ライブにも何度か足を向けた。
他のバンドも何組か聞いたが、レベルが違うとすぐにわかった。
この手の音楽はあまり聴かないが、突き抜けてくる生の音というものに鳥肌を立てた。
後ろで聴くに止まってはいるが、前で首を振り全身で音楽を感じる彼らに共感できた。
彼らは音楽と一体となっているのだと、下手な自尊心を捨てたくもなった。
それでも、彼らの音楽は傍で聴くオレすらも音楽と一体にさせる何かを持っていた。
勿論、ブロッシュやトリンガムは、前で飛び跳ね首を振っていた。
トリンガムは相変わらず弟を引きずりまわし、その弟は見事アルフォンス君のファンになってしまったらしく、今では逆に連れまわされているらしい。
ヒューズはグレイシアを連れて何度か来たが、猛者の多さに危険を感じたか、あまり来ようとはしなかった。
その後は、恒例の打ち上げに興じ、音楽の話から学校の話、空気を共有した。
糞餓鬼の弟は、こちらを物言いたげに視線を送り、こちらが笑いかけると、返してはくれた。
特として嫌われているわけではないと、安堵をしたが、警戒されていることには変わりないようだ。


「来週から、自動車学校通うんでしょ?バイトどうするの?」
「自校は土日だけにするから、普段どおり。」
「わたしも通おうかしら。」
「何言ってんだよ。リザは他校に進学するんだろ?」
「そうだけど。」
「まだ迷ってるのか?」
「う〜ん、そういう訳じゃないんだけどね。」
久々に生徒が多く乗るバスに乗った気がする。
ここ最近は、最終バスに乗ることが多かった。
立ったまま揺られるのも久々だった。
リザを一人がけに座らせて、その横に立つ。
「偏差値そんなに高かったか?」
「一応A判定。余裕と言えば余裕なんだけどね。」
「じゃあ、なんだよ。」
「なんか、あんたたち見てると、遠距離に自信がなくなってきたのよ。」
リザは、なんとなく予想がついたというか、からかうこともせずに受け入れてくれていた。
いつ気が付いたかと問えば、はじめからと返ってきた。
夢の話もしたことがあるからか、割と想像の範囲内でことが進んだと笑っていた。
恋愛とか、そういう繋がりではなくもっと深いもので繋がっていられる関係が羨ましいと付け加えられた。
「別に、この3ヶ月近づかず離れずといった平衡状態だけどな。」
「それが問題なのよ。」
次の春には糞餓鬼の弟は高校生になる。
バンドの活動も今より活発になるだろうし、それを間近で見ることもできず、ただファンが増え続けることに不安を覚えているのだろう。
言葉の繋がりなんて、意外と薄っぺらいもので、信頼が無ければ成り立たない。
確かに、信頼していないわけではないのだろうが、それでも距離が不安にさせるのだろう。
触れることも、見つめあうことも、ないのだから。
電話越しの声も、動かない静止画も、ただ虚しいだけだと知った。
しかしながら、電話をしたことも無ければ、糞餓鬼の写真も持っていなかった。
代わりと呼べるものではないが、書きなぐられたメールアドレスを壁に張っている。
我ながら女々しいと自嘲した。


「で、今回のライブは何が特別なんだ?」
「ん?そうね。ん〜、行ってからのお楽しみ?」
「へぇ。」
1時間後にと、オレ達は別れた。
あれでも“女”なので、用意に時間が掛かるのだ。
いや、そこいらの“女”よりはかなり上ランクだ。
お互いに恋人同士みたいな時期もあったが、やはり幼馴染の壁は越えられなかった。
両母親は大いに落胆したが、オレ達にとっては異性の親友と呼べる存在のほうがたいへんうれしいものであった。


「遅刻するぞ。」
「仕方ないじゃない。髪がなかなか乾かなかったのよ。」
かすかに香る髪は、相変わらずときめくことのできる対象ではなかったが、落ち着く香りだ。


開演10分前。
滑り込みセーフ。
チケットと交換にドリンク券を受け取って会場内に入ると、熱気と煙に咽た。
やはり慣れることができない。
オレはいつもの定位置と、壁に背を預けた。
彼らのバンドは取りを飾る。
それまでは、前座と同じだ。
はじまるまでは、リザもオレの隣でチビチビとジュースを飲みながら観賞する。
ジャンの彼女というのは、誰もが知っていたので始まればすんなりと最前列に優先された。
特別な待遇と言ったところだが、リザが近くに居ればなぜか、ジャンの音は格段に良くなるともっぱらの噂なので仕方がない。
あながち眉唾物でもなく、実際表現はできないが、リザが居るのと居ないのとでは音の重厚感が違うように思う。
音が変るまでも愛されていることに、何の不安があるのだろうか。
落ち着く間もなく、トップバッターのバンドがステージに上がった。
盛り上がりには欠けるが、それなりに良いバンドだった。
それでも相変わらずの右から左状態で、しどろもどろのMCで周りが笑っても何がおかしいのかと呆けていた。


こういう何も考えていない瞬間、無性に会いたくなった。
何か考えなければならない時は、思い出さずに済んでいた。
ふとした瞬間、例えば授業中に開いた窓から強い風が吹いたときとか、終業のチャイムの音に気が抜けたとき、体育の順番待ちとか、そんな時。
居ないことがあまりにも不自然に思えた。
心にぽっかりと穴が空いているような、そんな虚しさ。


気が付いたら隣にリザがいなかったので、次は彼らの出番なのだろう。
強烈な叫びに鼓膜が震えた。
澄んだ声で叫ぶ彼はマイク無しでも、その声がオレの耳に届くような気さえする。
そして、音楽の波にライブハウスが溺れる。
カリスマ性だとか、そういうものを見ることができた。


「また、上手くなった。すごいなオレの弟は。」
ぼやくように囁かれた声にオレは耳を疑った。
声がするほうを見ると、焦がれた蜜色の頭がそこにあった。
「間に合ってよかった。」
少し息が切れているのか、肩を上下させている。
「ひさしぶり。」
胸が熱くなり、こみ上げてくるのは感情ばかりで何も言う事ができなかった。
オレはおもいきり、抱きしめてその体温を感じた。
「本物だ。」
「本物だよ。」
そして、キスをした。
貪るという言葉が相応しい。
互いに求めた。
互いが求めたものが、本当に手の届く距離にあったのだから。
芯まで響く興奮剤のような音楽にオレ達は依存し、ただ欲望の趣くままにお互いを感じた。
確かな体温。
確かな鼓動。
確かな感触。
確かな生命。
どうして、オレ達は一つになれないのだろうかと不思議に思った。
溶け合ってしまえば、離れ離れにならずにすむのだ。
溶け合ってしまえば、全てを共有できるのだ。
お互いを感じあえる体が疎ましいとさえ思ったほどだった。
ひとしきり堪能して離れた。
本当は、まだ足りなかった。
「なんでいるんだ?」
「一時帰国。ひと段落ついたんだ。色々と書類とかそういうのを処理したらまたすぐに向こうに行かなきゃならないし。」
「なんで…」
「驚かそうと、思ったんだけどさ。ごめんって。」
「夢じゃないよな。」
「夢の中の方が会えないような気がする。」
そう、あれから見る夢はなんというか、森の夢すら見れなくなっていた。
「望み薄なのは、どっちも同じだよ。」
オレ達は、笑った。
この空気。
オレはこの空気が1番好きだ。


「だから、ごめんって。」
「別に、いいけどさ。」
「こっちに着く最終の便に乗れなかったら、会えなかったんだし、明日の朝一の便だったら、とんぼ返りだったんだよ。夕方までには帰らなくちゃいけなかったし。」
「だから、別にいいって。」
「顔が怒ってる。」
少しだけ身長が伸びたように思う。
顔つきが少しだけ大人になった。
首元が細くなって、いやにやらしく見えた。


オレ達は、いつもの打ち上げには参加しなかった。
アルフォンス君は、とても綺麗な顔をして笑っていた。


「くそう、この時差が疎ましい。」
現在、9時をまわったところ。
向こうは昼の12時なのだ。
時差ぼけにフラフラしてると思いきや、案外平気のようだった。
「任せろ。普段からまともな生活はしてないからな!」
だろうなと思った。
メールの受信時刻は見事にバラバラだったのだ。
「身長伸びねぇぞ。」
「うるせぇ。これでも伸びたんだ。」
と言って、爪先立ちになって、大きく胸を張る。
バランスが悪いのかふらついてたので、指で軽く突くと体勢を崩した。
「何する!」
「いや、ムカついた。」
小さい方が可愛いのにと思った。
只今の身長差(概算)20cm弱。
オレの身長が175ぐらいなので、そんなものだと思う。
リザの身長が160ちょいだとおもうので、許容範囲はそれまでだ。
「オレは、ジャンを抜かすのだ!」
夢のまた夢を大声で叫んでいる。


特にどこに行くわけでもなく、オレ達はいつもの道を歩いた。
時折吹く冷たい風に、冬がもうすぐ訪れるのだと囁かれ、通り過ぎてしまった夏を悔やんだ。
何がしたかったかと思ったが、これといって特に思い浮かばなかった自分に落胆した。
「オレさ、春に大学院出て、本格的に研究所に入ることになったんだ。」
そうなんだと、特に興味なさげに返すと、腹に衝撃が走る。
「いって、何するんだよ。」
「これって、すごいことなんだけど。つか、喜べよ。」
距離感にオレはたじろいでいた。
離れることしか知らないようだ。
走っても、走ってもオレの足じゃ追いつかない。
なんせ、糞餓鬼はバイクにまたがっているのだから。
「おう、良かったな。」
「投げやり。」
「うるせぇ。」
言いたいこと、聴きたいこと山ほどあったはずなのに、どこか空虚感が漂っていた。
あまりの距離感に、口を開けば泣いてしまいそうだった。
虚栄心で固められた投げやりな言葉が、いつまでも頭の中で響いた。
「表立った研究所じゃないんだけど、グリードさんの研究を膨大な資金を積んで支援してくれるところが出てきたんだ。」
「へぇ。」
「本格的な研究に入るんだ。」
「うん。」
なんとなく、予想は付いた。
この後の言葉は…
「連絡とか、取れなくなる。」
ほれみろ。
「そう…か。」
「外部に一切の情報が漏洩しないようにって。完全にその研究を買ったんだ。関わった研究員は全員そっちに行く。」
「そうなのか。」
ぽっかりと空いたなんともいえない感情が、ただただ虚無を呼んだ。
足元もしっかり2本の足で地面に立っているし、目だってよく見えるし、耳も聞こえる。
でも、心をどこかに落としてしまったようで、なんの感慨も浮かばなかった。
「最後なんだな。」
「違うよ。最後じゃない。研究が終われば、帰ってくる。10年先か20年先か。」
「そんなに待てない。」
「そう…だよな。」
「研究、やめちまえよ。」
「やめようかと思ったよ。でも、オレが居なくちゃもう、研究は進まないんだ。」
「やめちまえよ。」
「やめたかったよ。でも、グリードさんの研究を完成させたいんだ。」
「オレは…」
開きかけた口を塞がれる。
「決心が鈍るから。」
消えそうな、震えて、それでも芯のある声。
口を塞いでいた手を掴んで、腕のなかにすっぽり納まる糞餓鬼を抱きしめた。
あまりにも細くて、折ってしまいそうだと思いながらも、力を緩めることが出来なかった。
必死に堪えた何かが、ゆっくりと、ゆっくりと沈んでいった。
運命?
負けた。
世界の波に勝てなかった。
「お別れ、しに来たんだよな。」
「うん。」
「最後にさ、最後だからさ…」
背中にしっかりと手を回されたことに大いに安堵した。
「うん。いいよ。」






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