「ロイ!」
見慣れた金髪がこちらに向かって大きく手を振っていた。
「なんだよ。」
「携帯をジャンに借りた。」
「そうか。」
「どうしても、お前に、今日会わなくちゃいけなかったんだよ。」
「は?6時間くらい前まで一緒にいたろ。」
「ま、まぁそうなんだが。」
いつもと違うそわそわした態度が、どうも腑に落ちなかった。
「まさか、姉妹校に行くことになったのか?」
こちらをまじまじと見る瞳は開かれていて、血の気が引くのが見て取れた。
「お、…おまえ、エスパーか?」
図星か。
「い、いや、エスパーではないな。」
この展開から行けば、そう考えるのが定石だろう。
「そうか。どう言おうか迷ったんだけど…、言わずに済んだ。そういうことだ。」
「わかった。」
と言葉で納得したが、納得し切れていないのが本音。
「って、どうして簡単に納得するんだよ!」
今にも泣きそうな顔でまくし立てられた。
掴まれた胸倉は、いまいち手が届いていないとしか言えない。
どちらかというと、胸元の服を掴まれているといったほうがいい。
「納得するとか、しないとか、そういう問題じゃないだろ。」
半分、自分に言い聞かせてみる。
「どうしたらいい?どうしよう。オレ、行きたくない。」
「行きたくないって…。」
「まだ、オレあんたと出会ったばっかりなんだよ。まだあんたと話したいこととか、やりたいこととか、いっぱいあるんだよ。」
オレだってそうだよ。
という言葉を飲み込んだ。
言わなくても、通じてる。
でも、言ってしまえば、こいつは決心できなるんだ。
「おまえは、ただの学生じゃないんだよ。出来ることがあるならやれよ。」
目を丸くして絶句する糞餓鬼を引き離した。
力なく引き剥がされた糞餓鬼は、行き場のない手をだらりと垂らしてうつむいた。
「おま…えは、オレがいなくなってもいいのかよ。」
「よくはない。」
嬉々とした困惑した顔をこちらに向ける。
「よくはないさ。まだキスしかしてない。夢だってまだオレ達はばらばらだ。」
なんとも言えようのない複雑な顔をしたと思ったら、腹に衝撃が加わった。
「キス、でも、それ以上でも、してやるから、どこへも行くなって言えよ!」
泣き崩れそうだった。
言うだけなら簡単だ。
でも、言ってどうする。
言って、オレにどうして欲しいんだ?
それすらも、言ってしまうことに恐怖を覚えていた。
こいつが抱えているもの、それをオレの感情一つ、こいつの感情一つで決めてしまっていいのだろうか。
「言いたいさ。言えやしないんだ。」
「どうして。」
「オレは、お前を世間から守れるほど大人でもない。社会的地位も何もないただの高校生なんだよ。」
わかってくれ。
オレは何もできない。
お前の人生を背負えるほどの大きなことなんか言えないんだ。
「オレは、ただの人になりたい。」
苦虫を噛み殺すように、絞り出された声は、小さく弱弱しかった。


オレ達は、手をつないで学校までの道のりを無言で歩いた。
オレが引っ張るような形で、ゆっくりと歩いた。
もう、何度目だろうか。
でも、まだ何度目かなのだ。


校門の前に着いても、いっこうにこいつは自分から歩こうとはしなかった。
半ば引きずるようにして、研究所の前まで行った。
窓からは明かりがポツポツとしていて、時刻が夜中なのだと改めて感じた。
「いつ、発つんだ?」
「早ければ、あさっての朝一。」
「そうか。」
「うん。」
「教育実習、最後までできなかったな。」
「うん。」
いつまでも、いつまでも、オレ達は黙ったまま、立ち尽くしていた。
何を話していいのかわからないけれど、このまま離れてしまいたくも無かった。
身に降りかかる、知らない国の大きな事件。
テロリストを、爆弾を作った奴が憎かった。
どうして、オレ達はこんなに早く離れ離れになってしまわなくてはいけないのだろうか。
同じ時間を共有し、同じものを見て、同じ感動を得る。
誰もがあたり前のように過ごす時をオレ達は奪われたのだ。
こいつは、結局一人で特別棟を歩くことすら適わなかったんだ。
面白い地理の授業も受けることができなかったんだ。
もう、2度と同じ教室で授業を受けることも、バスケに興じることもないのだ。
1ヵ月後に訪れる別れとは訳が違う。
まだ、何もしていないんだ。


「死ぬ訳じゃないのにな。」
この台詞はとても重い。
軽い言葉ではないが、今、この時、この瞬間、最も重い言葉だ。
「そうだな。」
「連絡するよ。」
「うん。」
「1年に何度かは帰ってくるし。」
「うん。」
オレの目をじっと見るその瞳は、揺ぎ無いもののように見えた。
確かな決意。
悩むことを拒むその瞳。
困惑するオレを鑑みたのだろうか。
「キス、してもいい?」
オレはこっそり驚いてみた。
(顔には出ていなかったはずだ。)
「それは、オレの台詞じゃないのか?」
「うーん、なんとなく、あんたの気持ちがわかった。」
「そりゃ、よかった。」
生垣に座ると、目線が下になった。
「馬鹿にされてる気がする。」
「気のせいだ。」
躊躇いがちに首元に回された手が、初々しくて可愛かった。
抱きかかえるようにして腰に手を回すと、エドの体温に溶けてしまいたくなった。
「め、つむれ。」
「はいはい。」


目を閉じて、どれくらいだろうか。
何をしているのだと、薄目を開けようとしたら顔に雫が垂れてきた。
雨でも降ってきたかと、先ほどまでの満天の星空を思い出した。
目を開けると、大粒の涙をこぼしながら静かに泣いていた。
大雨。
「エド?」
「ご、ごめん。」
腰に回していた手を顔に持っていき、そのまま無理やりキスをした。
嗚咽交じりのキスは、塩味だった。


きっと、これが最後だろう。
会うのも、キスをするのも。
言いたいことは、聞きたいことはたくさんあった。
どれも、形に…言葉にできなくて呑み込んだ。


「好きだよ。」
「うん。オレも。」


その日の夢は真っ暗で、とても寂しい気持ちでいっぱいだった。


運命は勝てなかったのだろうか。
明日が見えない気がした。
それでも、追いつこうと思った。
早く、早く、それでも堅実に、あいつに追いつきたい。
一緒の研究をしているオレを想像したけれど、馬鹿らしくてやめた。







第8話
TEXTtop

Copyright(C) min All rights reseved.