まさかと思った。
この世に存在しているなんて、思っても見なかった。
こいつ興味を持った理由、合点がいく気がした。
非科学的なこと信じるたちじゃないけれど、遺伝子の記憶とか、そういうのだったら納得がいく。
オレ達はどこかで何らかの強い接点を持ち、遺伝子レベルまで刻み込まれた。
だからあんな夢を見たりするわけだ。
遺伝子の記憶。
面白い題材だ。
それにしても、オレは遺伝子レベルで男色家だったのかと大いに落胆した。
だってそうだろ?
無意味にトキメイたり、キス…されて、嫌じゃなかったり。
なんか、むしろそういう行為というか、それが自然なような…。
くろねこ通信※黒猫の用心棒の続きみたいなもの※
第2回 きんねこはただのねこじゃなかった
なんとなく、顔があわせづらかった。
昨日の一件、時間になったオレは無情にも、呆けるあいつを放って帰った。
ちょっと違うな…。
キチンと、バス停まで一緒に行ったし、あいつが乗るのも見届けた。
9時ギリギリで公園に行くと、リザとその彼氏。
長身の金髪。
頭は、あまり良くなさそうだが、人懐っこい笑顔が印象的だ。
「はじめまして、ジャン・ハボックっす。」
「ロイ・マスタングです。」
「今日は、すみませんでした。オレ、ギターやってるんすけど、今日急遽ライブに出れることになりまして。」
ギタリストか…、リザはこういうのが好きなのか。
リザの勝ち誇った、得意げな顔に少しばかり腹が立った。
ギターケースが肩からのぞいている。
その後には、よく手入れをしてあるのだろう、バイクが停まっている。
「いや、構わないよ。」
「だから、この人は気にしないって言ったでしょ?」
「でも、やっぱりさ。」
礼節という言葉がしっかりと身についている、いい奴だと思った。
「へへ、ロイ、この人がジャン。かわいいでしょ。」
そういうリザの言葉に喜んでいるのか、腰の辺りにしっぽが見える気がする。
ああ、納得。
なんとなく犬よろしくだ。
それにしても、彼女に可愛いなんて言われて喜ぶとは、本当にいい奴だ。
「リザにいじめられている様子が目に浮かぶ。」
笑う彼氏を本気で肘鉄食らわせる彼女。
見ていて微笑ましくない。
「可愛がってるのよね?」
「は、はい。」
主従関係か。
腹を押さえつつも笑顔を崩さないその姿勢に、オレの心の中は拍手喝采。
「今度、彼女さんと、ライブ見に来てください。」
「残念ながら、今はいないんだよ。」
「え?じゃあ、さっきキスしてたのは?」
…、
み、みら、見られた!?!?!?
「道の往来で、あんなことする奴だったなんて、初めて知ったわ。」
オレも初めてしたよ!!
ガッテム…。
見られてたんですね。
「…、ジャン、見なかったことにしたほうがいいみたいね。」
「え?」
「これで、貸し借り無しで。」
にやりと笑う、リザ様。
ああ、恐い。
公園から徒歩3分。
というか、マンションに付いている公園と言った方がいいのか?
エレベーターホールに向かうまで、妙な緊張感を持った沈黙が続く。
リザはオレの弱みを握ったと、上機嫌だ。
兎も角、相手がばれていないようなので、ほっとした。
ばれたら一大事だ。
ネタにされて笑われ、指を指され、非難される。
目に見えているのだ。
ショタコン、ホモ、あとなんだ?どちらにせよ、恰好のネタだ。
そんな訳で、顔が合わせずらかったのだが、本日は朝から勢いよく登場。
終始笑顔でオレの隣に座る。
何がそんなに楽しいのだろうか。
「お・は…よ。」
たどたどしい、挨拶。
ああ、これがこいつの緊張というか、顔を合わせづらいときの癖なのだろう。
納得。
「おはよう。」
返事をしただけなのに、一気に沸騰したように赤くなる。
ふいっと、顔を背けられるいじらしさが可愛い。
可愛い。
もう、諦めた。
可愛いと思うんだ。仕方がない。
今すぐその蜂蜜色の絹糸の中に顔をうずめて抱きしめたい衝動に駆られる。
本日は1時間目から体育がある。
HRも早々に終わり、女子共はわらわらと更衣室に向かっていった。
勿論、オレ等男子軍は教室で着替える。
開け放たれたカーテン。
隠すものは…何もないはず。
いや、隣で着替えてる奴は隠せ。
隠してください。
確かに、乳もない。
どう見ても餓鬼だ。
なんだ?この色気というか、なんというか。
研究所に篭りっぱなしの不健康な白い肌は、生唾ごっくんに最適だ。
細い腰は、男のそれとは違う、柔らかな色に見える。
男子の注目を浴びていることに気づきもせず、慣れない集団の中での着替えというものを実践中だ。
なんとなく、意地悪でもしてやろうと、もぞもぞと着替える白い背中を指で突いてみた。
「キャン!」
えーーーーー??
文字にするならばそれが一番近いが、なんとも表現しがたい声を糞餓鬼は発した。
その声は女子のそれと寸分たがわず。
クラスの視線がそれに集中する。
「な、何するんだ馬鹿、手が冷たい!!」
真っ赤になって怒るそれは、何に対して赤くなったのか興味がわいた。
「いや、柔らかそうだなと。」
「う、うっさい。」
更に真っ赤になる。
クラスの男共はこの痴態をただただ傍観し、顔を赤らめた。
いや、こいつ男だし。
そう見えない何かがこいつにはあった。
ヒューズはなにやら、ニヤニヤしながらオレに視線を送った。
「なんだよ。ヒューズ。」
「いや、なにも。」
本日の体育はバスケットボール。
出席番号の奇数と偶数で別れて試合をすることとなった。
しかし、あいにくお味噌が一人。
身長的にもかなり不利だ。
じゃんけんで、入るチームを決めた。
残念ながら、ヒューズと同じチームになった。
ということは、オレとは違うチームだ。
大負かしさせてやろうと、オレはいつも以上に気合を入れた。
言っては何だが、成績優秀、スポーツ万能、眉目秀麗とは正にオレのためにある言葉と自負している。
衒っている訳ではない。それが事実なのだからしょうがない。
しかし、ここにもう一人。
小さいというハンデキャップはこいつの前では通用しない。
研究者はひょろくて弱いなんて誰が言った!
その身長を活かし、クルクルと巧みにボールを扱い、ゴール下まで一直線!
見事。
それから、ゴール下で待機する仲間にパスすれば、すぐさま点が入った。
すばやい動き、軽い身のこなし。
慣れている!このバスケットボールというスポーツに慣れている。
しかも、オレ達のような体育の授業でしかやらないような素人スポーツではなく、本場の手練されたバスケットボールの中に身をおいていたと、オレは悟った。
ただ今、15対12。
負けてます。オレのチーム。
だが、負けるわけにはいかない!
オレの沽券に係わる由々しき事態だ!
オレは、今まで培ってきた全てのものを振り払い、がむしゃらに挑んだ。
しかし、涼しい顔をしてオレのチームからボールを奪い去っていく。
あがいても、あがいても、点差は広がるばかりだった。
クールビューティーキャラ設定払拭気味なオレと、涼しげにオレを玩んでいる糞餓鬼を見て、女子共が変な妄想に掻き立てられたのは言うまでもない。
「なんだ?マスタング。もうへばったか?」
目が合えば必ず跳んでくる激励の言葉に、意地でも負かせてやると必死にボールを追いかけた。
女子は本日卓球で、台があくのを待っている女子は暇なのだ。
気が付けば、エド先生だとか、ロイだとかいう声援が体育館中に響き渡っている。
最悪…。
しかしながら、33対24で惨敗。
賞味8分の試合だが、オレは汗だく。
いつの間にか仲良くなっているヒューズと糞餓鬼はオレの前に立ち、ニヒルな顔を浮かべている。
最大の屈辱。
はじめて体育でこれだけ息が上がったと、落ち込んでいた。
「お前、バスケが得意と見えるが…」
「任せろ、本場アメリカでの特訓の成果だ。」
ただ今休憩中。
奇数偶数で二手に分かれたチームを更に二つに分けて試合をする。
人数的にそうなるわけだ。
「ちっさいのによくやった。えらいぞ先生。」
頭をワシャワシャと撫でるヒューズは得意げだ。
「ちっさい言うな!」
糞餓鬼は言い返しながらも、頭を撫でる手を振り払うことはしなかった。
勝者の特権と、オレはそれを制する気持ちを抑えた。
「アメリカにさ、研究論文の発表に行ったときに仲良くなった奴がバスケ好きでさ。」
アメリカ、研究論文。
そういえば、こいつ大学院生だった。
「暇を見つけては、そこの研究員とバスケ三昧。研究所の裏にコートまで作ってるんだぜ。」
アメリカ仕込。
オレ達よりも大きな男共相手に、バスケをしてたなら勝てるはずがない。
「偶にふざけてオレをゴールに入れたり、むちゃくちゃだったんだぜ。“ヘイ、ユーがスモールだからボールとミステイクしちゃったぜ”とか言うんだよ。片言英語は思い出すだけで腹が立つぜ。」
息の上がる高校3年生を尻目に、息が切れるということを知らないのか、マシンガントークよろしく炸裂中だ。
突然、危ないという叫びが聞こえる。
しかし、糞餓鬼はコートと反対の方向を向いているし、話すことに夢中になっているらしく気づいていない。
ボール直撃で、笑ってやるのも考えたが、その前に体が動いていた。
腕を引き、自分のほうに引き寄せて、ボールからかばった。
酷く弾むボールは当たったならば、脳震盪でも起こしただろう。
昨日の行動もそうだが、いまいち今までの自分の行動と違う行動ばかり取っていることに、驚いていた。
「さ、サンクス。」
オレは引き寄せたまま、すまなそうにボールを回収しに来た犯人を無言でにらんだ。
「あ、放してもらいたいんだけどさ。」
小声で、上ずる声が聞こえる。
と、オレは無言で突き飛ばした。
「コートに背を向けるとは、命知らずだな。」
オレの心臓は爆発寸前だった。
まだ息が上がっていて、汗だくなことに感謝した。
隣でヒューズが怪しい視線を送っていたことにも気づかず、動悸を抑えようと勤めていた。
体育終了。
できれば体育は午後からのほうがうれしい。
汗臭いムンムンとした教室で1日過ごさなければならない。
このご時勢、制汗剤というのもあり、少しでも女子に好かれようとする男子共はそれで汗臭さをカバーする。
しかしながら、今まで、汗臭くなるほど汗をかいたことのない、オレはそんなものもってはいなかった。
「汗臭ぇ。」
「悪かったな。」
次の時間、しつこく汗臭いと言ってきたので、休憩時間に入るとすぐに抱きついてやった。
「うおーくせぇ、死ぬ、死ぬ、ギブ、ギブ。」
当のこいつは、体臭って何?と言わんばかりに無臭だ。
いや、何か甘いにおいがする。
「何やってんだ。」
「ヒューズ酷いの。こいつ、オレを指差して臭いって。」
「あー、はいはい。」
まだオレは抱きついている。
腕の中では息絶えた被害者。
「あら、死んでしまったの?」
「人は臭くても死ねると思う。」
呻くように腕の中で口を開いた。
そのまま、オレはこいつを机の上に投げ捨てた。
「ヒューズぅ、オレってそんなに臭うかしら?」
「よるな、キモイ、臭い。」
ショック。
そういうヒューズから、制汗剤を奪いオレは体中に振りまいた。
冷たい空気が制服の中に広がり、気持ちよかった。
こりゃいい、体育で火照った身体も一気にクールダウンってやつか。
まだ死んだままでいる、糞餓鬼の背中におみまいしてやった。
「ギャっ…つ、冷てぇ!何しやがる。」
「ふっふっふ。どうだ!貴様も、臭くなくなっただろう!」
にこやかに切れたこいつは、頭から腹にタックルして来た。
「グフ、…なかなかやるな。」
大した力ではないが、大袈裟に痛がってみる。
それを心配して駆け寄ったこいつの首に腕を巻きつける。
「ひ、卑怯者!!」
「己の甘さを知るんだな!」
良い塩梅に始業の鐘が鳴った。
そして、昼休み。
昨日は、研究所に用があると、授業が終わると同時に出て行った。
が、今日は一緒に食べることになった。
取り出したのは1本の瓶。
その中には毒々しい色をしたジャムが入っている。
そして、それをパンなどにつけるのではなく、スプーンで取り出ししゃぶりだした。
「あ、あの、エドワード先生?」
「ん?」
「それは?」
「苺ジャム。」
それは見たらわかるよ。
と、仲間内全員で心の中で突っ込んだ。
ようは、なぜそれを食べているかと言うことだ。
勇者ヒューズは、ずれたメガネを直しながら、再度問いかけた。
「それがお昼ご飯?」
「そうだけど…変か?」
周りは見事に弁当やパン。
ジャムの瓶を大事そうに抱えて嘗め回しているのは、学校中こいつ一人だろう。
いや、世界広しと言えども、こいつ一人だろう。
「他に食料は?」
「え?無いよ。」
唖然。
おいしそうにすくっては舐める。
食欲減退。
早々とオレは片付けた。
パン半分。
まわりの勇者たちは負けじと食べている。
見ていると、胃もたれを起こしそうだった。
「そんなんだから、しん…ガっ…」
口の中に苺ジャムが広がる。
うわー、ゲロゲロ。
「何か、言ったかい?マスタング君。」
口の中に広がる甘い物体。
嫌いではないが、ダイレクトアタックよろしくきめられると、流石に吐き気を催した。
「いいえ。」
吐き気を抑えるために覆う手に、口に付いたジャムが付く。
恨めしそうに見ると、既に4分の1がなくなっている。
それは、見るうちに無くなっていった。
本人は満足げに殻になった瓶に丁寧にふたを閉め、片付けた。
甘い匂いは、苺ジャムだったのかと、納得した。
午後の授業もそれは単調に終わった。
部活動もしてないオレはそのまま、リザの教室まで迎えに行き、帰る。
本日、おまけが1名。
「これが、お前の彼女か〜。勿体無い。」
学校を出るまでにこやかに笑っていた彼女は、外に出るや否や、違うと猛反論した。
事情を事細かく説明すると、納得がいったようだった。
なぜ、こいつが一緒にいるのかというと、学校ではできない話をするため、オレの家でということになった。
親は9時を過ぎないと帰ってこない。
「わたしの彼氏は、もっと素敵な人よ。」
そういうリザは見たことのない顔ではにかんで言った。
軽くウインクをするリザに、糞餓鬼は顔を少し赤くした。
なんとなくムッとした気持ちを隠すのに必死になった。
帰途は充実。
リザは噂の教育実習生とお近づきになれたことがうれしいらしい。
「でも、いいの?教育実習生って、生徒と密に仲良くしたりとか駄目なんでしょ?」
「いいの、いいの。だって、こいつ似非だもん。な?」
「そうそう、教育実習生は建前。実際は期間限定の転校生だとか思ってもらって構わないし。」
「そうなの。ふーん。」
「でも、研究授業とかあるから、3週目は教育実習生らしくなる予定。」
「それって、C組もある?」
「確か、A・C・E組でだったとおもう。」
「やった。」
オレを除けて弾む会話。なんとなく疎外感。
「ちょっと待て、B組は?」
「へ?」
ちなみに、オレのクラスはB組当然、こいつもB組に所属している。
「それ以外のクラスは、研究授業の練習をするんだよ。だから、一応全クラス、1回ずつは授業があるわけだ。」
「へぇ。なんか教育実習生っぽいな。」
「ちゃんと書類とか提出しなくちゃいけないからな。書類上オレは、教育課程を選択していることになっているし。」
「インチキ?」
「そう、インチキだ。」
3人で大爆笑。
何がおかしいんだかよくわからなかったが、とにもかくにも、弾む会話を楽しんだ。
「なんか、弟ができたみたいだわ。」
「うぉう、仮にも先生だぞ、弟言うな!」
頭をかいぐり、いいこいいこしている。
鬱陶しそうにも、糞餓鬼はそれを払ったりはしなかった。
やっぱりどこか照れくさそうだ。
「ホークアイさん、いい人だな。」
別れるなり、後で吼えている。
いい人だなんて、思えるのははじめのうちだよと、心の中で毒づきながら鍵を開け、家の中に招き入れた。
「なんだ?年上好きか?」
「い、いや、そうじゃないけど、研究室にいない感じの雰囲気だったから。」
「ふうん。」
ニヤニヤしながら振り向くと、腹に一発。
「く…、なにしやがる。」
「下賎な考えしてるからだろ?」
研究室かと、オレは不思議な気持ちになる。
普通の子供のように過ごすことのなかった糞餓鬼。
こいつの目には、オレ達はどう映っているのだろうか?
「お前の部屋って、もっとなんか、そうだな。何もないと思った。」
「いや、普通だろ?これくらい。」
別に散らかってもいなければ、物があふれていると言うわけでもない。
どちらかというと、物のない部類に入ると思う。
ヒューズの部屋を例として上げるなら、ジャンル問わない雑誌群が所狭しと乱雑に放置されているし、プリントなども無造作に散らかしてある。
行く度に増えるグレイシアとのデート写真は、几帳面に写真立てに入れて並べられている。
壁にはお気に入りのアーティストのポスターだのなんだのが貼ってあるし、本棚には巻数の揃っていない漫画が押し込められている。
脱ぎ散らかしたくつ下や、いつ使ったかわからないようなタオルも落ちている時だってある。
それを考えると、何もない部類にはいると思う。
「テレビがあるし、本棚も、本もある。」
「それのどこがおかしい。」
「おかしくないところが、おかしい。」
「意味わっかんねぇよ。」
と、一通り会話が終了するとベッドの下をのぞきこんだ。
残念でした。
そんなところにはいかがわしい本なんてございませんよ。
「ない。」
「何を期待してるんだか?」
「高校生一般男児が訴求するものが載っている雑誌群。」
基本的には、自分で購入しません。
回ってきたものに関しては一通り観賞し、発信源の趣味を鑑みつつ楽しむが、それで事足りている。
「お前の部屋には隠してあるのか?」
「一般論的にだ。」
「なんだ。」
「見たいのがあれば、ヒューズに頼んでやろうか?結構揃ってるぞ。巨乳好き、熟女好き、ストイック系から、色々とな。」
真っ赤になって、怒り出すかと思えば、真剣に悩んでいる。
「普通のって無いのか?」
「ん?」
「普通の。」
「普通の基準がわからないが…、適当に選んでもらおうか。」
「後学のためには、必要だからな。」
後学?へぇ。研究室でからかわれたりとかしてるんだろうな。
容易に目に浮かぶ。
ホンの少しだけ顔を赤らめた顔が、嫌にヤラシク見えた。
想像付かないな。
糞餓鬼はベッドに、オレは机の椅子にそれぞれ腰掛けた。
「でだ、お前は夢を見るんだよな。」
「一応。」
「どこまで見た?」
「は?」
「オレが覚えているのは、まず、森を延々と歩くんだが、一番初めに見たのは近くに沼があった。」
「沼?」
「そう。それから、湖を一周した。で、そのままずっと森を歩いている。」
「湖?」
「湖は月明かりで明るかったんだよ。ぼんやりだが、そこでお前に似た奴だと確認している。」
「はぁ。」
「で、お前は?」
「いや、あれだ。ただ森を歩いてるだけ?」
慌てる糞餓鬼に見せ付けるように、オレは大袈裟にうなだれた。
「そうか…。」
「でも、手をつないでる感触は覚えてるぞ!」
「じゃ、手でもつないでみますか?」
オレは右手を差し出した。
なぜ右手かと言うと、オレが右利きなだけで、それ以外のなんでもなかった。
すんなりと糞餓鬼も左手を出す。
こいつは左利きだから、当然と思える。
「どう?」
「どうって、言われても…同じと言えば、同じかもしれないし、違うと言えば、違うかもしれない。」
「いい加減だな。」
「スミマセン…」
そのままオレはこいつを引き上げて、抱きしめた。
甘い匂い。
オレは、ゆっくりと呼吸をした。
「ごめん、やっぱりわかんないや。」
「観察力をつけるんだな。」
足元を照らす植物だとか。妖精だとか。そういう話をしても、こいつはてんで知らなかった。
共有できると思い期待したオレは、悲しくなっていた。
そういえば、どうして右手なんだろうか。
少しだけ引っかかるものがあった。
まぁいい。
例え、こいつの教育実習が終わったとしても、同じ学内。いつでも会える。
それにオレ達は、“夢”という誰にも負けない、運命のつながりがあるのだ。
「なぁ、キスしてイイ?」
顔をのぞくと、真っ赤な顔をして口をパクパクしている。
やっぱり、可愛いな。
化粧でもしているのかと思うほど、きめの細かい肌をしている。
顔のラインをぼかすように、うっすらと生えた金色の産毛が化粧をしてないことを物語っている。
「き、昨日は、断りも、せ、せずに、した、癖に!」
睫毛の上には何本爪楊枝が乗せられるだろうか?
「いや、あれは勢いと言うか。何と言うか。」
これだけくっきり綺麗な二重ってはじめて見た。
「い、いき、おいって」
眉毛は、手入れとかはしてないんだよな。
綺麗に整っている。天然かぁ。
「本当は、押し倒してみたい。」
綺麗な琥珀色。
売ったら、高く売れそうだな。
「は!おし、おしたお、す??」
なんで、唇も真っ赤なんだろうか。
あ、でもかさついてるな。
「うん。」
真っ赤だ。
ゆでだことどちらが真っ赤だろうか。
ポストでもいいか。
とにかく、一挙一動が可愛くて、愛おしくて仕方がない。
「あ、あの、なんか、変なものが、当ってるんですが。」
「ああ、気にしなくていいよ。」
襲っちゃっていいのだろうか。
一応、返答を待ってるんですが。
まさか、何もなく帰れると思ってたりするんだろうか。
ありえるな〜。
「で、どっち?」
「え?」
「キス、していい?」
下を向いてしまったので、顔がわからない。
「拒否権はあるのか?」
「ないよ。」
「だったら聞…!」
と、顔をあげた瞬間を狙って、オレは糞餓鬼の言葉を奪った。
昨日のそれとは違って、時間を掛けた。
甘い。
ぬるい体温。
柔らかい舌。
少し乾いた唇。
ああ、心臓がおかしい。
こんなに、これだけ鼓動を強く早く打つことが今まであっただろうか。
確かに、コイツに反応する。
こいつだけに反応する。
顔を離すと、潤んだ瞳で放心している。
百戦錬磨とは言わないが、それなりに経験を重ねているので、餓鬼一人恍惚状態にするにはわけない。
琥珀の瞳がキラキラと、本物の宝石のようなそれにオレはキスを落とした。
身長差から言っても、この表現は正しく思う。
軽く目を閉じたその目から、一筋流れるものがあった。
勿体無いと、それに口を這わす。
甘い味がするものかと思ったが、人のそれと寸分違わずしょっぱかった。
それから、頬に下りて、耳元にたどり着いた時、少しだけこいつは身をもじった。
くすぐったいのだろうか。
「押し倒していい?」
すぐに、答えが返ってくるものかと思ったら、帰ってこない。
拒否を示す行動もない。
顔を少しだけ離すと、困惑した顔でオレを真っ直ぐ見た。
今にも泣き出しそうだ。
「ごめん、恐かった?」
答えを聞かずにただ、抱きしめた。
そりゃ、恐いか。
期待する女子共だって、いざとなってみればたじろぐのだ。
15歳。
興味はあるだろうが、同性のそれではない。
「正直、マジで恐かった。」
くぐもった声で、小さく漏らす。
その声は、いつものふてぶてしい餓鬼の声に戻っていた。
「ごめんって。」
その日は、いつにもなく、柄にもなく、糞餓鬼に謝ってばかりだった。
吐いて出る言葉が、それしか出なかったんだ。
大事に思う。
少々、恐がられたくらいじゃ、強行突破はあたり前。
据え膳食わぬは男の恥。
でも、恥も外聞も捨ててもいいか。
これが、好きとかってやつか。
なんか、そうだな。
嬉しい。
好きでいることが嬉しい。
誰かを大切に、大事に思える自分が幸福に思う。
その日は据え膳食わされぬまま、見事に下げられてしまった。
丁寧に送ろうと申し出たら、女じゃねぇと突っ返された。
「あんた、心配性。」
見上げられる顔は、さっきまでとは違い、見事にいつもの顔に戻っている。
「心配だよ。」
エントレスまで送ると、腹を殴られた。
「明日、学校でな。」
そう言って、走り去る糞餓鬼を見送った。
大きく振る手が可愛い。
その日は、喘ぐ糞餓鬼を想像しながら抜いたことは言うまでもない。
惨め…。
オレばかりが夢に翻弄されている気がする。
糞餓鬼はちっとも、オレのことなんか気にかけない。
あれだけ濃く思えた夢の繋がりが、なんだか薄っぺらいものに感じてきた。
なぁ、あんたは誰なんだ?
隣にいるのは誰なんだ?
オレなのか?あいつなのか?
誰か、教えてください。
誰かに問われた気がした。
『足りないものは何?だから、まだ出会えない。』
いつも見る夢よりリアルで、頭の芯まで響く声。
誰の声だろうか。
誰に出会うのだろうか?
その日の夢は、いつも隣にいる奴はいなかった。
一人森を彷徨っていた。
手に感触がないだけで、これだけ寂しいものなのだろうか。
起きてから、オレは必死に手の感覚を思い出そうとした。
小さく、柔らかい、でも少し骨ばった細い手。
いつもなら、いやにはっきりと覚えているのに、曖昧だった。
小さく握ってひらいた手は物悲しく見えた。
ねくすと>>
<<ばっく
2007/05/19up
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