月日が流れていくのはあっという間だ。
よく考えてみると、俺達が過ごした時間は3ヶ月とちょっとだ。
10000000秒にも満たない。
オレは、人を愛することと、人を憎むことと、人に愛されることを知った。


あれから、2年が過ぎた。
オレは18になった。
身長も、伸びたと思う。
いや、伸びた。
男らしい体つきになったし、ひげもちらほら生え出した。
髪はあの時からずっと伸ばし続けている。
もう、腰まで届いている。
あの頃のオレは何処にもいない。


オレは研究所を突き止めて、全てを壊した。
研究に関係した人間全て殺してまわった。
何の感慨も浮かばなかった。
別にオレが無関心無感動になったわけではない。
オレ達を裂いたものがただ憎かった。
こんなものが無ければと、何度となく思った。
でも、壊したところで、殺したところで、あいつは戻ってこない。
空虚感が漂っている。
オレは月を見ては、チョコレートボンボンをかじり泣いた。










黒猫の用心棒

教訓10〜月を見ると悲しくなります。なぜでしょうね?〜













葬儀が終わった後、オレはあの家に戻った。
血の匂いと、あいつの腐った匂いで家の中は最悪な状態だった。
でも、オレは窓を開けることなく、戸を閉め、大きく深呼吸した。
少しむせたけれど、何度か呼吸するうちに慣れた。
あいつが残したものをひとつでもこの身体に染み込ませておきたかった。
そして、染みのついたベッドに横たわった。
あいつの匂いがした。
胸が痛んで泣いた。


あいつの顔を思い出した。
とても綺麗な顔をしていた。
あの顔がやさしく崩れる様が好きだった。
笑う顔が好きだった。
仕事中の真剣な顔も、オレを呆れた目で見る顔も好きだった。


あいつの綺麗な黒髪を思い出した。
濡れた月夜の色をした髪の毛。
少し硬くて、くすぐったい。
首筋を耳を掠めるくすぐったさが好きだった。


あいつの黒い瞳を思い出した。
黒髪と同じ色。
吸い込まれそうな、深い深い森のような瞳。
オレ達は何度見つめあっただろう。


あいつの声を思い出した。
オレを猫と呼ぶ声、オレの名前を呼ぶ声。
何度となく愛していると言った声。
もう1度だけでいい、聴きたかった。
でも、それは叶わない。


あいつの唇を思い出した。
何度となくキスをした。
ブランデーを飲んだ時少しだけ艶っぽくなるその唇にキスされるのは大好きだった。
オレの口の中をチョコレートボンボンの味が満たしてた。


あいつの腕を、手を、…オレは一つずつ思い出し、記憶に刻んでいった。


もう一度だけでいい抱きしめて欲しい。
もう一度だけでいいキスして欲しい。
もう一度だけでいいオレの名前を呼んで愛していると言って欲しい。


ひとしきり泣いて、家の中の窓という窓を全て開けた。
そして、オレは掃除をした。
床も天井も壁も全て磨いた。
オレ以外があいつに触れるのを阻止するためだ。
オレは酷い匂いのする腐った珈琲を一口飲んだ。
あいつが点てた珈琲だ。
あいつの点てた最後の珈琲だ。
最初と最後しかなかった最後の珈琲だ。
吐き気を飲み込んだ。
そして、あの日の朝のままだった台所を片付けた。
野菜ジュースが腐っていた。


干しっぱなしの服を取り込んだ。
洗うんじゃなかったと後悔した。
あいつの匂いはこの服には無かった。
風呂の残り水には怪しい微生物がいた。
オレは風呂を丹念に磨いた。
シーツを河で洗った。
血のりがなかなか落ちなくて、最後にはオレの手が切れてしまった。
片手オートメイルでよかったと、左の指を舐めながら思った。
そして、それを干した。


シーツが乾くのを待つ間、あいつの残したものを探した。
半分だけ片付けられた鞄をのぞくとオレは笑ってしまった。
花嫁修業入門。
ひらくと、家事の仕方が事細かに書いてあった。
オレは笑った。
部屋の中を見渡した。
まだ使われたことのない食器、クッション、暖炉。
母親の宝箱がそこにはあった。
オレはもう、鍵の掛かっていないそれを手に取った。
そして、抱きしめた。
確かな証だった。
天気が良かったため、シーツはあっという間に乾いた。
オレはそれをベッドに戻した。


そしてオレはしっかり戸締りをした。
宝箱は持って帰ることにした。
入れるものが一つ増えたからだ。


ドンちゃん騒ぎの際、誰かが撮った写真だ。
みんなしあわせそうな顔をしている。
葬儀の際、誰かが渡してくれた。
あいつの写真はこれ1枚きりだ。
こちらを向いていないし、とても小さいく写る写真。
隣に俺がいる。
あいつも、オレも笑っている。


菜園を見ると、芽が出ていた。
ミニトマトだろうか。ピーマンだろうか。ジャガイモだろうか。
オレは水をやった。
もう、水をやることもないし、収穫すらされない。
それでもオレは水をやって、雑草と思われるものを抜いた。


森に入った。
もうすぐ夜だ。
夕日は頼りなく足元を照らした。


森の中を歩いた。
夢の中の森と一緒だった。
でも、妖精もいないし、ドワーフもいない。
ましてや、湖なんて無かった。
水密灯もオレには見つけることができなかった。


あんたが隣にいないから?


オレは、月夜を臨んだ。
まん丸の月がやさしい色で照らしている。
オレは泣いた。
あいつの名前を叫びながら泣いた。
愛していると叫んだ。
もう、あいつの耳には届かないと知っていたけど、叫んだ。


オレはまた足りなくなったのか。


気が付くと森を抜けていた。
何時間歩いたのだろうか。
足はくたくたで、月は青白くぼやけている。
朝日が昇るのをはじめて見た。
まぶしくて、オレはキチンと見ることができなかった。


始発のバスに乗り、オレは帰った。


帰り着くと、シャワーを浴びてベッドに倒れこんだ。
枕はあの家においてきた。
唯一オレがいたという証だ。
冷たいシーツが気持ちよくてそのまま夢も見ずに寝た。


「兄サン、仕事する?」
寝てばかりいられないと、先日アルに仕事を依頼していた。
オレの部屋を軽くノックする。
「何の仕事?」
「爆弾処理。」
「うってつけ。」
オレは身支度をした。
久々に着たレザーの上下は身体にしっくりきた。
学生のような制服は1着だけ持って帰った。
ぱじゃまもだ。
あいつが一番触ったものだから。
洗濯しても、あいつが残っている気がした。


あいつの知らない俺がここにいる。
身の程知らずな大きなバイク。
練習には相当な時間を要したが、14の年には自由に乗れるようになった。
界隈を走るには問題ない。
オレはバイクにまたがり、エンジンをかけた。
ヘルメットをかぶると、オレは久々のバイクを堪能した。
そういえば、ギリギリだった足がそれなりに付くようになっている。
そういや、1.5センチ伸びたと言ってたな。


到着すると、今か今かと待っていたようで、早々にオレは現場へ向かわされた。
解体工具を引っ張り出し、解体を始める。
周りで大男共が覗き込む。
「これは、確かに難しいけど、こつをつかめば簡単なんだよ。」
オレは次々に配線を切断していく。
「このタイプは、ちょっとやそっとの振動じゃ爆発しないし、切る順番さえ間違えなければ問題ない。」
覗き込む大男共は真剣に耳を傾けている。
「まず、外枠のダミーから切る。これを切らないと、邪魔で仕方がないからな。でも、そのなかに1本だけ起爆装置に繋がってたりするから…」
オレは、次々に爆弾を解体した。
気がつけば引っ張りだこだった。


研究員の情報も、暇を見つけて調べた。
これには骨が折れた。
が、一つ見つかると、芋づる式でたどり着けた。


オレは心行くまで暴れた。
後始末はアルに任せた。
二つ返事で了承してくれた。
「まあ、表立った研究機関じゃなかったしね。」
この研究のせいで、両親親類、自身の身体までが犠牲になったのだ。
逆にオレ独りでと言ったら、リザねぇや、ハボックからブーイングが来た。
でも、頑として譲らなかった。
支援だけはさせてと言う彼らに、しぶしぶ了承した。


もう、すべてやりつくした。
オレは18歳になっていた。


たまに宝箱を膝の上に載せて、チョコレートボンボンをかじりながら、あの森を思い出した。
もう、あの夢は見ていない。
見ようとしても見れない。
最後に見た夢の手の感覚だけが今も残っている。
今夜も月が綺麗だ。


オレはあいつの墓には葬儀以来行ったことがなかった。
身体はそこにあっても、あいつはそこにいない気がした。


オレは、部屋を片付けた。
オレのものを全て処分した。
とはいっても、オレのものなんてほとんど無いに等しい。
アルに行ってきますと言うと、何処に行くのとも聞かれずに行ってらっしゃいと返ってきた。
アルは全てを知っているんだろうな。
なんたってエスパーだし。
オレはくすっと笑うと、悲しい顔をされた。
すぐ逸らされた顔は、泣いていたのかもしれない。


オレは、あの日のようにバスを乗り継いだ。
そして、あの日のように10時間歩いてあの家に着いた。
菜園にはあの日植えたトマトが、雑草に負けじと実らせていた。
オレは一つずつもぎ取り、袖で拭いてかじりついた。
生ぬるいトマトはとてもすっぱくて、食べれたものではなかった。
部屋はあの日のままだった。
綺麗に片付いている。
オレは、寝室に向かい、染みの残ったかび臭いベッドに横たわった。
そして、懐かしい枕に顔をうずめた。


「ロイ。おはよう。今日もいい天気だね。」
オレは珈琲を点てた。
買ってきた野菜ジュースとパンを食べた。
「ロイ、庭にトマトがなってたよ。今日はトマトのサラダだね。」
「午前中は何をしようか。」
「オレさ、あんたといっぱいやりたいこと考えてたんだよ。」
「花嫁修業読本なんか読まなくても、俺が教えてやるよ。」
「任せとけよ。“鷹”のおねぇさんにしっかり教わってたんだからさ。」
「ロイ、…。」
オレは珈琲の湯気が立つあいつの席に向かって話しかけ続けた。
返答なんてない。
珈琲はだんだん冷めていき、冷たくなった。
虚しかった。
あいつがいない。ただそれだけのことなのに。


その日の月夜はとても明るかった。
「オレも連れて行ってくれ、あんたはあの森にいるんだろ?」
オレは空を抱きしめた。
あいつの温もりはない。
ただ虚空を仰いだだけだ。
「もう、いいだろ?研究も、全部消したよ。後はオレがいなくなればもう、研究はこの世から消える。」
オレはまた、虚空を仰いだ。
「もう、いいよね。」
オレはすこしだけ小さくなった制服を着た。
初めに3cmばかり身長を水増ししたサイズで作られた制服。
それでも、少し小さい。


オレは星空を仰ぎながら森に入った。
月明かりはオレの足元を照らした。
宝箱をオレは大事に抱えている。
暫く歩くと水辺に着いた。
ここはいつか見た沼だ。
静かに足を踏み入れる。
冷たい感覚が足にまとわり付く。
沈んでいく。
腰まで沈んだとき次の一歩で、オレは沼の奥深くに沈んだ。
不思議と苦しくはなかった。
あいつに抱きしめられている。
そんな感覚が体中に広がった。


オレは宝箱をぎゅっと抱きしめた。












































































































オレを引き上げる誰かがいた。
オレはその腕に抱かれた。


目を開けるとあいつがいた。
オレも腕を回して抱きついた。
そしてオレ達はキスをした。
長く、そして深く。


オレ達は手を繋いで森を歩いた。
妖精も、ドワーフも、女神もオレ達を祝福した。
水密灯が足元を照らす。
月もオレ達の上で輝いている。
オレ達は笑った。
オレ達は幸せだった。
やっと幸せになれた。


オレ達は幸せだ。









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2007/04/11up

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