「こんな恰好ですみません、起こした方がいいですか?」
「そのままでいいよ。」
「はぁ。」
「ちっちゃいのが、徹夜で、恩人の死でショック受けて、やっと安心できたんだろう。」
静に笑うこの人がとても大人に見えた。
「ん…、痛い。」
いや、痛くて重いのはオレの方だって。
と、心の中で突っ込みをしていたら、大きな瞳をまん丸にさせて現状に驚いている糞餓鬼を眺めた。
「いいから、起きてくれ。このベッド、下手に柔らかくてこっちからは動けないんだ。」
「あ、ああ。」
まだ何がなんだかわかっていないらしい。
「おは、よう、ございます。」
「洗面所は部屋でて、真っ直ぐ行ってすぐのところを右にあるから。」
タオルを投げてよこし、オレ達は部屋を追い出された。
寝ぼけ眼の糞餓鬼はまだ、現状を把握しきれていないらしい。
「お前は昨日、あれからそのまま寝ちゃったんだよ。」
「ん…、ごめん。」
いまいち覚醒とは程遠い糞餓鬼の頭をひとつ撫でた。
時計を確認すると、7時を少し回ったところだった。
慌てて、オレは携帯を探し出し、リザに連絡を入れた。
「ごめん、そういうことだから。」
わかったと、こちらも寝ぼけた声を出していた。
ありがとうございますと、少しさめかけの珈琲を受け取ると、いい香りに全身が醒めるようだった。
インスタントではない芳醇な香りが体を包む。
「今日は?サボるのかい?」
「家に戻って着替えたいですし。」
「そうか、そうか。なら、こいつを持って帰ってくれないか?」
「はい?」
糞餓鬼も目を丸くして驚いている。
「なんで?やることいっぱいあるだろ?もう、大丈夫だって。」
不安げな顔は、昨日予想したとおり腫れあがっている。
「んー、さっき鏡で顔見たか?酷い顔をさらして余計な気を回されたいかい?」
「う…。」
「ということだ。今日1日とは言えないが、夕方まで遊んでこい。気晴らしも重要だ。」
「餓鬼扱い…するなよ。」
語尾はいやに消極的で、消え入りそうだった。
「お前は、まだ子供だ。」
オレ達は登校前にと、見事に研究所を追い出された。
着たまま寝た制服は、異常なまでに皺がよりなんとも惨めな恰好だった。
「ああ、今日1日何しよう。」
「そうだな。すくなくともお前は確実に補導員に捕まるからな。」
「うーん、それは否定しない。」
朝日を浴びながら学校とは逆方向に走るバスに揺られながら、優越感を感じていた。
朝帰り。
悪びれもせず、堂々と。
バス停に着くと、丁度リザがこちらへ向かってきていた。
「おはよう。酷い格好ね。」
「うるせぇ。」
「先生も一緒なのね。」
「お、おはよう。」
「おはようございます。先生も、酷い顔ね。」
にっこりと笑うリザの顔になぜだか安堵した。
「飯の支度するから、先にシャワー使えよ。」
「ああ。」
「タオルはそのへんにあるのを適当につかっていいから。」
「わかった。」
腹の虫は、夜中のうちに大合唱を終えたらしく、いやな空腹感だけが腹の辺りを支配していた。
冷蔵庫を開けるとほとんど食材が無く、寂しくモーター音だけが響いていた。
それでもどうにかなるもので、ある食材で簡単なものを作ろうと意気込んだ。
「ロイー。」
「なんだ?」
返答がないので浴室に向かうと、どうやらシャワーの出し方がわからないようだった。
「シャワーが出ないんだけど。」
「こっちのコックで、シャワーかカランか変えるんだよ。」
カランが出っ放しなのに気づかなかったのがいけなかった。
勢いよく出始めたシャワーを頭からかぶってしまった。
しかも水。
色々といじくり回したらしく、温度設定が水になっていた。
叫ぶオレと、笑う糞餓鬼。
阿鼻叫喚よろしく。
「いや、ごめんって、他人の家の勝手なんてしらねぇし。」
「ウィンリィちゃんの家とか、友達の家とか泊まりに行ったことねぇのかよ。」
「ウィンリィの家はオレの家と同じで、シャワーの蛇口と別々なんだよ。」
「そうかい。」
「友達の家なんて、お前の家がはじめ…」
「ん?」
「お前は、オレの友達なのか?」
素っ裸の糞餓鬼と、今正に半裸のオレ、異様な空気と言えばそれまでで、答え方によってはこの先があるのかないのか。
いや、期待するだけ損なので、気づかなかった振りをすることにした。
「運命の相手?」
「いや、それ意味わかんねぇし。」
「だろうな。じゃぁ、友達以上恋人未満でいいんじゃね?」
「そんなところなんだろうな。」
そのままなし崩しに一緒に入って、泡だらけになってお互い笑った。
お腹が空いたと言う暴君を大人しくカウンターテーブルに座らせると、調理をはじめた。
トースト用のパンが何枚かあったので、フレンチトーストを作ることにした。
先に自分用の甘くないのを焼いて、その後に、砂糖をたっぷり入れて焼いた。
その傍らで、ウインナーをボイルし、レタスを洗って切って盛り付けた。
「器用だな。」
「器用貧乏って言うんだよ。」
「いいじゃネェか。オレは卵を割ることすらできない。」
カウンター越しにまじまじと完成する料理を眺めている。
糞餓鬼用のフレンチトーストは甘い香りを漂わせ、ダイニング全体を包んでいた。
「おいしい。」
「そりゃ、お前好みに、砂糖をふんだんに使ったからな。」
「そっちは甘くないの?」
「それなりには甘いが、お前のほどではないよ。」
口を大きく開けるので、その中に大きな一切れを押し込んだ。
むしゃむしゃと口いっぱいにして食べるその顔は、だんだん険しくなってくる。
「牛乳と卵とパンとバターの味しかしない。」
「そうだろうな。」
「うえ、牛乳…」
そういいながら、母用のグレープジュースを出してやったのを一気飲みした。
「そっちも、牛乳入ってるんだけどな。」
「味がしないから、いいんだよ。」
午前中は家の中でごろごろすることにした。
糞餓鬼が気に病むといけないと思い、テレビもラジオもつけずに、静かな空間の中で参考書を読んだり、質問をぶつけたりした。
数学は例の難問を解けない順に解説してもらって、色々と納得半面、驚いた。
「数学なんて、ちょっとした思い付きで解けるんだよ。公式なんか決まりきったものだしな。」
安易に言ってのけるこいつを憎たらしいと思ったが、素直に尊敬できた。
(下手な参考書の解説なんかより丁寧でわかりやすいのだ。)
「その思いつきで困ってるんだよ。発想の転換なんて、簡単にできたらこの世の天才はお払い箱だ。」
「違いない。」
ごろごろしながら、教科書・参考書を中心に向き合っていた。
昔の服がすぐに見つかったので、それを引っ張り出して着せてやった。
着る奴によって、服というモノは表情を変えるようだ。
着古しているにもかかわらず、雑誌を切り取ったような風貌に見る。
少し大きめなのは、きっと糞餓鬼が細すぎるからだと思う。
ズボンのウエストがどれもぶかぶかだったので、最終的には紐で結ぶタイプの短パンを貸してやった。
足なんかは細くて、白くて、つるつるだった。
少年特有のケガや虫刺されなんかは無く、温室育ちというか、完全なる引きこもりのように思えた。
「いや、引きこもりと一緒にされても困る。すくなくともオレは世界規模の貢献をしている。」
「まぁ、そうなんだがな。温室育ちというのも抵抗があるからな。」
「じゃあ、地底人ぐらいでいいよ。」
「いや、研究所に地下室ないだろう?」
「それが、あるんだよ。夜な夜な人体実験が繰り広げられ、地獄絵図の如く、断末魔の叫びが…」
「馬鹿言え、人体実験云々なんて研究はしてないだろうが。」
「あはは、ばれた?」
「バレルも何も、現実味がない。」
どうも、オレ達は暇というものが苦手らしく、大方の数学の難問を解いてしまうと時間をもてあました。
森をゆっくりと歩いていた。
胸は苦しくて、意識も朦朧としていた。
音は無く、シンと静かな、張り詰めた空気が森を覆っていた。
あまりにも静なので、オレの耳がおかしくなったのかと思ったほどだった。
しかし足元から、草をする音が聞こえているので、キチンと聞こえてはいるようだった。
目を覚ますと昼前で、どうやら、また寝てしまったらしいとうんざりした。
それでも、2時間も寝ていなかったことに安堵し、絨毯の上にそのまま寝た体が所々痛いのにうんざりした。
顔を上げると、隣でスヤスヤと寝息を立てている糞餓鬼。
寝顔を見るのも何度目だろうか。
綺麗な睫毛。
キラキラと星でも飼っているのではないかと思うほどだ。
色素の薄い肌や、形の良い鼻、唇。
呼吸をしていなかったら、まるで人形だ。
小さくうずくまって寝るその姿を眺めながら、幸せな気分になった。
生きて隣で呼吸していることの幸せ。
触れれば暖かいということの幸せ。
オレをその両眼で見つめてくれるという幸せ。
オレは、なんと幸福なのだろうか。
蜜色の髪に指を通すと、さらりといい匂いがした。
同じものを使っているはずなのに、とても甘く艶美な香りがした。
「ん?ロイ?」
「おはよう。」
「おはよう。」
オレはそのままエドの頬にキスを落とした。
仰向けに体を返し、額に、目に、鼻に、そして、口にキスをした。
自然と回された腕は、肯定の意を表していた。
そのまま、オレ達は唇を重ね、確かな体温と感情を共有しあった。
気持ちが通じた気がした。
でも、どこかで何かがゾワゾワと音を立てているようだった。
それが何であっても、オレ達は運命の相手なのだと、恐れはないと、そう思った。
そうだろ?
オレがこいつを好きで、こいつもオレが好きで、お互い生きている。
それ以外に何を望み、求める必要があるのだろうか。
第7話
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