大体、ロイ様なんてたまじゃない。
様付けなんて、いらないし、傅く必要性も微塵も感じられない。
でも、こいつはご主人様で、オレは執事だ。
いや、執事にしてはけったいな恰好。
というか、オレは男だし、あいつは何を考えているんだか。
もう、屋敷の奴らは微塵にも疑問を感じていない。
むしろ、外出する時のほうの正装に疑問を持つらしい。
それもおかしいだろう?







三日月輪舞曲〜みかづきろんど〜

月齢:朔







1日の仕事と言えば、朝、朝刊が届く前に起床。
夏場にしろ、冬場にしろ、どちらにせよ明け方前だ。
朝刊が届くまでに身支度をして、各種それが届くのまで待機する。
それが届けばアイロン台を引っ張りだして、1枚1枚アイロンをかける。
あいつの手が黒くならないようにするためだ。
すぐ焦げ付く新聞紙にアイロンをかけるのは、至極緊張する。
全部で7種。
朝食時に、これを驚くべきスピードで目を通していくのだから、うちのご主人はすごいと思う。
まあ、ここで、オレも世間の情報を入手する。
ご主人よりも先にってところで、優越感を感じる。
それが終わる頃には、うっすらと朝日が差す。
あいつの予定を確認して、起床時間を計算する。
『今日は、7時まで寝ててもらっても構わないか。』
ひとつ大あくびをしながら、朝食の時間を、朝も早くから仕込みをしている料理長に伝える。
ここで、オレも朝食を取る。
大抵パンと珈琲。
たまにそれにハムやウインナーやサラダがついてくる。
もそもそと、口に押し込み、珈琲で流し込む。
珈琲は身長が伸びなくなると、コックに言われたこともあるが、頭をスッキリさせて1日を乗り越えるにはこの苦味と芳醇な香りは必須だ。
「苦いのが嫌なら、砂糖でもミルクでも入れればいいだろうに」と料理長は、顔をしかめるオレを怪訝そうな顔をしてのぞく。
さっさと朝食を済まし、ご馳走様と挨拶をして食器を流し台に放り込んだら、その日にご主人が着る服を用意する。
『今日は、ブラウンぐらいが良いかな。』
天気と季節とオレの気分と相談だ。
この春の時期には、ブラウンのこ洒落たスーツが映える。
ネクタイもしっかり吟味し、それに合わせたタイピンを用意するのだ。
別にどこかへ出かける訳でも、来客があるわけでもないが、これがオレのささやか楽しみなのだ。
自分好みに仕立てるとか、そういう理由ではないが、せっかくならオレが見ていて気持ちよくなれるほうが良い。


「ご主人、朝ですよ。」
絶対に一度じゃ起きない。
だから、1度目はカーテンを開けながら、甘ったるい声で起こす。
嫌味、嫌がらせ。そんな感じ。
普段からもう少しやさしく起こしてくれと言われるが、一度目は至極甘く、やさしく起こす。
1度目で素直に起きれば、見事に優しく囁くオレが拝めるのにと、心の中で悪態づく。
でも、2度目からはそうはいかない。
「ご主人、朝だ。早く起きろ。」
まぁ、ここまでは比較的やさしく起こす。
寝起きが至極悪いこのご主人を起こすのは一苦労だ。
まず、布団を引き剥がす。
「起きろ。」
それから、肩を揺らす。
「起きろ〜。」
この辺りから、微動だにしなかった身体が動き出す。
しかし、覚醒まではまだまだ程遠い。
携帯してきた専用のフライパンと木杓子で大きな音を立てる。
使い古したフライパンは、比較的低い音がする。
これを木杓子で力いっぱい叩くと、低重音の耳に障る音の完成だ。
使用人は既に起きている時間なので、遠慮なく叩くのだ。
「ご主人、朝ですよ〜。」
まだまだ起きない。
耳元でこれだけの音が出ているのにもかかわらず、寝続けるこいつに感服する。
毎朝の行事。
大きくため息をついて、ベッドサイドから離れる。
思い切り助走をつけてご主人めがけてダイブする。
「うりゃ!」
昨日1日のこいつに対しての鬱憤は、晴れて綺麗サッパリ消滅し、本日溜まると予想される鬱憤にそなえるのだ!
人から出たとは思えない音を立てて、覚醒する。
鳩尾に一発。
それがこの屋敷の、オレ達の朝だ。


「もう少し、やさしく起こしてくれないか?」
「そういうことを仰られるなら、1度目で起きてくださいませ。」
ネクタイを結びながら、オレは本日2度目の大きなため息をついた。
頭2つ違うこいつとの身長差を恨みながら、毎朝腕がつる思いをしてこの作業をする。
かがんでくれとは言わないが、あくびをしながら上体を反らすのだけはやめてほしい。
「仕方がないではないか。毎夜君の夢を見るのだから、起きたくないのだよ。」
「では、現のわたくしより、夢の中のわたくしのほうがよろしいのですね。」
「い、いや、現の君のほうが良い。」
さっきまでの寝ぼけ眼はどこへやら、切替の早さにオレは驚く。
きりっとした顔を俺に向ける。
「では、どうして、なかなか夢から覚めることができないのでしょうか。」
「朝から、意地の悪いことを言わないでおくれ。」
とたんに顔が崩れる。
こっちの顔のほうが好きだ。
「でしたら、キチンと起きられて、わたくしを楽させてくださいませ。」
と、オレは身支度の全てを終わらせた。
胸元をポンと一つ叩いて、笑顔を向けた。
こいつは、きっとボタンをはめることも、くつ下をはくこともできないだろう。
(段ちになるとか、左右反対にはいてしまうという意味で!)


「エディ。」
「その呼び方は、執務時間内は禁止と言っていたはずですが。」
「エディ。」
小首をかしげて、甘い声でオレを呼ぶ。
これにオレは至極弱い。
「反則だ。」
いくら、オレが困った顔をしようと、お構い無しだ。
オレは、ネクタイを結び終わったままの体勢で、腕の中に包まれた。
肌触りの良いジャケットに頬をすり寄せながら、選んで正解だと心の中でガッツポーズを決めた。
「エディ、昼間の君は有能な私の執事だ。でも、それが疎ましい。月夜の君が恋しいのだよ。わかっておくれ。」
しっとりと濡れた声で囁くこいつは、本当にズルイと思う。
「オレは、執事だよ。これからも変らずな。だから弁えなくちゃいけないんだよ。」
「わかっている。だから、夢から覚めたくないんだ。」
「わかってるんだったら、そのスカートのをたくし上げている手をどうにかしろ。」
この、変態め。
オレは、後に手を回して思い切りつねってやった。


ここまでくれば、オレがどういう恰好をしているかわかるだろう。
そうです。オレはメイド服を着させられている。
ちなみに、他の屋敷のメイドとも違う服であることは言っておかなければならない。
無駄にフリルと装飾の多い、かわいらしい作りだ。
白いタイツは必須。
脱がすのが大変だからと、ガーターベルト着用。
厭にフレアな膝丈スカートの下からは白のレースが覗いている。
更にはツインテールを義務付けられている。
とても機能的とは思えない恰好だが、仕方がないのだ。






NEXT>>