夢の中とはいえ、オレがグリードさんたちを殺したんだという事実は、オレから五感を奪っていくのに最適だった。
まず、あれだけ色鮮やかにキラキラと輝いき、興味と熱意を持って挑むことができていたのに、ただ虚しく空虚に漂うものになっていた。
新たな発見に必要以上に心が躍るっていた頃も思い出せず、ただ漫然と顕微鏡とフラスコとレポート用紙とシャーペンとを握りかえる毎日に、半ば嫌気がさすほどにまでなっていた。


ロイ宛のメールの頻度がそれまでよりも格段に減ったことは、気づいているのだろうかと危ぶんだが、元々がそこまで頻繁なやり取りではなかったため、取り越し苦労に終わったようだった。
ただ、何度も、何度も、打とうとしても指が動かず、泣きそうになった。
やっと打ったメールは間髪入れずに返信され驚いたが、本当に偶然なのだろう。
同じ刻を共有することができた。
「何かに苦しんでる」
何かなんて、もう知ってるのにあえてぼかしたのは、自分がグリードさんを殺したという事実が受け入れられていなかったからだ。
確かに、オレじゃないといえば、それまでだが確かに、オレの感覚として、オレは、グリードさんを、殺したんだ。
オレが、殺したんだ。


助けて欲しかった。
誰かに。
でも、誰でもいいわけじゃない。
ろい。
ろい。
助けてください。


このままじゃ、オレ、








くろねこ通信※黒猫の用心棒の続きみたいなもの※

第10回 きんねこのさよなら









腕がおかしな方向に曲がっている感覚で目が覚めた。
痛いといえばそうでもなく、隣で、同じ方向を向いて寝ていたはずの糞餓鬼が180度回転していたのだ。
寝相が悪かったんだと、どうでも良いコトを思いながらしっかりと握られた手の平に幸福感を覚えた。
とも言ってはいられなかった。
感覚を取り戻した腕は、不自然な曲がり具合に悲鳴を上げ始めた。
とはいっても、見事にしっかりと握られた手が異様な安堵感をもたらしていた。
夢の中ではもう、味わえなくなっていた感覚。
体温、感触、匂い、感じる全てが、こいつが確かにここにいる。
夢で無いからこそ味わえる、感覚に少しだけまどろんだ。
まぁ、そのまどろみもいそいそと体を反転させるに至ったから、あるわけで…。
近くなった寝顔を覗き込む。
頬を伝う涙、しわのよった眉間…、こいつの夢は酷く辛い夢。
それが少しでも、和らぐようにと空いた手でやわらかい金糸をすいた。

「返してくれ…、か…さ…、…う…ん、どう…し…。」

何を?
後半はほとんど聞き取れなかったが、確かに「返してくれ。」と言った。


目覚めは最悪といった具合で、しかめっ面で頭をぼりぼりかきながら、さも低血圧の中年のような格好で、おはようとお互いに挨拶した。
朝食は、昨日買っておいたパンを二人でもそもそと食べた。
食べるときに棚を開けて案の定イチゴジャムを取り出したまではよかったが、その棚全てがイチゴジャムで汚染されてることにオレは突っ込まずにはいられなかった。
「こっちのジャムは苦手なんだよ。そっちの、添加物!って味が好きでさ。」
「まさか、卸問屋から直接なんてことないだろうな。」
「ご名答!自分で全部食べるって言ったら、驚かれたよ。」
「そりゃぁな。」
「でも、2ヶ月に1度は買いに行かないと、切れるからな。」
「消費量の凄さに驚くよ。それだけ食っててよく痩せれるな。」
「脳みそ使ってるんだろ。」
頭蓋骨の中身が全部イチゴジャムで出来ているのを想像して、昨日の続きで気分がメルヘンになってると悲しくなった。
それでも、甘い良い匂いが常に放たれているわけで、ベッドに顔をうずめて1晩寝ていたおかげで、まだ鼻腔にそれが残っているような気さえしていた。
「じゃぁ、お前の研究はイチゴジャムによって成されているわけか。」
「あながちそうじゃないと言えないところが笑えない。」


食器を洗う手が痛むのは、お湯が出ないだけじゃない気がしたのは、気のせいだということにした。
自分自身で話題を振っておいて、とても後ろめたい気持ちになったのだ。
研究とか、そういう“今”のことは出来るだけ話題にしないようにしていたのに。
ふと、隣を見ると、こちらも微妙な表情をして心ここにあらずといった様子で食器を拭いていた。
よくみると、口の端にイチゴジャムがついているのが見える。
よく知った味のはずなのに、どんな味をしているのだろうかと、不思議とそう思った。


「!!!」


と、思った瞬間には口端をなめていた。
「ごめん、手がふさがってたもんだから。」
言い訳?
奇妙な感情。
こいつから、イチゴジャムをうばってしまったら、研究しなくなるんじゃないかとか、そういうのを具体的に思ったわけじゃない。
確かにそういう感情もある。
今すぐ戸棚を開けて、イチゴジャムの瓶を全て割ってしまったらどうだろうか。
見る見る赤くなる顔を眺めながら、愛おしいと感じる反面、残酷なことを考えた。


「キス…していいか?」
「な…!!
ぬれたままの手をそのまま顔に当てると、ビクッと反応する。
冷え切った手は感触がなく、体温を感じることはできなかったけれど、それでも、人のやわらかさを感じた。
次第に熱が手に移り、体温を取り戻した。
答えを聞かないまま、キスをした。
ついばむようなキスではなく、深い、深いキス。
抱きしめて、抱きしめ返されて、何度も何度も息継ぎをするのも惜しいくらいにキスをした。


このまま、熔けてしまえばいいのに。
このまま、混ざってしまえばいいのに。







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