「寝言で、お前、返してくれって言ってたんだよ。覚えてるか?」
「ああ。夢の中のオレは父さんと母さんを殺されてるんだよ。」
「そうか。」
「オレの父さんと母さんは生きてるのに、辛いんだ。」
「そうか。」
もう、動けないくらいつかれきった体をベッドに横たえ、ぽつぽつと会話した。
持ってきた荷物は大学の研究室からのものだとか、託けだとか。
メールで近況報告はやっていたが、重複するのも気にせず、お互いに話した。
おなかの鳴る音にその時が終わることを感じたときには、外はもう暗くなっていた。
この暗闇が明ければもう2度と会うことはない。
「親、兄弟とも連絡が禁止されるんだ。だから、お前一人と離れるわけじゃない。」
「お前一人が辛い気がするな。それ。」
「そうでもないよ。お前はきっとその誰よりも辛いんだよ。」
「知った風な口を利いてくれるな。」
「あんたが、オレを好きなの知ってるし…。
そう言って、エドは口を押さえた。
「ごめん、おなかすいた。ご飯…食べに行こう。」
その前にシャワーだなと、二人してシャワールームで汗だのなんだのを流した。
こいつ中にぶちまけたものもかき出した。
つけるものをつけるのをすっかり忘れていたのだ。
持ってきてはいたのだが、出すタイミングとその存在を忘れ去っていた。
「全部出たか。」
「お前、どんだけ出してんだよ。」
証拠隠滅とばかりに、排水溝に流れきっているので、笑って誤魔化した。
「外食っつっても、オレもあんまり店知らないんだよ。」
そう言って、ウインリィちゃんがいない時によくいく店に連れて行かれた。
道中、あそこの店のジェラートまずいだの、ここの店のばあさんがいつもお釣りを間違えるだのと、たわいも無い会話をした。
着いてみると、洒落た空気を持った店だった。
存外おしゃれな趣味を持っているなと、関心した。
「常連って訳じゃねぇけどな。」
と、少しはみかみながら言う顔に、疎外感を感じた。
オレは本当に異邦人だ。
明日には、この町にはいない。
いくら、この町について説明を受けても、何の意味ももたらさない。
白熱灯の照らす店内は、静かにジャズがかかりそれなりなリストランテだった。
一人で入ることも出来る様子のカウンターがあったが、15の餓鬼それも年よりも若干幼く見えるこいつが普通に通える店とは到底思えなかった。
「今日は、一人じゃないんだな。」
そう言ってカウンター奥から出てきて、席に案内したのはまさにスポーツ選手といった大柄の男だった。
ずんぐりと言った表現が似合う風貌は、店の雰囲気とミスマッチだった。
「まぁな。」
ちらりとこちらを見て、ここぞとばかりに言い放つ。
照れたように見えたのは気のせいだっただろうか。
「グリードさんとバスケしてたって言ったろ?その時よく試合してたチームの人なんだよ。」
「へぇ。」
「じゃねぇと、こんな店一人で入れねぇよ。」
「だろうな。カウンターあるけど、席はカップルだらけだもんな。」
「そうそう、カウンターも酒呑んでないのオレぐらいだもん。」
のん気な会話をしている内に、たのんでもいないのに料理が運ばれてきた。
「まだ、頼んでねぇけど。」
メニューを見ながら、どうしようかと思案している最中だった。
「お前に、友達がいるなんて知らなかったよ。」
そう言って料理を並べる。
「こんな、ちんちくりんの友達よくやってるな。しかも、こんな遠くまで会いに来るなんて。」
苦笑いしか返すことが出来ずにいると、向かいの糞餓鬼は怒り奮闘のようだ。
「ちんちくりんってなんだよ。」
「ちんちくりんはちんちくりんだよ。初めて会ったときはもっとちんちくりんだったがな。」
「うう…。」
「驚いたもんだぜ。グリードのチームにこれがくっついてきてて、まさか試合に出るなんて思っても見なかったからな。」
こちらにウインクを飛ばされても、何も言えない。
ちんちくりんであるお陰で、こうやってここにいる訳だが、本人には到底言えない。
「それも、グリードさんの作戦のうちなんだよ。」
「おかげで、これを踏まずに試合をするのがどれだけ大変だったが。まぁ、勝ったけどな。」
「その次の試合はオレのチームが勝った。」
「そうそう、その時のこいつの人を見下した笑顔が忘れられないんだよ。ありゃ、トラウマだよ。」
「なにお!人の懇親の喜びを!!」
「知ってるか?お友達!こいつのニヒルな笑いを!!人を見下した顔を!!」
「ええ。知ってます。小憎たらしいですよね。」
「そうなんだよ。餓鬼があんな顔して笑うなんて、初めて知った瞬間だったね。」
疎外感。
知らない世界。
オレは勝手に、こいつは毎日を寂しく送ってるものだと勘違いしていた。
「わりぃ、で、なんかうれしくなっちまってな。元気そうなお前見て安心したよ。ごちそうするよ。」
いや、勘違いじゃないのか。
「ありが…とう。」
「いい人が周りにいてよかったな。」
「うん。グリードさんの周りにはいい人ばっかりだったよ。」
「そうか。」
「うん。だから、やっぱり朝になったら、さよならだ。」
「そうか。」
悩んでてくれた。
それだけで、もういい気がする。
黒いどろどろも、喪失感もぬぐいきれてないけれど、耐えられると思う。
こいつは、そんな人とも離れなければならないのだ。
同意の上の監禁状態に身を置いて、ただ研究をするのみの生活になるんだ。
「さよなら、するために来たから。」
「ありがとう。」
気持ちのこもった料理を食べながら、入らないと笑いあいながら次々に運ばれてくる料理を堪能した。
オレとグリードさんを天秤に掛けたら俺のほうが軽いのかと、漠然と考えている自分が情けなかった。
朝になんてならなければいいのに。
まだ、こんなことを思う自分が正直情けなかった。
その夜も、しっかりと手をつなぎあって眠った。
もちろん、オレの右手とエドの左手。
8時には研究室に行かなければならないというこいつに合わせて、オレも空港へ向かった。
握手をして、少しだけキスをして、抱きしめあって、さよならと言った。
きっと、エドもバスの中で泣いてんだろうなと思いながら、タクシーの中で堪えきれずに泣いた。
「さよなら」
もう、2度と会うことは無い。
メールもきっと出すことは無いだろう。
「さよなら」
帰ったら、研究所の人にお土産を渡して、バイトを辞めさせてもらおう。
帰ったら、ヘタクソなメールアドレスのメモと、エド専用をはがそう。
「さよなら」
受信BOXをまとて、隠しファイルにしてしまおう。
フォルダの名前をきんねこにして…
「さよなら」
勉強して、エドの研究に負けない人間になろう。
そして、エドを待てるくらいの強い人間になろう。
「さよなら」
頭の中でこだまするその声を、ただひたすらに噛みしめた。
「さよなら」
春も過ぎ夏も過ぎ、気がつけばエドに最後に会った季節になっていた。
制服姿のアルフォンス君を何度か校内で見た。
どうやら、大学部にも出入りしているらしい。
リザは見事合格して、ハボックと遠距離恋愛をがんばっている。
それでも、月1でこっちに帰ってきてはいる。
お陰で、駅と家とをタクシー代わりによく使われる。
バンド活動も好調で、周囲の期待に応えてメジャーデビューを果たしたため、ハボックもなかなか忙しいようだ。
アルフォンス君の学業優先のため活動自体は控えめだが、それでも忙しいようだ。
テレビ出演を断るのが大変だと、ため息をついていた。
ヒューズはグレイシアと卒業後に結婚すると、この夏から両両親公認の同棲を始めていた。
他のメンツもたまに連絡を取る程度で、高校生のようにつるむことはなくなっていた。
そうそう、ロスに振られ続けてなお諦めなかったかいあってか、ブロッシュとロスは付き合いだしたらしい。
根気負けだと彼女は笑っていた。
そう、みんな元気だ。
オレも、元気だ。
夢は前のようにたまに見る程度になった。
相変わらず、誰かに責め立てられる辛いもので、起きた時には恐くて仕方が無くなる。
そんな時無性に右手の温もりが欲しくなる。
「さよなら」
そんな時に思い出す。
もう、会えないということを、一人で乗り越えなくてはならないということを。
それと同時に、
「忘れないから」
その台詞を思い出すたびに、わずかばかりだが満たされた。
会えないけれど、忘れない。
離れているけど、忘れない。
ただ、好きでい続けることで、オレは日々をどうにか過ごした。
春になれば、忙しくなる。
オレは心理学を専攻に研究を始める。
夢の真実、そこにたどり着ければ少しでも何かに近づけると信じて…
がむしゃらだった。
直向に、前向きに、右手のぬくもりの記憶だけを頼りに…
季節が過ぎることが虚しいことだと知って、季節が流れることがこんなにも無常だということを知って、それでも…
第11話
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