飛行機の中ではどうも落ち着かず、眠ることもできず、付いた時には時差に悩まされるのかと落ち込んだ。
「お久しぶりです。」
空港に着くと、手はず通りウィンリィちゃんが待っていてくれていた。
お互い辞令的な挨拶を済ませ、早速とばかりにアパルトメントへ向かった。
あまりこっちには帰ってこないという愚痴を聞きつつ、この2泊3日で本当に会えるのだろうかと不安になった。
「大丈夫ですよ。今日は帰ってくるって言ってましたし。」
不安を察知したか、笑いかけられた。
こう見ると、本当にかわいらしい子だ。
「アルは、元気です?」
「元気みたいだね。大いに短縮授業を満喫しているようだよ。」
「そうなんですね。」
「そうだ。これ。MDで悪いんだケドって渡して欲しいって預かってたんだよ。」
カバンからゴソゴソと、そっけなくカバーに入っただけの何も書かれていないMDを手渡した。
「MD?」
「春先にインディーズでCDを出すかもしれないらしいんだ。」
「そうなんですね。」
「試作品というか、1番はじめのデモテープのコピーらしい。」
「ありがとうございます。ここのところ、帰ることすら、連絡もキチンとしてなかったから。」
今から聞くか?とプレーヤーを出そうとしたが、断られた。
「帰ってから、聞きます。」
と、大事そうにカバンにしまった。
そういう横顔に、なんとも幸せな気分になった。
付いた先は、なんとも普通だった。
彼女の隣の部屋があいつの部屋だということで、お互い合鍵を持って出入りしているらしい。
「ご飯は順番だったんですけどね。」
と笑って、最近は自分ばかりが作らされていると愚痴をこぼした。
部屋に入ると、何も無いに等しかった。
文献が散らかっているだけで、生活感があまり…いや、全く無かった。
ウィンリィちゃんはこれから、講義があると出かけて行った。
無い時間の中で、色々としてくれた彼女にお礼を言うと、驚かれた。
「どちらかというと、エドのためかな?」
そう言い残した彼女に、不思議と落ち着いた。
とりあえずと、オレは文献を整理した。
研究所でのあの格闘の日々が役に立った。
バラバラな論文を一纏めにしていく。
どうみても、なにかの法則があってのちらかりには見えなかった。
出かけざまに、書類の群れをバラしてそのままといったようだ。
片付け終わると、パソコンが付いたままだったようなので、なんとなくマウスを動かし、起こしてみた。
すると、メールボックスが一番に出てきた。
ダイレクトメールなどはなく、見事受信ボックスはオレの送ったメールしかなかった。
オレの名前部分には“くろねこ”と表示されていた。
懐かしい思いでいっぱいになる。
そういえばそんな会話もしたなと、あの日のことを思い出した。
運命共同体とか、勝手なことを思っていた気がする。
勝てやしなかった。
胃が空腹だと訴え始めていたので、来る途中に見たスーパーと思われるところに行くことにした。
行って帰る間、ポケットにつっこんだ合鍵が、なぜだか誇らしげだった。
さてとと、あいつの好物をつくった。
勿論シチュー。
日が暮れる頃には部屋中がシチューの匂いでいっぱいになった。
しかし、こうも何も揃っていないことが不便だと感じたことはない。
鍋はパスタ鍋だし、包丁は見事に果物ナイフオンリーだった。
よくもまぁ、作ったと自分を褒めたくなった。
基本、ウィンリィちゃんの部屋で食事をしてるのだろうと思った次第だ。
「ただいまー、ってこっちで食うのか?」
と帰ってくる糞餓鬼。
それと目が合うオレ。
「おかえり。」
「…、よくシチューなんて作れたな。何も道具が無かったろ。」
「人間やれば、できるもんなんだよ。」
「へぇ。」
コートを脱いで無造作にベッドに投げつけた。
冷たいと言いながら、手を洗ってうがいをする。
「な、なんで…いるんだよ。」
水の流れる音が、ひどく耳に付く。
「会いたかったから。」
「さよならしたじゃん。」
「中途半端だったからな。」
小さい背中。
それでも、少しは伸びているように思う。
水道を止めて、しつこいぐらいにタオルで手を拭いている。
「オレも、会い…たかった。」
顔は見なくてもわかる。
喜んでいて、それでいて悲しそうな、複雑な顔をしているんだろう。
後から抱きしめると、相変わらずすっぽりと納まった。
冷えた体にオレの熱が奪われる。
そして、二人同じ体温になるまでずっとこうしていた。
わかってはいたことだが、見事に糞餓鬼の腹の虫で気分は台無し。
「ごめんって。」
「いいから、食べろ。」
この会話を何度と無く繰り返す。
おいしいと言いながらほおばる。
母にまたシチュー?と嫌味を言われた甲斐があったというものだ。
きっと最初で最後だ。
こいつにシチューを食べさせるのは。
不思議な感覚だった。
バターを焦がさないようにスプーンで混ぜながら小麦粉を入れた。
牛乳を少しずつ入れながらそれを伸ばした。
野菜を切った。
その間もずっと感じていた不思議な感覚。
ありえはしないような、夢のようなふわふわとした感覚。
「テトリスのゲーム機が撤去されたんだよ。」
「ん?」
「お前の記録を塗り替える前にだ。」
「残念だったな。」
「そうだよ。残念だった。」
「こっちに来て、ゲーセンなんて行ってないな。」
「忙しいみたいだな。」
「まあな。」
「今は落ち着いたかな。卒論送ったし、後はもう研究一直線だ。」
「あと3分の1残ってる。」
「は?マジで読んでんの?わかんねぇだろ?」
「辞書借りて読んでるよ。」
「へぇ。」
「割りにわかりやすいな。」
「言葉や説明が稚拙だってだけだろ?」
「そうは思えなかったがな。」
なんとなく繰り返される会話。
終わりが見えているだけ、なんというか物悲しさだけが支配しているように思える。
「夢、あれからまだみるのか?」
「ああ、メールの…。見るよ。最近はいやにはっきり見る。」
「そうか。」
「ロイは?」
「いつもとは違ってるんだよ。独りで歩いてるんだけどな。森が暗いというか、他の誰かもいるんだよ。」
「オレじゃなくて?」
「違うと思う。知らない誰か大勢に、責め立てられるような、そんな感じ。」
「へぇ。」
「オレのは、森の夢じゃないんだよ。なんだかな、もっと現実に近い。」
「でも、お前なんだろ?」
「そうだとは思うけど、こう、身長が今よりもちっさい…。」
「言いながら自己嫌悪にかかるな。」
「ああ、わかってはいるんだけどな。どうも…。」
会話が切れ切れなのはしょうがないような気がする。
本当はこんなところへオレは来る予定はこいつの中に無かったし、オレとしても妙な感覚の中にいたしな。
先に使えとシャワールームに追い立てられて、戻ったら客用のマットレスがベッドの横に置いてあった。
アパルトメントを決めた後、手続きやなにやらの関係で母親が泊まっていた時に使っていたものらしい。
よく考えてみると、15歳。
未成年もいいところなのだ。
いやに戻ってくるのが遅いと思えば、シャワールームの中でしゃくり上げていた。
名前を呼ぶと、ごめんとだけ返ってきた。
「ごめん。」
「お前は、誰の夢を見てるんだ?」
「わからないけど、もしかしたら夢の中のオレがグリードさん達を殺したのかもしれない。」
コトの仔細はこうだ。
爆弾を作り、解体することを職業としてる夢の中のこいつは、右腕と左足が機械鎧らしい。
どうしてなのかはわからないが、「テルスの業火」の英雄になってしまったと笑いながら泣いているらしい。
自分が作った爆弾。
気になって調べたら、極秘事項の「テルスの業火」の爆弾の特徴と夢の中での爆弾の特徴がほぼ一致したらしい。
「気持ちが悪い。」
「この夢は、オレ達の夢じゃないという事だけははっきりしたな。」
「どういう?」
「オレ達が見ている夢は、お前で言う、遺伝子の共鳴原理が起こしてるんだよ。」
「はぁ。」
「ある程度までに近似した遺伝子同士が共鳴しあっている。それによって、飽和した向こう側の思念がだだ漏れなんだと思う。」
「なんとも、素人理論ありがとう。」
「素人だよ。」
「でも、近いところはあるかもしれないな。もし、夢の中のオレが本当に居たらの話だがな。」
「居るさ。じゃないと、つじつまが合わない。」
「でもさ、夢自体は物心付いた時からお互い見てるんだぜ?」
「夢の中のオレ達の生まれ変わりがオレ達だったりして。」
笑った。
大笑いした。
そんなこと、あるわけない。
非科学的よろしくだ。
この世に解明できないことは山のようにあるのだろうが、あまりにもだ。
幽霊や、UFO、ネッシーなんかと同じレベルのような気がする。
第一、同じ時間に生まれ変わりが居るなんて面白すぎる。
「いや、でも生まれ変わりという事象が実際にあるのなら、時間云々の話は問題にもならない。」
「はい?」
「例えば、精神世界の時間を∞とする。オレ達のいるところを±0とすると未来が+過去が−となる。」
「そう考えればだがな。」
「精神世界に時間軸なんて関係ないだろ?そこには無秩序にちらばった個々の精神が他と交わったり発生したり消滅したりしてるんだから。」
「それはお前だけの理論だろ。」
「勿論!」
目が輝く。
こいつは、こんな顔をして研究に励んでいるんだろうか?
「融合精神体とでも言ったらいいか。」
「今名前付けたな。」
「名前を付けるのは学者の十八番なんだよ。」
「そこから生命体として発生するのに、精神世界における時間空間に無限につながるなかで、たまたま、ここを拠点として些細な時間の交差しか生まれなかったとするとだ、同じ時間軸に同一精神体が存在してもおかしくはない。」
自分で言いながら納得する。
オレはいなくてもいいのではないかと思うほどだが、自己主張しないわけにはいかない。
「そういわれるとそうだな。」
「だろ?つまりは、オレ等の生まれ変わりが、100年前にいたとしてもおかしくはないんだよ。」
「極論そうなるが、精神世界云々というところから解明ができない辺りが笑えないか?」
「そうだよ。おもしろい。」
「遺伝子の大半は親から受けるがれるものだが、精神は一体どこから来る?それが個体差を生む切っ掛けになる?遺伝情報のどこに精神が含まれる?デオキシリボ核酸にそんな情報は入っていない。ということはだ。精神は別の形としてまだ認識されていないだけで、オレ達の体に存在する。」
「オカルトじみていないか?」
「オカルトも紙一重だからな。」
「証明できないものがオカルトだと?」
「そうだよ。いずれは解明される。謎は多く、人としての時間は少ない。」
まったくもって、いつものオレ達の会話になる。
きっと、こういう会話の日々がずっと続いていく予定だったんだろう。
だから、おれは、今、この瞬間を、とても、とても、愛おしいと、感じたんだ。
それにしても、色気がない。
もうちょっと辛気臭く、お別れ気分を堪能できるかと思いきや、そうもいかず、結局一晩中しょうもない水掛け論を素人カブレにぶつけ合った限りだ。
気づけば夜中の3時で、時差ぼけよろしくくらくらの中二人でベッドに倒れこんだ。
明日は久々の休みらしい。
だから、ウィンリィちゃんはこの日をゴリ押ししたのかと、納得した。
静かな深い眠り。
森の中を彷徨い歩く。
もうひとりのオレの見る夢なのだろうか。
意外と複雑を極めた、運命共同体のオレ達は、明日で本当に最後なのだと、手をしっかりつないで眠った。
第10話
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