ひとしきり泣くと、彼をどうするか考えた。
周りを見渡すと、宝箱のようなものが落ちていた。
持ち上げ方が悪かったのか、中身を落としてしまった。
中からは、鍵と、写真が2枚と、何か昆虫の羽根が落ちてきた。
写真を見ると、幸せそうな両親と幸せそうに眠る赤ん坊、宴会の集合写真だろうかにぎやかな写真だった。
写真の中で、エドが笑っていた。
オレも笑っていた。
撮った記憶も無いものが懐かしかった。
落としてしまったそれらを箱に戻した。とても愛おしいとかんじた。
目覚める気配の無い彼を担いで、家があったところまで戻った。
鍵は箱の鍵で正解だった。
扉を開けると、鼻を突く匂いがかすかにした。
きれいに掃除されてはいるが、何かが残っていた。
オレはどういう死に方をしたんだろうか。
寝室に運び、横たえる。
本当に、よく似てる…いや、本人そのままだ。
オレが覚えているあいつより少し大人びてはいるが、そのものだった。
抱えた体は異常な重さをしていたが、義肢の重さなのだろうと思った。
彼を眺めたまま一晩を過ごした。
あれから、3日経った。
起きる気配は微塵も無かった。
食料を買いに近くの町まで行って、帰ってきた時は流石に起きてどこかへ行ってしまっているものと思った。
だが、すやすやと寝息を立てていた。
いい加減心配になったので、大学の知り合いに事情を説明して、病院に連れて行った。
体のどこにも疾患は無いようで、目覚めないのが不思議だと首をひねっていた。
2,3日様子を見て目が覚める気配が無かったら、別の方法で検査をしてみようということになっていた。
別に、何を思ったわけでもない。
左手を握ってみた。
すると、強く握り返された。
涙が溢れた。
何年ぶりかに見た森の夢。
目の前を誰かが歩いている。
エドと…オレ?
違う。
オレは声にならない声で叫んだ。
エドは振り向かずに歩いていく。
オレは静かに振り返り、エドを頼んだよと言った様に見えた。
そのまま、オレを置き去りにして二人は奥へ行ってしまった。
そのまま寝てしまったオレは、体がの痛みで目を覚ました。
伸ばすと背中が悲鳴を上げている。
眠り姫を確認すると、大きな金の瞳をこちらに向けて涙をこぼしていた。
「ロイ…ロイなのか?」
「そうだよ。」
間違ってはいない。
けど、これは嘘だ。
「会いたかった!」
声まで一緒だ。
体温も、何もかも。
「オレも会いたかった。」
嘘を吐いた。
オレが会いたかったのは、お前じゃない。
憎いと、思わなければならないのに、思えない。
愛おしいという気持ちを抑えきれない。
「ロイ、ロイ。」
卑怯だ。
なんで、お前はお前を殺したんだ。
なんで、一緒なんだ。
なんで…
抱きしめた体。
悲しいはずなのにうれしかった。
こいつをお前の代わりにして生きていくのか?
どうしたらいいんだよ。
エド…教えてくれ。
目が覚めたことを報告すると、不思議な顔を返された。
複雑な心境を汲み取ったのだろうか。
診察の結果、心を病んでいることがわかった。
夢の中を歩いている。
お前の領域だと、静かに告げられた。
その日のうちに、病棟を移しオレの患者になった。
名前とわずかな情報以外、謎だった。
年齢はメールの内容から見て、18くらいだろう。
ボディーガードをやっている。
弟のアルフォンスは車椅子。
リザとハボックという知り合いがいる。
ウィンリィという義肢装具屋を営んでいる幼馴染がいる。
どうするべきか。
家族の元へ返すのが定石だろう。
家族を探す間、オレはこいつの世話をすることにした。
あの家に帰りたいと言うのを制止して、軟禁状態よろしく入院させっぱなしにした。
アパルトメントに連れて帰ることができないからだ。
ウィンリィちゃんにも秘密にしてある。
1日に2度顔を見に行った。
とてもうれしそうな顔をして、いろんな話をする。
メールとつじつまが合うことばかりの話に驚き反面、納得した。
治療をするか否か、悩んでいた。
ウィンリィちゃんとは彼を入院させてから、1度帰ったときに箱の中身を二人で見た以来、たまに連絡を取る程度になっていた。
彼女は彼女で、色々な国を飛び回っていたので、隣に住んでいるといえども、顔を合わせることは無かった。
箱の中を丁寧に確認した彼女は理由を話さなくても、メモリースティックを譲ってくれた。
残りの私物は、次に帰国するときに持って帰ると言っていた。
彼の残したものは存外少ないことに、気がついた。
オレが持っているものは、ヘタクソなホットラインのアドレス、エド専用、卒業論文の写し、パソコンの中に隠したメールのやり取り、そしてメモリースティック。
卒業論文は結局最後まで読まなかった。
意味がなくなったからだ。
エドの残り香の残る部屋で暮らし、エドと同じ顔のそれもエドを殺した人間の面倒を見る。
なんと滑稽な生活だろうか。
大学の講義、患者の診察、彼の世話。
その慌しい生活のわずかな間を見て、彼とつながりのある人間を探した。
最初に見つかったのは義肢装具屋だった。
裏の界隈ではとても有名な店だった。
「はじめまして」と、店に入ると、ウィンリィちゃんと同じ顔がそこにいた。
機械油の匂いを纏い、元気の良い声で出迎えてくれた。
こういうものですと、名刺を渡した。
何の御用ですかと、怪訝な顔をされ、何度となく練習した台詞を口から出した。
「右腕と左足が機械鎧のエドワードという人間をご存知ですか?」
顔が見る間に青くなった。
「エドを知ってるんですか?」
「はい、今私が、世話をさせてもらってます。」
「え?」
「詳しい話をするために、弟さんのアルフォンスさんとお話ししたいのですが。」
わかりましたと、彼女は電話を掛けた。
短いやりとりの電話はすぐに切られた。
「10分もすれば来ます。掛けてお待ちください。」
出された珈琲は、お世辞にもおいしいとはいえるものではなかった。
「はじめまして。アルフォンスです。」
といった彼の顔は必要以上に強張っていた。
メールの通り車椅子だ。
「はじめまして。ロイ・マスタングです。」
「単刀直入に伺います。兄は生きてるんですね。」
「はい。」
「あなたは、誰なんですか?」
やはり顔見知りだったかと、しまったと思った。
説明がややこしい。
「貴方の知っている、彼であり、彼ではないものです。」
オレは、ポケットから写真を取り出した。
「兄ですか?いや、違う。右腕が生身だ。」
「この少年もエドワードといいます。そして、彼はとある研究の研究員でしたが2年前に殺されました。」
聡い子だ。気づいたのだろう。
「でも、私と、写真の彼は貴方方の知っている人物ではありません。」
わけがわからないといった彼の表情を無視して、話を続けた。
「あなたのお兄さんをみつけたのは、森の中でした。それから、ずっと病院に入院させています。」
「え?エド…どこか悪いんですか?」
「いいえ、どこも…いえ、心を病んでいます。」
「そうなんですね。」
「はい。名刺に記載されている通り、心理学を専攻しています。彼を治療すべきか尋ねるために、お返しするために探しました。」
「ありがとうございます。」
静かにそういうと、沈黙が襲った。
「これが病院の場所と部屋の番号です。一度、会いに来られてください。」
そう言って、あとにした。
しかし、見舞う様子も無く、日が経った。
電話が掛かった時に、会うことをしないと決めたのだろうと感じた。
「あなたは、どうされたいのですか?」
思っても見なかった問いに、動揺してしまった。
自分で答えを出すことが出来ないから、他に委ねてしまおうとしていることを見透かされている気がした。
「私は、貴方方の元へ帰るのが一番だと思っています。」
「兄さんを捨てないでください。違う人だってわかってます。でも、兄さんが思ってたのは、待ってたのはあなたなんです。」
「私もそうです。彼はあまりにも同じすぎる。」
「壊れたままで良いんです。夢のままでいさせてあげてください。もう十分苦しんだ。」
「わかりました。」
切った電話はなんと虚しかった。
誰に知られることも無く、彼と共にいなくてはならないことが、とても苦痛だった。
「ロイ、家に帰ろう?」
「そうだな。」
そう決めたのは、夏が冬になった頃だった。
国に帰って来いと教授から連絡もあったからだ。
このまま連れ帰ることはできない、しかし置いて帰ることもできなかった。
オレはアパルトメントを移し、エドワードとの生活をはじめていた。
入院費は弟が出すと言ってはくれたが、退院させた。
体自体には何の病気も無かったし、普通に生活を送ることにも支障は無かった。
ただ、記憶が混同していて、オレを彼のロイだと信じていた。
なにより、彼がエドであることを願っていた部分があったのかもしれない。
時折、泣きながらオレを探し、泣きついてきた。
オレもなぜかその姿に安心していた。
大学に辞表と教授宛の謝罪文を書いて、オレとエドワードはあの家に引越しした。
心配しそうな相手には手紙を書いた。
勿論、どこに住むとかこれからどうするかとかそう言ったものは記さずに。
だが、まだ投函することが出来ずにいた。
しかし全てを捨てて、エドワードと生活することに不安は無かった。
エドワードのロイも、こうした全てを捨てた彼との何も無い生活を望んでいたのだろう。
違うといいながらも、同調してしまう気持ちがどこかにあった。
「ただいま。」
元気の良い声で家に入る。
閉じた匂い、何かが腐ったようなかすかな匂いはやはり気になったが、窓を開け放ち、換気をすると外の冷たい空気が家の中に満ちて気にならなくなった。
以前も思ったが、大抵の生活用品はそろっていた。
衣服も心配することは無い。
エドワードのロイはどれだけの人間だったんだろうか。
牛乳が嫌いなところも、シチューが好きなところも、そっくりだった。
ただ、イチゴジャムは食べなかった。
「そんなの1瓶一気に食ったら、気分悪くなるだろ?」
どうしてかと聞いたら、当たり前の答えが返ってきた。
そうかと応えたオレは、やるせない気持ちになった。
まったく同じなはずなのに、些細な違いに違和感を感じた。
右腕の機械鎧が金属音を立てる。
左足の機械鎧が重い足音にしている。
エドワードとエドが違う存在だということは、一緒に暮らし始めて嫌というほど思い知った。
荷物を片付けていると、エドワードのいる隣の部屋から叫び声が聞こえた。
あわてて部屋を飛び出す。
「お前は誰なんだ?」
崩れる音、いや、何も築いてはいない。
エドワードの手にはあの時の宝箱。
「ロイは死んだはずだ。オレの目の前で、頭を爆破されて…」
そんな残酷な死に方をしていたのかと、想像しただけで気持ち悪くなった。
「オレは、お前のロイじゃないけれど、お前もオレのエドじゃない。」
正気に戻ったエドワードにひとつひとつ全てを話した。
彼から見たことも、ひとつひとつ全て聞いた。
彼も泣いた。オレも涙を流した。
仕方の無いことで、結局誰も悪くないと思った。
「なんで、オレ生きてんだろ。」
あの時、死んだと思ったんだけどな。と苦笑している。
「死ぬなんて、考えるなよ。もうお前を失うのはごめんだ。」
「お前も考えるなよ。オレもあんたを2度も失うのはごめんだ。」
「そうだな。」
「あんた、今からでも取り消して大学に戻れよ。」
「なんで?」
「オレも、正気?に戻ったことだし、弟のところに帰るよ。それに、まだやりたいこといっぱいあるんだろ?」
「確かに、まだ、夢のなぞも解明してないし、しないだろうけどな。」
「でも、その方がいい。お前のエドワードにも、オレのロイにもこのままのうのうと過ごすのは後ろめたい。」
「同意だ。」
今の彼にはオレという存在は必要ないし、オレに必要なのは彼でもない。
「そうして、もう2度と会うのをよそう。」
「そう…だな。その方がいい。」
「うん。」
結局はオレ達は違う人間だ。
「最後に、ひとつだけ。」
そういう彼は、森の中を手をつないで歩きたいと言った。
オレの右手、彼の左手。
月夜の森を二人で歩いた。
「こんな簡単なことなのに、ずっとできなかった。」
「本当だな。」
「元気でな。ロイ。」
「ああ、お前もな。エドワード。」
月夜の森は、妖精もいない。水密灯も無い。湖もなければ、沼地も無いただの真っ暗な森。
そう、ただの真っ暗な森を、月明かりが射す場所を目印にゆっくりと歩いた。
もう2度と感じることの無い右手の感触を刻み込んだ。
あとがき
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