時間を確かめようと携帯電話を見たら、着信が1件。
リザからだった。
学校にいるときのままマナーモードだったため、気づきもしなかった。
着信があったのは当の昔で、多分学校から帰っている途中ぐらいの時間だろう。
今更な気がしたが、人恋しかったので電話を掛けた。
3コール目で怒気をまとった声でリザが出た。
「ごめんって、今気づいたんだよ。」
『いいわよ。もう、ライブ終わっちゃったし。』
「そりゃ、悪かった。」
『急だったし…、どうしたの?』
「ん?別に。」
『いつもなら、急に言われても、オレにも都合が…って言うじゃない?』
「そうだったっけ?」
『今、どこいるの?』
「いつものゲーセンの近く。」
『じゃあさ、丁度終わった頃だから、顔だしてあげてよ。』
「は?なんでオレが?」
『なんかね、仲良くなりたいんだって。』
「はぁ。」
本当に人恋しかったようだ。
なんともなしに了承して、ライブハウスへの道のりを教えてもらうと、まっすぐ向かった。
丁度表では、バンドのメンバーらしき集団が集まって話しに花を咲かせていた。
オレとは違う次元の生き物だと思いながら、遠巻きに見ていると、見知った金髪が大きく手を振っていた。
「マスタングさん、来てくれたんですね。」
「もう、終わってるみたいだな。」
「いいですって。顔見れただけでもうれしいっす。」
ハボック青年(前回の交流で好青年だったため)によってたかって誰だとか聞くバンドのメンバーたち。
一通り紹介が終わると、これから食事をしにいくので一緒にどうかと誘われた。
二つ返事で付いていった。
「あ、紹介し忘れた。アルー!」
「なに?」
金髪のすらりとした少年が面倒くさそうに寄ってきた。
特に興味なさげな顔をしてこちらを臨んだ。
「こいつ、うちのボーカル様。中学生なんだけど、高校生ということになってます。」
「アルフォンスです。よろしく。」
「ロイ・マスタングです。」
よくみると、糞餓鬼とおなじ金色の瞳をしていた。
糞餓鬼よりも身長ははるかに高い。
まさか弟ではないかと思ってはみたが、穏やかなそれでいて狡猾そうな顔で、まったくもって似てはいなかった。
「ジャン、オレ帰るよ。母さんが、飯作っちゃったみたいだし、兄さんも帰ってくるって。」
「そうなのか?それじゃぁ、仕方ねぇな。」
「みんなに謝っといて。」
そう言うと、軽くオレと目を合わせて小首をかしげて、オレ達から離れていった。
「気をつけて帰れよ。明日はFスタで音あわせだからな〜!」
「わかった。」
遠くで手を振っている。
「中学生っていいのか?」
「いいんですよ。あいつの両親も了解済みだし。」
「へぇ。」
世の中というモノは全く持って理解不能だ。
「なにー、アルが帰った??」
「うぉぅ、オレのマイエンジェル…」
「俺の了解もなしに!」
ベース、ギター、ドラムがそれぞれ思いのたけをぶちまけながら吼えていた。
「アニキが家に帰ってるんだと。」
「「「あ。そりゃ、仕方がない。」」」
むしろ帰らねばとか、バイクで送ってやったほうが早かったんじゃねぇか?とか言っている。
何者なんだろうか、アルフォンス君のアニキは。
「なんでも、有名な学者さんらしくって、普段は研究所に住んでるんだとか。」
「へぇ。」
年の離れたアニキなのだろうと、勝手に想像。
年が離れていて、なおかつあれだけ綺麗な子なら、小さい頃はどんなに可愛かっただろうか。
一人っ子のオレとしては、想像の域を越えはしなかったが、それでも溺愛しただろうと思う。
多少生意気なのが可愛いのだ。リザみたいにな。
あいつはオレのことを弟のように思っているみたいだが、オレとしては逆もいいところだ。
「で、そのアニキがすっげー美人なんだよ。」
オレは思わず、吹いてしまった。
「マスタングさん、だまされたと思って今度会って見てくださいよ。驚きますって。」
なんとなしに、糞餓鬼の顔が思い浮かんだが、消してみた。
世間は狭いというが、こんなに狭くては面白くない。
「ライブにたまに来てるんですよ。今度、例の彼女さんと一緒に来てください。」
居酒屋というものにはじめて行った。
オレとハボック青年は高校生だったが、後は皆大学生らしい。
帰りがけに、オレは彼のバイクの後ろにまたがり送ってもらった。
バイクというモノはとても気持ちがいいものだと知った。
いつもはリザが被るというヘルメットを貸してもらうと、いつもリザから漂ってくる甘い匂いがした。
糞餓鬼とは違うその香りは、馴染み深かった。
高校を卒業したら、まずバイクの免許を取ろうと思った。
あいつを後ろに乗せて走る姿を想像して、笑ってしまった。
「ありがとう。」
「いいですって。それより、ライブ、マジで来てくださいね。」
「わかった。」
「じゃあ、リザによろしく言っておいて下さい。」
滑走する後姿は、カッコイイと本気で思ってしまった。
赤のテールランプが闇夜に軌跡を残すその姿に見惚れてしまった。
「あはは、アルくん元気だった?」
「ちょっとしか、話してないがな。」
「いい子よ。前は話す間もなく帰っちゃったのよね。」
お決まりの朝のひと時。
「中学生って、いいのか?」
「いいんじゃないの?だって、高校生って言ってもわからないでしょ?」
「まぁ、…。」
「なんたって、あの子来年はうちの高校に入るって話だし。」
「勉強できるのか。」
「すごく頭いいらしいわよ。推薦でもう決まったらしいし。」
「へぇ。」
「まぁ、エルリック先生の弟だしね。」
「はい?」
「だから、エルリック先生の弟。昨日言われなかった?」
「私も、見たことはあっても面識はなかったし。こないだ知ったばかりだし、むこうも…
リザの声なんて聞こえてなかった。
世間って、狭いな。
そうか。
あの糞餓鬼の弟か。
似てないな。
「何が似てないって?」
琥珀の瞳がふいにオレを見上げた。
「お前と、お前の弟。」
「何?オレの弟知ってるわけ?」
「昨日色々と紆余曲折があってな。結果的に顔見知りになった。」
「へぇ。」
何もきいてないとぶつくさ言いながら机の上で伸びた。
「お前の弟とリザの彼氏が同じバンドらしい。」
考えるように空を仰ぐと、昨日紹介されたメンバーの名前が飛び交った。
「いや、ハボック青年。」
顔をしかめると、視線をそらしてにやけ顔。
「なんとなく納得。」
「そりゃよかった。」
「リザとお前は面識無かったんだな。」
「ジャン、紹介してくんなかったし、最近はライブどころじゃなかったしな。」
「大丈夫だ。リザも付き合いだしたのはここ3ヶ月4ヶ月くらいだ。」
「じゃあ、会ってないのも無理ないなぁ。」
相変わらず、こいつは早い。
本日はオレの登校前には席について分厚い専門書を読みふけっていた。
「え?ああ。オレ、基本的に学院に住んでるんだよ。」
「はぁ。」
「昨日は、実家に帰ってたんだけど、普通の時間だと込むだろ?」
だそうだ。
大学院からここまでキックボードで10分圏内らしいので、確かに8時前にはたやすく登校できる。
オレとしても、バスが込むのは嫌なので、寝起きの悪いリザを引きずるようにして早め登校をするのだ。
「小さいと、降りるのにも不便だしな。」
ニヤニヤと言っては見るが、体中どこにも衝撃は加わらなかった。
すでに、読書に戻っていた。
なんとなく、不機嫌になり、邪魔して悪かったよとぶつぶつと悪態づいた。
本日はこれ見事に移動教室ばかりだ。
朝一の音楽に始まり、糞餓鬼お得意の生物が2時間続き。
その後物理があり、午後からは2時間続きの体育がある。
そして、最後の最後に現国がある。
睡眠学習よろしくな勢いであるが、寝れば恐ろしいほどの宿題が出され、その提出を怠ると通知表には1が付くしくみになっている。
まぁ、オレは寝たことはないがな。
手慰みにいつものように参考書を引っ張り出して勉強をはじめてみた。
隣は黙々と読書に励んでいる。
それにしても、何語なんだろうか。
ドイツか…フランスか。
普通に読んでるのが不思議だった。
大学は持ち上がりなので、ゆったりとしてはいるが、そろそろ高校3年生としての授業は終盤を迎える。
次の考査が高校3年間の集大成となるのだ。
それからは、大学の基礎教養みたいな授業になる。
大学からの中途入学も少なくはないが、大抵うちの大学を志望する奴らは高校から入ってきた。
オレもその中に入っている。
学部はさておき、大学は見事に多学部で構成されているので、どういう道に進もうと、間違いはない。
偶に教授面々を追って他大学に行くのもいるが、例外中の例外中だ。
この時期、他の高校は赤本なんかを購入し必死に受験勉強をしているのが普通。
音楽と美術は選択制になっている。
オレは楽な音楽を選んだ。
美術は課題製作なんかがあって、面倒この上ない。
しかし、課題さえ提出すればどんなものでも単位は貰えるので、音楽が心底苦手な奴らはこちらに流れる。
音楽は、楽器練習なんてものはないが、音楽史から始まり、難解な譜面を解読する、音楽鑑賞まで多岐に渡る。
慰み程度の合唱なんかは、気晴らしに過ぎないが、何かを作るよりは勉強してテストで良い成績を収めるほうが得意なので、気にも留めない。
本日は、糞餓鬼も混ざるということなので、合唱となった。
美術は課題作成の大詰めなので、今更混ざっても仕方がないとのことだ。
「弟は歌えるが、お前は音痴なんてことはないよな。」
「多分、大丈夫。」
多分の言葉に仲間内で大笑いした。
「いや、音痴って言うより、譜面が読めなかったり…、読めなかったりするんだよ。」
結局は読めないわけか。
小中と音楽の授業に普通に携わっていれば、読めなくもない簡単な譜面。
流石にこいつにも出来ないことがあるのかと、内心喜んだ。
「仕方がないだろう?小学校も、中学もまともに行ってねぇんだ!」
大笑いの中で必死に叫ぶが、誰も聞く耳を持たなかった。
「にしても、先生は女子に混ざって歌うのかね?」
「!?」
「そうだろうな。」
「!?!?」
「声変わり、まだみたいだし。」
「!?お、終わってるぞ!」
「「「「へ?」」」」
「声変わりなら、終わっているぞ。餓鬼扱いするな。」
真っ赤な顔をして怒ってはいるが、どう見ても、いや、どう聞いても終わっている声ではないようだ。
まぁ、最終的には音楽教諭が決めるので、放っておく事にした。
楽しいはずなのにどこか虚しかった。
オレの存在はどこにあるのか。
こいつの中にキチンと、今こいつの目の前にいるオレと言う存在が見えているのだろうか。
仲間と混ざり笑いながら、心はどんどん空虚になって言った。
冷たいものが胸の辺りからじわじわと体を侵食していった。
その正体は今のオレにはわからなかったが、それが足りないものなのだろうと自覚した。
第4話
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