そして、朝食を食べさせれば、仕事の監修をする。
この時間が来ればゆっくりとした時間になる。
雑務をちらほら、金勘定から色々と仕事もあるが、ご主人の相手をするよりましだ。
午前中はゆっくりと時間が流れ、大抵の仕事をこの時間内で済ませた。
昼食は定時ではない。
あらかたの仕事が終わるまでは空腹に気づかないこいつは、本日14時過ぎるまで、見事に仕事に集中していた。
毎日がこれならいいのになぁ。
大抵は、11時過ぎる頃にはお腹がすいたと騒ぎ始め、それからはお茶を飲みながら窓の外を眺めてみたり、あほな事をほざいていたりする。
オレが午前中に仕事を済ませてしまいたいと知ってはいるが、それでも邪魔をしてくる。
「なぁ、エドワード。遠乗りに出かけないか?」
「はい?」
「遠乗り用の服を注文したんだよ。それが届いてね。」
そう言って、オレの前に服を広げる。
いたって普通の乗馬用の服に見える。
「こういうストイックな服もたまには良いと思ってね。」
でも、どうみても女物だ。
こいつはオレの性別を勘違いしているのではないかと思うときがある。
「さぁ、着てみたまえ。今すぐ、ここでだ。」
人の着替えを見るのが趣味らしい。
悪趣味。
「かしこまりました。」
着替え方は決まっている。
全部を脱いではいけないらしい。
ちらリズムを大切にしながらオレは着替えた。
(いまだに、こいつの言うちらリズムがわからない。)
まずは、エプロンを脱ぎ、背中のチャックを下ろして、上半身だけ脱ぐ。
こいつ曰く、この脱ぎかけのワンピースが良いそうだ。
だから、このメイド服を何種取り揃えようが、一貫してワンピースだ。
チェックのアイロンのよくかかったシャツに手を伸ばし、それを着込む。
そして、スカートを脱ぐ。
どうも、このシャツにガーターという恰好も好きらしい。
女物のショーツもはかされているため、見た目まんま女の子だ。
結構惨め。
ここからが肝心だ。
ズボンをはくわけだが、このままはく訳には行かないらしい。
白いタイツをガーターベルトから外し、ゆっくりと脱ぐ。
ガーターベルトごと脱ぎたいところだが、それは絶対やってはいけないと強く言われている。
そして、ゆっくりでなければならない!
日に焼けない白い肌が嫌味のようだ。
その様子を真剣な顔で眺めるこいつが疎ましい。
まだ、顔をニヤつかせてもらったほうが着替えやすいと常々思う。
立ったまま脱ぐのは意外に大変で、バランスが悪い。
脱ぎきると、今度はくつ下をはく。
厚めの柔らかい生地だ。
ガーターベルトを脱いで、ズボンをはく。
やっとここで、羞恥の刑から開放される。
サスペンダーをつけ、上着を着込めば、恰好がついた。
「今度は、ご主人の番ですよ。」
「そうだな。去年の秋に作ったのがいいかな?」
「では、お持ちいたします。」
元来こういう仕事は本物のメイドがするものだが、オレのしている恰好を逆手に取って、オレにやらせる。
(自分が無理やりに着せているにも関わらずだ!横暴にも程がある。)
こいつの衣裳部屋はすさまじいものがある。
まぁ、その1画はオレ専用の洋服だが、それでも季節織り交ぜ見事なものだ。
去年の秋辺りに作ったものと思われる付近を眺めてみるが、どうもどれなのか記憶にない。
脱ぎ捨てたままの服が気になったが、オレが畳んで片付けることを許されないため、脱ぎ捨てたままだ。
どうせ、あいつのことだ。
臭いでも嗅いでるに違いない。
乗馬用の服なんてものは、使用頻度も低いため、5分も経たない内に見当がついた。
「多分これかな?」
いそいそと、他の小物類も集めて戻った。
「全裸で待つの止めていただけませんか?」
丁度脱ぎ終わったところらしい。
「失礼な。パンツははいているだろう?」
眩暈がするが、いつものこと。
脱ぎ散らかした服の位置が微妙に変っているので、やはり臭いでも嗅いだのだろう。
そういえば以前、指定の服がなかなか見つからず、遅くなった時なんかは、オレの服を着ようとしていた。
だったら、自分がメイドの恰好でもしたらいいと怒ったら、「君が着てたから、着たかったんだ。」とわけもわからない返答をされた。
勿論、体格が違うため、無理に着ようとしたそれは無残にも肩の部分が破れていたり、生地におかしなシワができていたりと、それは既に着れるものではなくなっていた。
裁縫係が目を見開いて驚き、叱られたが、ご主人の威厳だけは意地でも守った。
(オレって、健気だ。)
「これで、あっていましたか?」
「それだ。よく覚えていたね、うれしいよ。」
なんとも綺麗な笑顔で、オレを見つめる。
やはり、オレはとことんこいつに弱い。
見つかったこと、合っていたことが誇らしく思えてきた。
乗馬と言っても、屋敷の周りを散策しつつ、近隣住民に声を掛け、農作物や工芸品、布の生産状況を世間話のように話すというものだ。
割りとこの近隣の財政状況は安穏としていて、切迫したものがない。
それはひとえに、こいつの手腕がものを言っているからだろう。
それにしても、オレのことを奥様だとか勘違いしている住民が多い。
「奥様、うちの取れたてのいちごをどうぞお食べ下さい。今年はとても綺麗な色が出ました。」
「いえ、わたくしは…」
「エディ、頂きなさい。」
「は、はい。」
こんな調子で、なかなか訂正すらできない状況なのだ。
自分の前にオレを乗せて、更にエディと甘く囁くものだから、勘違いされるのは必死だ。
いちご一つ取ってほおばると、口の中に酸味と甘味が広がる。
後から顔を近づけるしぐさに、思わずいちごを取り、口元へ運んでしまった。
この光景は、仲の良い夫婦のそれに見えるのだろう。
「おいしいな。これなら、街まで持っていってもすぐに売れてしまうな。手配しよう。いつまでなら、用意できるかい?」
コックに言って、売り物にならないいちごをジャムにしてもらおう。
オレは心を躍らせながら、また1ついちごをほおばった。
『じゃじゃ馬な奥様。』
『お高く止まっていない、親近感のある奥様。』
いや、だから奥様じゃないって。
それが、オレに対する住民の評価。
じゃじゃ馬というか、元来男な訳だし。
だいたい、いつの間に呼称が奥様になったのだろうか。
昔は、お嬢様だった。
それがいつの間にやらそうなっていたのだ。
「結婚式はいつでございましょう。この村は、いつでもその話題で持ちきりです。」
「そうだな。まだこの子は若いからね。来年当たりだろうか。」
流石に、15では結婚はよろしくない。
というか、男だし。
結婚しないし。
でも、オレは笑っているしかない。
「なぁ、いい加減。嫁探ししろよ。オレじゃ、跡目は作れねぇし。」
「跡目の心配はしなくて良い。ジャンの子供が継ぐだろうしな。」
ジャン・H・マスタングこいつの弟だ。
似ても似つかない。
そりゃそうだ。母親が違う。
家も別宅。というか、街で暮らしている。
ちなみに、オレにも弟がいる。アルフォンス。
ジャン様の執事をしている。
オレに似て器量良しで、恰好も良い。
閑話休題、複雑なことはわからないが、ジャン様の母親が正式なマスタングの嫁らしい。
で、いまだにこいつの婆さん、爺さんはこいつの母親を認めていない。
こいつの父親、キング・B・マスタングは、オレの親父ホーエンハイム・エルリックと共に5年前に事故死している。
それから、こいつが名目上の跡継ぎになり、当主としてマスタングを仕切っている。
それがおもしろくないのだろう。
婆さんと、爺さんはこの屋敷を出て、慣れない街で暮らしているというわけだ。
あの、意地の悪い糞爺と婆の相手もしなければならない我が弟を不憫に思ったが、それはそれだ。
仕事の内だ。
オレ等兄弟は、悲惨な幼少時代を過ごしている。
執事になるための英才教育。
遊ぶことを知らないオレ達は、見事10になる頃には1人前と父に褒められた。
しかし、それもつかの間だった。
「君意外は眼中に無いよ。」
後から、くすぐったい声で囁く。
一つに纏めた髪の束に顔をうずめながら、囁くこれは不本意だが割りと好きだ。
「はいはい。」
馬に乗るのは好きだ。
流石に一人では乗れないが、こうやって乗るのは楽しい。
風が気持ちいいし、揺れる感覚も好きだ。
木漏れ日の中を走るときは、ここは天国かと思うばかりのキラキラとした日差しを追いかけるのはとても気持ちが良かった。
なにより、こいつはこの時ばかりはオレに気を使う。
落ちないように、しっかりと抱えていてくれる。
腕の中が気持ち良い。
「裏の丘で、一休みして帰ろうか。」
「馬鹿言え、まだ仕事残ってたろ?」
「そうだったかな?」
「そうだよ。」
そう言って、指折り数えながらまだ終えてない仕事を片っ端から言ってのけた。
観念したか、小さくため息をついて、馬を屋敷の方向に向けた。
「有能な執事を持って、大変幸せだよ。」
「嫌味か?」
「いえいえ、滅相もございません。」
月1間隔でこうやって、近隣を見て回る。
先代の残した広大な領地。
これを守るのは容易いことではないし、住民の尊敬を集めることも容易ではない。
本妻の子ではないことは誰もが知っている事実。
でも、こうして愛されているこいつを本当に、尊敬する。
だから、ちょっとやそっとの我侭は聞いてやる。
理不尽なことでも。
まぁ、言ってはやらないがな。
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