なぁ、あんたは誰なんだ?
隣にいるのは誰なんだ?
オレなのか?あいつなのか?
誰か、教えてください。


誰かに問われた気がした。
『足りないものは何?だから、まだ出会えない。』
いつも見る夢よりリアルで、頭の芯まで響く声。
誰の声だろうか。
誰に出会うのだろうか?


その日の夢は、いつも隣にいる奴はいなかった。
一人森を彷徨っていた。
手に感触がないだけで、これだけ寂しいものなのだろうか。


起きてから、オレは必死に手の感覚を思い出そうとした。
大きくて、骨ばった細い手。
いつもなら、いやにはっきりと覚えているのに、曖昧だった。
小さく握ってひらいた手は物悲しく見えた。










くろねこ通信※黒猫の用心棒の続きみたいなもの※

第3回 くろねこはきんねこのことがあたまからはなれない











「なぁ、ロイ。」
「なんだ?」
「これは、例に言う、あれだ。あれですか?」
「どうみても、あれだろ。」
「あれですか。」
糞餓鬼の手には、ピンクの封筒。
丁寧にもしっかり封がしてあり、誇らしげに赤のハートのシールがそれがあれであることを主張している。
「これって、本当に、あれですか?」
すかしてみたり、斜めにしてみたり、振ってみたりと、何がしたいのかわからない。
「くどい。」
軽く睨みながら応えると、怯えた目をして見上げられた。
(別に、嫉妬心とか断じてそういう類のものではない…はずだ…?)
ダイレクト直球に言ってやってもよいが、“あれ”というこいつに合わせてみた。
いい加減、現実を認めたらいい。
それは、どうみても、まかり間違ってもラブレターという代物だ。
顔は、昨日と似たり寄ったりなくらい赤い。


基本、オレは8時前には登校している。
昇降口の混雑を避けるためだ。
昨日の放課後から溜まった、下駄箱の中の物品を丁寧に紙袋に入れなくてはならないからだ。
手紙から、お菓子から、そういった細々としたものがこの狭い下駄箱でひしめき合う。
混雑の中でそれを行おうものなら、冷やかしや妬みの対象になるにはもってこいだが、それもまた面倒極まりない。
それに、朝練連中も丁度片づけを始める頃でもあり、昇降口付近は静かなのだ。
今日は、見事に同伴登校のため、からかいのネタにはもってこい。
いや、違うか。
とは言っても、からかわれるのは糞餓鬼なのだが。
ブロッシュあたりが、高等部の場所がわからなかったんですか?と、初日?の一件以来、事あるごとにメンバー全員でからかっている。
オレは基本、傍観者なので助けを求められない限りは放置している。
閑話休題…たまたま、バス停で一緒になったのだ。
こいつは、研究所に寄ってきたそうだ。
朝から、熱心なことだ。
それにしても、まかりなりにも教育実習生として来ているのに、生徒と同じ下駄箱を使用するとはいかがなものか。


「開けないのか?」
「ちょっとまて、落ち着かせろ。」
「オレ、先に教室行くから。」
オレは、こいつが悶絶している間にオレは溢れかえる下駄箱の中の貢物を紙袋の中に収めた。
「あ、待て。オレも行く。」
大またで早めに歩くと、こいつは小走りを始めるということを送りがけに気づいた。
オレとしては、この速さは普通のスピードであり、大抵の男子学生はこれくらいのスピードだろうと思う。
頭二つ分とは言わないが、それに近い身長差があれば、流石にリーチも違う。
言うと顔を真っ赤にして怒られそうだが、そこいらの女子より小さい気がする。
いや、似たり寄ったり?


教室に入り、机について10分が過ぎようとしても、こいつは一向に開けようとはしなかった。
ただ見つめては、ため息をつくだけ。
「そろそろ開けてしまわないと、ヒューズやブロッシュにからかわれるぞ。」
こちらを一瞥して大きくため息をつくと、また“あれ”とにらめっこをはじめた。
オレは、紙袋の中身を整理して、今日付けの告白タイムの予定を組んでいた。
本日は1件。
多い時は5件ぐらいの告白タイムをさばく。
多いのは、クリスマス前、夏休み前、ゴールデンウィーク前。


「えい!」
おいおい、ラブレターひらくのにそれだけ気合がいるのか?
しかし、赤かった顔がみるみるうちに、青くなった。
「なんだ?不幸の手紙だったか?」
オレは、笑いながら、覗き込んだ。
慌てて隠されたが、綺麗な文字がならんでいたように思えた。
決して、不幸の手紙の類などではない。
「もしかして、男から?」
「泣いていいか?」
「は?」
「なぁ、泣いていいか?!」
そりゃショックか。
はじめてもらったラブレターが、男からだと。
それにしても、こいつは男難の相が出ているらしい。
オレが言えることではないが、ファーストキスの相手も男。
昨日なんか、うっかり襲われるところだったと。
まぁ、わからないでもない。
“夢”のことがなくても、こいつはそこいらの女子共より可愛い。
可愛いんだ。


「おはよう。諸君。今日もいい天気だね。」
「おはよ。ヒューズ。」
「どうした、ちっさい先生はブルー入ってるぞ。」
「ああ、おと…
むぐぐと、オレは口を塞がれた。
息ができない。
「なんだ?男からラブレターでももらったか?」
まぁ、オレの口を塞がなくとも、現場には証拠品が散乱している。
ピンクの封筒は開けられたまま放置してあるし、何より、オレが“おと”まで発しているのだ。
勘が悪くとも、大体のことは察せる。
「ひゅ、ヒューズ君…、このことは黙っていてくれるかな?」
「いいよ。で、見返りは?」
いい加減、放して欲しいが、これはこれで満足だ。
放すことを忘れたまま、呆気によられるこの糞餓鬼から逃れるのを諦めて、死んだ振りでもしてみた。
「珈琲牛乳…?」
「よく知ってるじゃないか。」
オレ達仲間内では、珈琲牛乳に勝るものはない。
昼休み、1番乗りでもしなければ入手できない希少品なのだ。
これを手に入れるには、4時限目終了のチャイムと同時に教室を出て、一目散に売店まで駆け下りなくてはならない。
「それより、ロイ、死んでるぞ。」
「いい。殺しておく。」
なんだと〜!
オレは生き返り、猛反撃を食らわせた。
その様子を見る女子共は朝っぱらから黄色い声を発している。
あの声は、年中無休24時間営業らしい。
朝は苦手なのと、淑やかな声を出しながら大人しく机に座っているような女子はいないのだろうか。
そうこう考えているうちに、エスカレート。
なぜか殴り合いをしている。
身長差があるためオレのほうが有利なわけで、面倒くさくなってきたオレは、頭を抑えてちょっと休憩。
まぁ、こいつ元気なことだ。
腕をぐるぐる回しながら、罵声を浴びせている。
「くそう!絶対テメェより身長高くなってやるからな!」
「そうだな。アームストロング先生を目指しなさい。はっはっはっはっは。」
真っ赤になって怒っているところに、予鈴。
意外と真面目なこいつは、フテ腐りながら席に座った。
ラブレターの件もあり、苛立ってんだろう。
殴られた箇所がちくちく痛かった。
あれ?殴られた箇所?
いや、なんだ?もしかして、ヤキモチ????
隣では、無造作に机の中に突っ込まれたラブレターがはみ出している。


「で、どうするんだ?」
「行くのも八卦、行かぬも八卦だぞ。」
「どうしよう。5時半に体育館裏だって。」
頑なに手紙を見せようとも、内容を話そうとも、相手を教えることもしないこいつは、キチンと手紙の主に敬意を表しているらしい。
昼休み、見事にその身長を活かし人ごみを潜り抜け手に入れた珈琲牛乳は誇らしげに、ヒューズのパンのお供となっていた。
切替早く、相変わらずの苺ジャムを舐めながら、深刻な顔をしている。
本日は、こいつの名誉のために、他のメンバーから隔離して昼食を食べている。
半分はこいつのこの異常な食事にあるのだが。


そして、5時少し前。
時間の経過がぞんざいなのは、ご都合主義よろしく。
つまらない授業風景を刻々と述べるよりは、本題にさくっと入ってしまったほうが良いとの、オレ様の配慮だ。
ありがたく思うが良い。


ヒューズはグレイシアとデートがあると、終礼が終わると同時に目にも留まらぬ速さで迎えに行った。
部活動がある奴はそれに、帰宅部の奴も消えるようにして帰っていった。
なので、この教室にいるのは、オレと糞餓鬼だ。
リザには用があると先に帰ってもらった。
糞餓鬼は見事に教室を文字通り右往左往している。
腕を組んでみたり、頭を抱えてみたり、カーテンに包まってみたり、教卓の下に嵌ってみたり、掃除用具入れのドアを開け閉めしたり。
挙動不審もいいところだ。
「なぁ、もう行ったほうがいいんじゃね?」
「うおう、もうそんな時間か!!」
時計を勢い良く振り返ったため、首を痛めたらしい。
顔をしかめながら、首を押さえている。
「オレは今日の占いは最下位だったんだ。だから、男からラブ…もらうし、首だって痛くなった。」
「なんだよそれ。」
「兎も角、今日のオレは最悪なんだ。」
「わかった。」
オレが納得すると、小さくうずくまる。
更に小さく見えるその姿は、なんとも頼りなくかわいらしい。


「断るんだろ?何に悩んでるんだよ。」
「……。」
上げられた顔は、どう見てもオレを睨んでいた。
「なんだ?」
「百戦錬磨のお前にはわからないんだ!」
「は?」
「ヒューズに聞いたもん。」
ふくれっつら+“もん”なんでしょうか、この可愛い生き物は。
「あっそう。」
「オレは、初めてだから、どうやって断ろうか悩むんだ。」
泣きそう。
泣いたら、もっと可愛いかもなんて、思ってしまった自分に自己嫌悪。
オレはサドっ気があったらしい。
「普通に、断ればいいじゃんか。ごめんなさいって。オレは男だから、男のあなたとはお付き合いできません。って。」
と、言い終わって更に自己嫌悪。
良く考えてみよう。自分の行動を…人のこと言えた義理じゃない!!
顔はポーカーフェイス、心の中は阿鼻驚嘆。
さて、落ち着けオレ。
不思議な顔しちゃってる餓鬼が目の前に一人。
「そうだな!簡単じゃん。オレ、男だった!」
そうか。
そうですね。


やっぱり不安だからついてきてという、こいつの後ろをついていく。
保護者同伴とはなんとも情けないが、なりふり構っていられる心境ではないらしい。
建前的には、体育館裏までの道のりの案内も兼ねてだ。
1度外に出てしまえば簡単だが、それをすると驚くほど時間が掛かるのだ。
あそこと指を指して、見えない位置に隠れると、オレはさっきの続きに頭を悩ませた。
遠くなる背中を目で追ったが、見えなくなった。
昨日自分がしたこと、餓鬼に男に欲情したこと、冷静になって考えてみると夢のことがあってもおかしい。
悶々としていると、走ってくる糞餓鬼。
「おい、
オレは走り去ろうとする餓鬼の腕を掴んだ。
どうした?」
その顔は強張っていた。
「お、お、お、
「お?」
「お、…
「襲われた?」
「ば…、か言え。お、オレ、ちゃんと断った。でも、逃げちまった。どうしよう。」
腕を痛いくらいにつかまれたが、気にならなかった。
崩れそうなこいつの腕を支えて、その体勢を維持させた。
「とにかく、教室に戻ろうか。」
「う、うん。」


教室に戻るなり、一目散で机に座り突っ伏す餓鬼の頭を、撫でようか迷った。
撫でた先は決まっている。
甘い言葉で慰めて、潤んだ瞳にキスを一つ。
「なぁ。」
突っ伏したまま、くぐもった声を出す。
「ん?」
撫でそびれた手を引っ込めた。
「オレ、よく考えたら、昨日あんたとキスしたんだよな。」
「一昨日もしたな。」
ちらりと横目で見ると、耳まで真っ赤になっている。
「顔見たら、恐くて、逃げたくなって、逃げた。」
「うん。」
「悪いこと、したかな?」
「いんじゃね?断れたんだろ?」
「うん。」
「じゃぁ、いいよ。」
「うん。」
愛おしい。
頭を撫でて、この身で包み込んで、大丈夫だよと囁きたかった。
「オレ、あんたのこと恐いけど、恐くない。」
「ん?」
「キス…されても、抱きつかれても、恐くなかった。」
「まぁ、知ってる知らないはあるだろうけど、」
「そう…じゃなく…て…」
「ん?」
顔を上げた餓鬼は、目を真っ赤にして、真剣な目をこちらに向けた。
「逃げる途中、あんたに抱きついて、大丈夫だよって頭を撫でて欲しいって思った。」
「あら。」
「ロイ…、これって変か?よくわかんねぇんだ。」
「変じゃねぇよ。」
オレは、引っ込めてしまった手をもう一度伸ばした。
柔らかい金髪が手に絡みつく。
体温で解けてしまいそうなそれを、大事に撫でた。


「オレ、昨日…夢、見たんだ。」
聞こえるか聞こえないかの小さな声は、かろうじてオレの耳に届く。
「オレも。」
オレもそれにならって、静に声を出した。
「あんたがいなかったんだよ。あ、あんただって、確証は無いんだけどさ。ひとりで、歩いてた。」
「オレもだ。足りないからって。」
何が足りないんだろうか。
「何が足りないんだろうか。」
「何かが足りないんだろうな。」


頭の上に手を載せたまま、それを引き寄せた。
小さい身体。
子供の体温。
この感情に動転するほど、こいつはまだ餓鬼なのだ。
恋とか、そういうところとは無縁の世界なんだろうな。


「その感情に名前をつけるとしたら、恋か?」
暫くの沈黙。
寝てるのではないかと思ったが、そうではないらしい。
「わかんねぇ。」
「だろうな。」
「もし、夢の中の奴がロイだったら、オレはどうしたらいい?」
難しい質問。
どうしたら…。
「どうしたい?」
卑怯。
「オレとロイの遺伝子の接点が知りたい。」
「は?」
そういえば、こいつは生物…遺伝子学専攻だった。
うっかり、忘れがちだ。
「オレがお前に興味を持ったのだって、遺伝子が騒いでたからだ。」
「は?」
「夢の相手はお前だよ。じゃ無きゃ、こんな時間の無駄なんかしてない。」
「はぁ。」
晴れ渡った清々しい顔をみせる。
悩み、憂いを帯びた顔も良かったが、こいつはこっちの方が似合う。


それから、オレ達はまっすぐ家路に着く。
久々の一人の下校。
研究対象にされてしまったことについて落胆。
オレのこの感情は恋とか言うものなのだろうか。
好きなことには変わりない。
嫉妬心だって感じる。
独占欲もある。
今日のことだって、正直気に入らない。
意気揚々と、研究室に向かってキックボードを蹴る背中を見送ると、やるせない気持ちになった。


オレは珍しくも一人で街へ繰り出した。
リザの付き合いなどでも、友達と出かけるわけでもなかった。
フラフラと歩くと必ず逆ナンされるのは、もうお決まり状態だったはずなのだが、本日はそれも無し。
お日柄も悪くと思ったら、ショーウィンドーにうつる自分の顔を見て納得した。
なんとも陰険、陰鬱な顔だろうか。
背中も心なしか丸くなっているし、両手をポケットに突っ込んでいるので、さもそれだ。
気が更に滅入ってきたので、気晴らしにいつものゲーセンへ足を向けた。
相変わらず、UFOキャッチャーの周辺には制服の女子高生とカップルばかり。
それを抜けると、黄色い声が響くプリクラゾーン。
更に進むと、子供向けのゲーム機器。
土日でもない限り、ここからは閑散としてくるのだ。
その奥がオレがいつも楽しむパズルゲームの台になっている。
それを過ぎれば、コインゲームのコーナー。
この時間はオレの年齢では入れないが、止められたことはない。
だが、やったことも無ければ、やろうとも思わない。
頭を使うパズルゲームのほうが有意義で面白いと思うのだ。


財布を取り出していつものように台の右端へ置いた。
危ないとわかっていながらも、癖なのだ。
取られたとしても、中身は大したことはない。
帰りのバス賃と3ゲーム分ぐらいしか入っていないのだ。
100円を入れると、耳慣れた電子音が流れ出す。
今日こそは2Eの記録を抜いてやろうと意気込んだ。
無心でブロックを積み上げ消していく。
単純な作業だが、勉強するよりも脳を使っているような気さえする。
だが、本日邪念がちらほら頭をかすめた。
いつもなら、4ステージまでは楽勝で行けるのだが、3ステージの途中でオレの挑戦は終わってしまった。
200円目はそれでも、4ステージまでは行ったが、5ステージを見ることも無く終わった。
300円目と財布に手を伸ばしたが、やめることにした。
お日柄が悪い。
財布をポケットに突っ込むと、早足でゲーセンを出て行った。
ばつが悪かった。


時間を確かめようと携帯電話を見たら、着信が1件。
リザからだった。
学校にいるときのままマナーモードだったため、気づきもしなかった。
着信があったのは当の昔で、多分学校から帰っている途中ぐらいの時間だろう。
今更な気がしたが、人恋しかったので電話を掛けた。
3コール目で怒気をまとった声でリザが出た。
「ごめんって、今気づいたんだよ。」
『いいわよ。もう、ライブ終わっちゃったし。』
「そりゃ、悪かった。」
『急だったし…、どうしたの?』
「ん?別に。」
『いつもなら、急に言われても、オレにも都合が…って言うじゃない?』
「そうだったっけ?」
『今、どこいるの?』
「いつものゲーセンの近く。」
『じゃあさ、丁度終わった頃だから、顔だしてあげてよ。』
「は?なんでオレが?」
『なんかね、仲良くなりたいんだって。』
「はぁ。」
本当に人恋しかったようだ。
なんともなしに了承して、ライブハウスへの道のりを教えてもらうと、まっすぐ向かった。
丁度表では、バンドのメンバーらしき集団が集まって話しに花を咲かせていた。
オレとは違う次元の生き物だと思いながら、遠巻きに見ていると、見知った金髪が大きく手を振っていた。


「マスタングさん、来てくれたんですね。」
「もう、終わってるみたいだな。」
「いいですって。顔見れただけでもうれしいっす。」
ハボック青年(前回の交流で好青年だったため)によってたかって誰だとか聞くバンドのメンバーたち。
一通り紹介が終わると、これから食事をしにいくので一緒にどうかと誘われた。
二つ返事で付いていった。
「あ、紹介し忘れた。アルー!」
「なに?」
金髪のすらりとした少年が面倒くさそうに寄ってきた。
特に興味なさげな顔をしてこちらを臨んだ。
「こいつ、うちのボーカル様。中学生なんだけど、高校生ということになってます。」
「アルフォンスです。よろしく。」
「ロイ・マスタングです。」
よくみると、糞餓鬼とおなじ金色の瞳をしていた。
糞餓鬼よりも身長ははるかに高い。
まさか弟ではないかと思ってはみたが、穏やかなそれでいて狡猾そうな顔で、まったくもって似てはいなかった。
「ジャン、オレ帰るよ。母さんが、飯作っちゃったみたいだし、兄さんも帰ってくるって。」
「そうなのか?それじゃぁ、仕方ねぇな。」
「みんなに謝っといて。」
そう言うと、軽くオレと目を合わせて小首をかしげて、オレ達から離れていった。
「気をつけて帰れよ。明日はFスタで音あわせだからな〜!」
「わかった。」
遠くで手を振っている。


「中学生っていいのか?」
「いいんですよ。あいつの両親も了解済みだし。」
「へぇ。」
世の中というモノは全く持って理解不能だ。


「なにー、アルが帰った??」
「うぉぅ、オレのマイエンジェル…」
「俺の了解もなしに!」
ベース、ギター、ドラムがそれぞれ思いのたけをぶちまけながら吼えていた。
「アニキが家に帰ってるんだと。」
「「「あ。そりゃ、仕方がない。」」」
むしろ帰らねばとか、バイクで送ってやったほうが早かったんじゃねぇか?とか言っている。
何者なんだろうか、アルフォンス君のアニキは。
「なんでも、有名な学者さんらしくって、普段は研究所に住んでるんだとか。」
「へぇ。」
年の離れたアニキなのだろうと、勝手に想像。
年が離れていて、なおかつあれだけ綺麗な子なら、小さい頃はどんなに可愛かっただろうか。
一人っ子のオレとしては、想像の域を越えはしなかったが、それでも溺愛しただろうと思う。
多少生意気なのが可愛いのだ。リザみたいにな。
あいつはオレのことを弟のように思っているみたいだが、オレとしては逆もいいところだ。
「で、そのアニキがすっげー美人なんだよ。」
オレは思わず、吹いてしまった。
「マスタングさん、だまされたと思って今度会って見てくださいよ。驚きますって。」
なんとなしに、糞餓鬼の顔が思い浮かんだが、消してみた。
世間は狭いというが、こんなに狭くては面白くない。
「ライブにたまに来てるんですよ。今度、例の彼女さんと一緒に来てください。」


居酒屋というものにはじめて行った。
オレとハボック青年は高校生だったが、後は皆大学生らしい。
帰りがけに、オレは彼のバイクの後ろにまたがり送ってもらった。
バイクというモノはとても気持ちがいいものだと知った。
いつもはリザが被るというヘルメットを貸してもらうと、いつもリザから漂ってくる甘い匂いがした。
糞餓鬼とは違うその香りは、馴染み深かった。
高校を卒業したら、まずバイクの免許を取ろうと思った。
あいつを後ろに乗せて走る姿を想像して、笑ってしまった。


「ありがとう。」
「いいですって。それより、ライブ、マジで来てくださいね。」
「わかった。」
「じゃあ、リザによろしく言っておいて下さい。」
滑走する後姿は、カッコイイと本気で思ってしまった。
赤のテールランプが闇夜に軌跡を残すその姿に見惚れてしまった。


「あはは、アルくん元気だった?」
「ちょっとしか、話してないがな。」
「いい子よ。前は話す間もなく帰っちゃったのよね。」
お決まりの朝のひと時。
「中学生って、いいのか?」
「いいんじゃないの?だって、高校生って言ってもわからないでしょ?」
「まぁ、…。」
「なんたって、あの子来年はうちの高校に入るって話だし。」
「勉強できるのか。」
「すごく頭いいらしいわよ。推薦でもう決まったらしいし。」
「へぇ。」
「まぁ、エルリック先生の弟だしね。」
「はい?」
「だから、エルリック先生の弟。昨日言われなかった?」
「私も、見たことはあっても面識はなかったし。こないだ知ったばかりだし、むこうも…
リザの声なんて聞こえてなかった。
世間って、狭いな。
そうか。
あの糞餓鬼の弟か。
似てないな。


「何が似てないって?」
琥珀の瞳がふいにオレを見上げた。
「お前と、お前の弟。」
「何?オレの弟知ってるわけ?」
「昨日色々と紆余曲折があってな。結果的に顔見知りになった。」
「へぇ。」
何もきいてないとぶつくさ言いながら机の上で伸びた。
「お前の弟とリザの彼氏が同じバンドらしい。」
考えるように空を仰ぐと、昨日紹介されたメンバーの名前が飛び交った。
「いや、ハボック青年。」
顔をしかめると、視線をそらしてにやけ顔。
「なんとなく納得。」
「そりゃよかった。」
「リザとお前は面識無かったんだな。」
「ジャン、紹介してくんなかったし、最近はライブどころじゃなかったしな。」
「大丈夫だ。リザも付き合いだしたのはここ3ヶ月4ヶ月くらいだ。」
「じゃあ、会ってないのも無理ないなぁ。」
相変わらず、こいつは早い。
本日はオレの登校前には席について分厚い専門書を読みふけっていた。


「え?ああ。オレ、基本的に学院に住んでるんだよ。」
「はぁ。」
「昨日は、実家に帰ってたんだけど、普通の時間だと込むだろ?」
だそうだ。
大学院からここまでキックボードで10分圏内らしいので、確かに8時前にはたやすく登校できる。
オレとしても、バスが込むのは嫌なので、寝起きの悪いリザを引きずるようにして早め登校をするのだ。
「小さいと、降りるのにも不便だしな。」
ニヤニヤと言っては見るが、体中どこにも衝撃は加わらなかった。
すでに、読書に戻っていた。
なんとなく、不機嫌になり、邪魔して悪かったよとぶつぶつと悪態づいた。


本日はこれ見事に移動教室ばかりだ。
朝一の音楽に始まり、糞餓鬼お得意の生物が2時間続き。
その後物理があり、午後からは2時間続きの体育がある。
そして、最後の最後に現国がある。
睡眠学習よろしくな勢いであるが、寝れば恐ろしいほどの宿題が出され、その提出を怠ると通知表には1が付くしくみになっている。
まぁ、オレは寝たことはないがな。


手慰みにいつものように参考書を引っ張り出して勉強をはじめてみた。
隣は黙々と読書に励んでいる。
それにしても、何語なんだろうか。
ドイツか…フランスか。
普通に読んでるのが不思議だった。


大学は持ち上がりなので、ゆったりとしてはいるが、そろそろ高校3年生としての授業は終盤を迎える。
次の考査が高校3年間の集大成となるのだ。
それからは、大学の基礎教養みたいな授業になる。
大学からの中途入学も少なくはないが、大抵うちの大学を志望する奴らは高校から入ってきた。
オレもその中に入っている。
学部はさておき、大学は見事に多学部で構成されているので、どういう道に進もうと、間違いはない。
偶に教授面々を追って他大学に行くのもいるが、例外中の例外中だ。
この時期、他の高校は赤本なんかを購入し必死に受験勉強をしているのが普通。


音楽と美術は選択制になっている。
オレは楽な音楽を選んだ。
美術は課題製作なんかがあって、面倒この上ない。
しかし、課題さえ提出すればどんなものでも単位は貰えるので、音楽が心底苦手な奴らはこちらに流れる。
音楽は、楽器練習なんてものはないが、音楽史から始まり、難解な譜面を解読する、音楽鑑賞まで多岐に渡る。
慰み程度の合唱なんかは、気晴らしに過ぎないが、何かを作るよりは勉強してテストで良い成績を収めるほうが得意なので、気にも留めない。
本日は、糞餓鬼も混ざるということなので、合唱となった。
美術は課題作成の大詰めなので、今更混ざっても仕方がないとのことだ。


「弟は歌えるが、お前は音痴なんてことはないよな。」
「多分、大丈夫。」
多分の言葉に仲間内で大笑いした。
「いや、音痴って言うより、譜面が読めなかったり…、読めなかったりするんだよ。」
結局は読めないわけか。
小中と音楽の授業に普通に携わっていれば、読めなくもない簡単な譜面。
流石にこいつにも出来ないことがあるのかと、内心喜んだ。
「仕方がないだろう?小学校も、中学もまともに行ってねぇんだ!」
大笑いの中で必死に叫ぶが、誰も聞く耳を持たなかった。
「にしても、先生は女子に混ざって歌うのかね?」
「!?」
「そうだろうな。」
「!?!?」
「声変わり、まだみたいだし。」
「!?お、終わってるぞ!」
「「「「へ?」」」」
「声変わりなら、終わっているぞ。餓鬼扱いするな。」
真っ赤な顔をして怒ってはいるが、どう見ても、いや、どう聞いても終わっている声ではないようだ。
まぁ、最終的には音楽教諭が決めるので、放っておく事にした。


楽しいはずなのにどこか虚しかった。
オレの存在はどこにあるのか。
こいつの中にキチンと、今こいつの目の前にいるオレと言う存在が見えているのだろうか。
仲間と混ざり笑いながら、心はどんどん空虚になって言った。
冷たいものが胸の辺りからじわじわと体を侵食していった。
その正体は今のオレにはわからなかったが、それが足りないものなのだろうと自覚した。




ねくすと>>
<<ばっく
2007/06/09up

Copyright(C) min All rights reseved.