無性にあいつに会いたくなることはなくなっていた。
会いたくない訳ではないが、一応はさよならをした間柄だ。
どこかで踏ん切りがついているのかもしれない。
と、いうのは建前で、努めてそう思わないようにしていた。
いつだったか、ヒューズが彼女を作ろうとしなのかと聞いてきた。
別に特にとして言い訳も思いつかず、ただ漫然と答えた記憶がある。
あいつはオレにとって何なのかと言う奇妙な考えを持ってしまったが最後、極論理数系に属するオレ頭は、見事に不可思議な難解な疑念を持ってしまったのだ。
まず、男同士だ。結婚も出来やしない。
ましてや、子作りなんて出来るはずも無く、生産性の“せ”の字もない。
オレは兎も角、あいつの遺伝子を残せないという事の危機感の方が大きかった。
一生添い遂げようとか、永遠の伴侶とか、そんなことを思ってもいない。
現状、心変わりの予定はないが、予定は未定。
どこぞの馬の骨にお互いフラフラ付いていくかもしれない。
10年…それ以上なんて、長すぎる。
友達以上のままでいることがオレにとっても、あいつにとっても良いことのように思えてきていた。


ぐだぐだと堂々巡り的結果の出ないことを考えつつ、気づいたらいつものゲームセンターに足が向かっていた。
相いも変わらず、時間さえあればここに来て頭脳遊戯を楽しんでいる。
もちろん、“2E”を倒すべくだが、逸脱した記録のため、これまた相変わらず自己ベストを更新するのみだ。
精神統一を基本とする集中合戦だ。
落ちてくる幾何学を積み上げる単純明快のゲームに、ここまで熱心にする奴も居ず、いつも待つことなくゲーム台に陣取ることが出来る。
最新機種は見事長蛇の列及び、野次馬がたかっている。
シューティングゲームなんぞに興味は無く、通りにくいなと思いながらすり抜けた。
一昔前なら、オレも野次馬の餌食になっただろうが、時代の変化と進化によって廃れたオレの愛用のゲーム台は、見事にその場から撤去されていた…

撤去?
はい?
オレはぐるりと同じ機種の並ぶ周辺を見て回った。
2周…3周…。
いつもの場所には、ファイティングゲームなるものが設置されており、どこにもその存在を見つけることが出来なかった。
ショックで立ち尽くしたことは言うまでもない。
特にゲームに興じるわけでもなく、近くにあった椅子に座り込んだ。
追い越す前に、土俵から消え去ってしまった。
店員に聞いてみても良かったが、そうする気力も無く、オレはゲーセンを出た。
野次馬のたかるシューティングゲームの横を通る時、思い切りこけそうになって顰蹙をかった。
気合とやる気とが一気に無くなり、ただ漠然とした虚脱感だけが全身を覆っていた。


最終的に足が向かうのは、研究室らしく気が付いたら玄関の前にいた。
入ろうかどうしようか悩んでいると、声を掛けられ、大笑いと共に応接間に招かれた。
今や勝手知ったる研究室。
いつもの音と共にコーヒーの匂いが部屋に立ち込めた。
大きく香り、吐き出すとそれなりに落ち着いてきた。
「また、今日は見事に消沈しているね。」
「そんな…ことはないです。」
何もかもを見透かしているその顔は、出会った時から今も変わらず勝ち目がないと悟らせる。
「今日は、休みのはずじゃなかったかい?」
「やることもないので…、自然と足が向かった場所がここだったんです。」
今は慣れた大笑いに、苦笑いしか返せなかった。
オレ専用のマグカップに珈琲が注がれて、手渡された。
いい匂いがする。
素人目にもとても上等な珈琲だ。
喫茶店でも開いたら、さぞ繁盛するだろうと言われても、この安月給の研究がたまらなく好きだと彼は言う。
その時は、痛切にこれから目指す職業がそういったものになればいいと、願った。


「そうそう、エドから論文が送られてきたよ。」
「卒業論文?」
「そうなるね。本を出すように書いていたものを、纏めたやつのようだ。」
「そうなんですか。」
「君も読むかい?彼の論文はとても理解しやすい。」
乱雑に詰れた研究資料と論文を思い出した。
きっとあれを完成させたのだろうと思いながら、肯定することをしなかったオレに手渡された。
「コピーだから、持って帰ってもいいよ。ただし、春までは門外不出だからね。」
彼はそう付け加えると、続きをするかと背伸びをして出て行った。
残されたオレは、珈琲と糞餓鬼の卒論を見ながら一つ大きく息を吐いた。


あいつ独特のミミズののたくったような字は無く、綺麗簡素なワープロ文字が羅列されていた。
わかりやすいとは言ってはいたが、この世界をかじりもしないオレにとっては至極退屈なもので、半分を読み終えるまでに何度睡魔をなぎ払ったかわからないほどだ。
それでも、理解しやすいのはわかる。
半分を読み終えたオレは、なんとなくだがミトコンドリアに興味が沸いていた。
図解説明のタイミングも、位置も的確で、印税ウハウハ生活が納得できた。
冷めた珈琲を一気に胃に流し入れると、かすかな刺激を感じ、今自分が空腹なのだと気が付いた。
時間を見ると10時過ぎ。
驚いた。
6時間以上もこうして読んでいたことになる。


「驚いた。まだいたんだ。」
「夢中になっていたようで。」
「面白いだろ。彼の論文は。」
「はい。」


その日は、あいつからの返信を待たずしてメールを送った。
そうすると、驚くべき速さで返信された。
と、思ったら、反応的に違うので、前のメールの返信のようだった。
すぐさま次のメールが受信される。
『捨てろ。もしくは燃やせ。ようmな。』
きっと最後のは“読むな”なんだろう。
『イヤだよ。やっと面白くなってきたところなんだ。』
送信。
受信。
『あれだけ、ロイには見せるなって書いておいたのに!』
『残念だったな。』
送信。
しばしの沈黙。
受信。
『なあ、夢ってまだ見れてるか?』
『いや。見てない。』
送信。
受信。
『昨日、不思議な夢見たんだよ。』
『どんな?』
送信。
再度の沈黙。
受信。
『オレの手足が機械鎧になった夢。ここではないどこかで、オレは何かに苦しんでるんだ。』
『機械鎧の手は右手か?』
送信。
受信。
『そうだよ。』
『だから、オレはお前の左手を掴むんだな。』
送信。
何かがつながりかけていた。
もう少しで、あの夢へとたどり着けそうだった。
受信。
『多分』
受信
『ごめん、呼ばれた。』
返信できなかった返事の内容。
『あの夢は、本当は誰の夢なんだ?』


付かず離れず。
でも、今、確かにオレ達は時間を共有していた。


夢が見れていない事実は拭い去れなくて、あいつの見た不思議な夢が気になった。
機械鎧と言えば、最高峰の義肢装具だ。
感覚がないだけで、生身の手足のように自由自在に動かすことが出来る。
厳つい名前も、元は軍事開発された義肢装具だからというだけだ。
確か、ウィンリィちゃんは義肢装具を専門にしていたように覚えている。
それでも、あいつは5体満足だ。


不思議とその日からオレはまた夢を見た。
ゆっくりと、森の中を歩く。
ただ一人で。
いつもと違うのは、オレを責め立てていた。
誰の声なのかもわからない。何を言っているのかもわからなかった。
声なのかすらも怪しい。
ただの嗚咽のようにも聞こえる。
懺悔のようにも聞こえる。
それから、逃げることもせず、耳を塞ぐこともせず、ただただ静かに暗い森を歩いた。


少しずつ、何かが変わっていく。
微々たる変化だが、確実にオレ達を巻き込んで、運命という大きな歯車が回っているような感覚で目を覚ました。


単調に過ぎる毎日の中で、それでもオレはパスポートを取り、糞餓鬼に会いに行く準備をした。
もちろん、あいつの研究論文もちょっとづつだが、読み解いている。
なにせ専門用語ばかりなので、そのての辞書とにらめっこしながらでないと、読めやしないのだ。
卒業間近は式の練習だのなんだのと、結局ほぼ毎日のように登校させられる。
その前にと、オレは予定を組んだ。
あいつの予定なんか知ったことではないが、宿泊先に困るといけないので極秘にウィンリィちゃんと連絡を取った。
向こうも色々と準備があるという事で、日付指定がされたがさして問題のある日程ではなかったため、二つ返事を返した。
どうやら合鍵というものを持っているらしく、それを貸してくれるという事だ。


と、言っているうちにパスポートが届き、明日から国外逃亡との運びとなる。
研究所の皆さんにはキチンと報告してあるので、見事土産というか大量に持たされた。
検査に引っかかるのではないかと思うものから、よくわからないものまで様々だ。


当日、空港までの道のりは険しいものだった。
予定2泊3日のはずなのに、トランク(それも特大)に山のように荷物が入っている。
それプラスオレの荷物は修学旅行用的なカバンに細々と入っている。
余白がある分、なんとなく惨めな気分だ。
リザには一人旅に出ると言ってはおいたが、きっとどこに行くかはわかってるだろう。
帰りはトランクの中身が空になることを祈りつつ、検査に趣いた。
研究所の人から、空港の人に渡すようにと書類を一式渡され、それを見せるとほぼ素通りだった。
(中身を検めたので、それでも30分はかかった!)
私物用は他の乗客と同じでX線検査など適度に済まされた。
どうやら、トランクの中身はX線を通してはいけないものでもあったらしい。







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