見送ると、やるせない気持ちになった。


オレは珍しくも一人で街へ繰り出した。
リザの付き合いなどでも、友達と出かけるわけでもなかった。
フラフラと歩くと必ず逆ナンされるのは、もうお決まり状態だったはずなのだが、本日はそれも無し。
お日柄も悪くと思ったら、ショーウィンドーにうつる自分の顔を見て納得した。
なんとも陰険、陰鬱な顔だろうか。
背中も心なしか丸くなっているし、両手をポケットに突っ込んでいるので、さもそれだ。
気が更に滅入ってきたので、気晴らしにいつものゲーセンへ足を向けた。
相変わらず、UFOキャッチャーの周辺には制服の女子高生とカップルばかり。
それを抜けると、黄色い声が響くプリクラゾーン。
更に進むと、子供向けのゲーム機器。
土日でもない限り、ここからは閑散としてくるのだ。
その奥がオレがいつも楽しむパズルゲームの台になっている。
それを過ぎれば、コインゲームのコーナー。
この時間はオレの年齢では入れないが、止められたことはない。
だが、やったことも無ければ、やろうとも思わない。
頭を使うパズルゲームのほうが有意義で面白いと思うのだ。


財布を取り出していつものように台の右端へ置いた。
危ないとわかっていながらも、癖なのだ。
取られたとしても、中身は大したことはない。
帰りのバス賃と3ゲーム分ぐらいしか入っていないのだ。
100円を入れると、耳慣れた電子音が流れ出す。
今日こそは2Eの記録を抜いてやろうと意気込んだ。
無心でブロックを積み上げ消していく。
単純な作業だが、勉強するよりも脳を使っているような気さえする。
だが、本日邪念がちらほら頭をかすめた。
いつもなら、4ステージまでは楽勝で行けるのだが、3ステージの途中でオレの挑戦は終わってしまった。
200円目はそれでも、4ステージまでは行ったが、5ステージを見ることも無く終わった。
300円目と財布に手を伸ばしたが、やめることにした。
お日柄が悪い。
財布をポケットに突っ込むと、早足でゲーセンを出て行った。
ばつが悪かった。




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