夢想家と言われればそれまでで、オレの研究なんて、そんな夢の産物。
遺伝子が共鳴しているなんて、自分でも笑ってしまう。
大体、どこから出てくるんだ?
オレは男で、あいつも男。
遺伝子レベルの男色家なんて、気持ちが悪いこの上ない。
(別に同性愛者を愚弄しているわけではない!)
だって、男から告白されて、戸惑った。恐かった。
でも、あいつは違った。
だから、気持ちが悪い。
科学で証明できない事象は数知れないことぐらい知っている。
だけど、…さ、どうしてなんだろうか。
何が足りないのか、わかんないし。
もう1度手をつないで森を歩く夢が見れたなら自信だって付いたのに。
オレ、あいつが好きなのかな?
くろねこ通信※黒猫の用心棒の続きみたいなもの※
第4回 くろねこはきんねこにみつけてほしい
案の定、糞餓鬼は女子と共に歌うことに決まった。
腕を組んで首をかしげ、大いに悩んだ音楽教諭だったが、彼のプライドというものを無視したらしい。
女子共は黄色い声をあげ、普段構うことができない分、いじりたおしていた。
哀れ。
意気消沈の糞餓鬼は、顔を赤くしながらそれに耐え、歌った。
高い音程が歌えてしまっている己に、更に落胆している様子だ。
「ボーイソプラノって言うんだっけ。」
「意外と綺麗な目立つ声してるな。」
本人を目の前にしては、照れ恥ずかしい賞賛。
こそっと相打ち。
本日の放課後は、カラオケ大会に勤しもうか。
楽譜が読めないといってはいたが、誰もが知っている合唱曲だったため、歌詞がわかれが問題ないと思われたが、甘かった。
小・中で培われてきている合唱曲という概念が全く通じなかったのだ。
最終的には、全国各地、津々浦々、老若男女共通で知っている童謡となった。
それでも、ちらほら怪しいこの上ない。
懐かしい童謡が響き渡る音楽室は、いつに無く笑い声が絶えず、楽しかった。
名曲「アイアイ」をはじめ、「どんぐりころころ」から、「かっこう」「かえるのうた」の輪唱、「ぞうさん」と、本当に懐かしかった。
改めて歌ってみると、奥が深く、ぞんざいにあつかってはいけないと感じた次第だ。
これに即席ハモリのパートをつけては歌わせる音楽教諭もすごいと思うが、主線すらも危うい糞餓鬼に敬意を表したくなった。
1時間というのがあっという間に感じたのは、きっとこれが最初で最後であろう。
「今日の帰りは、カラオケ大会に勤しみますか?」
「いいね。」
「お、オレはパス。もう、いいよ。」
「なんだ?君に拒否権はないよ。」
ということは、オレにも拒否権は無いと、落胆しながらそれでも放課後に楽しみができたと、今日1日の気だるい授業を乗り切れそうだった。
「だいたい、オレ歌とかマジ、知らないし。」
「本当に、勉強一直線?」
「んな、ことはないけどさ、弟が聞くような曲ぐらいしか知らない。」
「どんな曲だよ。」
「ロック?ハードコア?パンク?」
一瞬世界が引いたのを感じたが、オレは抗体があったか気にも留まらなかった。
なにせ、最近のリザが聞く音楽もそれなのだ。
まぁ、自分の彼氏がそうなのだから、仕方がないといえば、仕方がない。
英語の歌詞をオレのところに持ってきては、訳を手伝わせられている。
決して、リザが英語が不得意というわけではないが、オレの比ではないからだ。
「帰りはカラオケ大会に決まり。」
げんなりとした顔を見せる糞餓鬼のわき腹を小突いて、にやりと笑うと珍しくため息しか帰ってこなかった。
「あんた、歌えるのかよ。」
「ん?」
「有名どころだと、オアシスとか、U2とか?」
「んだよそれ、わかんねぇって。」
「だめだめ、こいつ日本の曲って聞かねぇもん。」
「ロイは、英語の専門のヤツを独占して歌うんだよ。」
「へぇ。」
上目遣いににやけ顔。
これぞまさしく不敵の笑み。
「本格派のオレの前で歌いきれるかな?」
カラオケ行く気満々になったようで、なにより。
オレは、ご当地直産のような英語を流暢に話す糞餓鬼の前で、歌いきれる自信がないなと天を仰いでみた。
音で覚えて、活字で確認して…。
そこいらの日本人的にはNOVAの講師も絶賛賞賛の発音だろうが、実際現地に行ってみると発音のニュアンスが違ったりとおののくの必須。
わかってはいるんだ。
所詮、井の中の蛙。
「さて、次はお待ち兼ねの生物の授業ですが、どうです?」
ヒューズはなにかとこいつの面倒を見るのが好きらしい。
事あるごとに話題を振っては、中に入れようとする。
忘れる、阻害するわけではないが、出会って1週間と少し。
入りきれない話題というものも存在するし、その話題をしようとしてするわけではないが、結果的に流れ込んだりする時もあった。
「かったるい。」
「意気揚々かと思いましたが、やはり専門分野だと高校レベルは覇気がないですか?」
「なことないけど、オレの偏った専門から行くと、それ以外はチンプンカンプンです。」
わらわらと教室に戻ることもせずに生物室に向かった。
面倒この上ないので、音楽の授業に向かうときから生物の授業の1式もしっかり持参だ。
音楽室と、生物室の場所が離れすぎているというのもある。
見事に複雑なこの特別棟は時間のロスにも好都合なのだ。
しかし、専門以外はチンプンカンプンだと?
それは大学の専攻科以降の話だろうが。
いくら天才だといっても、一定レベルの高学力が無いと飛び級すら無理だろうが。
その話題は見事に右から左に流れていったので、知らぬ顔をして黙っていた。
お笑いなら確実に突っ込むところだと、2人でコンビを組んだ姿を想像してげんなりした。
「今は実験半分、3年間の総復習半分って所なんだけど、今日どっちだっけ?」
「演習問題じゃないか?」
「じゃぁ、来週実験で、その次が先生の模擬授業の練習かな。」
生物室に着くと、教卓にプリントの山が置いてあったので、本日はやはり演習問題らしい。
本日3枚つづり全7問。こう聞くと少ない気もするが、1問に掛かる時間が相当なものなのだ。
教科書などなど、引っ張り出せるものは出し、相談しあうことも許可されてはいるが、難関私立大学を模しての演習問題なので、解けるものでもない。
しかし、本日は強い味方が…と思った瞬間…
「エルリック先生は、助け舟を出さないでくださいね。」
「はーい。」
「それと、模擬授業の打ち合わせをするので、準備室に来てくださいね。」
「はーい。」
どこの小学生だよ。
とオレ達は、生物教諭と糞餓鬼に恨みがましい視線を送った。
「健闘を祈る。」
にやけ顔の糞餓鬼は席を立つと、つかつかと生物教諭の後を着いて準備室に立てこもってしまった。
そうか、かったるいのは模擬授業の打ち合わせ。
チンプンカンプンなのは、模擬授業の内容が専門外だからか。
そりゃ、教えるにあたって専門外だとやる気も何もなくなるか。
毎回毎回、これだけの難問を作り出す生物教諭に尊敬と恨みつらみその他諸々の感情を抱きつつ、目の前の紙に黒鉛をなすりつけた。
ものの30分もしないうちに、糞餓鬼は気だるそうな顔をして戻ってきた。
真っ直ぐに机に着き、黙々と問題を解きだした。
硬い黒鉛がすれる音だけが嫌に耳に付いた。
自分の問題に集中し始めた頃、紙をめくる音に思わず顔を向けてしまった。
前代未聞。
というか、開始早々1枚目が終わったらしい。
顔を戻すと、クラス全員の注目を浴びていた。
まだ、クラスの誰もが1枚目を終了していない。
無論、オレもだ。
その注目の的は、変らず黒鉛を擦らせている。
その集中に感化されてか、黒鉛の音は合唱をはじめた。
静かな教室。
いつもなら、談笑も混ざりつつなのだが、妙な緊張感が漂っていた。
オレもと、問題に集中した。
小休憩の合図と共に、ため息が教室に響いた。
「ロイ、何枚目?」
ヒューズが後から小突いてきた。
「2枚目の3問目。時間内ギリギリかな。」
「俺は、まだ2枚目の1問目。終わんねぇ。」
「なぁ、ロイ。1枚目の2問目って、これであってるんだっけ?すすまねぇの。」
わらわらと机の周りは人だかり。
糞餓鬼の様子はわからなくなってしまった。
矢継ぎ早に跳んでくる質問をかわしながら、自分の答え合わせもした。
「終わった。」
よく響くボーイソプラノ。
教室にいた全員が、声の主に視線を移した。
大きく背伸びをしながら、シャーペンの芯を収めていた。
「おまえ、もう終わったのか?」
「終わった。」
その瞬間、答えを見せろと糞餓鬼に群がっていく生徒たち。
糞餓鬼は全問正解と思われるプリントを抱えて、逃げた。
そして、オレの前に立つと、そのプリントを渡してきた。
「どういうつもりだ?」
「オレの代わりにこれを死守しろ。」
「は?」
と、オレの返答を聞かぬまま、押し付けてどこかへ駆けて行った。
糞餓鬼が何を考えているかなんて、皆目見当もつかない。
とりあえず狼の群れから羊を守れと言われた気分だ。
自分の身さえ、危うい状況だがオレも各言う狼だということを羊は知らないのだろうか。
ここまで危険視されないと、逆に手を出せなくなってしまっているのもまた現実。
羊を教科書の下にしまいこむと、見なかったことにした。
それにまわりも賛同するかのように、見てみない振りをして、おいしそうな羊の臭いにむず痒い思いをしながら続きに励んだ。
始業の合図がやけに耳に付き、それと同時に入ってくる糞餓鬼をきつく睨んだ。
こちらを見向きもせず、素晴らしき洞察力と推理で見事、羊を救出した。
「さんくす。」
笑いかける顔を見るのも腹立たしかったので、見ない振りをして問題に集中した。
終了20分前。
おもむろに、暇そうにしていた糞餓鬼が席を離れると、不釣合いにも甚だしい教卓の前に立つと、1問目からの解答を事細かに書き出した。
いつもなら、面倒な補助計算などはすっ飛ばして答えを出す糞餓鬼は、見事解説も要らないほどの模範解答以上のものを黒板に書いていった。
黒板とチョークのぶつかる軽い音は、耳障りこの上なかった。
字が汚くて、とても読めるものではない。
しかし、自分でも気づいているのか、所々で文字を書き直している。
はじめは律儀に黒板消しを使っていたが、今はもう小さな細い手のひらを使って消している。
手が汚れていくのも腹立たしく思えた。
2問目まで解答を書くと、こちらを振り向いた。
「途中のヤツも、そうじゃないヤツもこっちを向け。」
中には向かない奴もいたが、大半の奴らは糞餓鬼が黒板に回答を書き始めたときからその姿を凝視していた。
「これが、1問目と2問目の模範解答だ。3問目以降はこれから書く。解いてない問題については、プリントの裏にでも書き写して、自分が解く時に参考にするように。」
ここまで言うと、上下に重なった黒板をずらした。
1つの黒板に2問しか回答できていないのは、事細かな模範解答もあるが、身長上の理由で、3分の2より下しか書かれていないことにある。
上下された何も書かれていない黒板が埋まれば、上に行ってしまった黒板の内容が消されてしまうことにようやっと気づいたオレ達は、慌ててそれを写し取った。
ちらちらと、糞餓鬼を視界に入れては見ても、無心でただただ模範解答を綺麗な字で書こうと努力していた。
糞餓鬼の解答とほぼ同じ答えを書いていたオレは、赤ペンで注釈を入れる程度に納まっていた。
再度黒板が上下するまで、3枚目の2問目、最後の問題を解くことにした。
終了5分前、最後の回答が、見やすいようにと上に上げられた。
回答が始まる少し前に解き終わったオレは、ファーストに滑り込みセーフをもらった気分になっていた。
こちらも、見事正解。
安堵と達成感を一つ吐いて、焦心している糞餓鬼を根拠のない優越感で眺めた。
終了の合図が鳴り止んでも、いっこうに席を立つ気配がないのは、誰もが必死に板書していたからだ。
一人オレは、席を立って教室を出た。
糞餓鬼は何やら、物欲しげな幼児のような視線をこちらに向けたが、なぜか見てみぬ振りをしてしまった。
「次の教室は物理室だぞ、間に合わなかったら生物の演習問題の比じゃないぞ。」
出頭にそう叫んで生物室を後にした。
週代わりで、生物が2時間の日と物理が2時間の日がある。
今週は生物が2時間続きだった。
本日の物理は、前回の演習問題の総復習だろう。
演習問題が続くと、考査が近いという実感がわいてくる。
遠のく教室から、わらわらと片づけをする音が聞こえる。
1番手は誰かなと後ろを振り向くと、荷物を持たず立ち呆ける糞餓鬼が見えた。
それを確認すると同時に、教室からヒューズたちが走って出てきた。
誰の目にも、糞餓鬼のその姿は入っていなかったようだった。
クラス全員で小走りに物理室へ向かった。
最後の一人が席に着くと同時に始業の合図が鳴る。
息が切れているガリ勉はさておき、ひとつ見渡しても、糞餓鬼の姿は無かった。
道に迷ったか、ボイコットするか、それとも教育実習生としての何かがあるのかは知らないが、授業を受ける義務というものが基本的にないので、文句の言いようもない。
まぁ、今の時間は前回の授業を聞いていなければ面白くもなんともない授業だったりするので、放置しておくことにした。
解説とは言っても、俺には必要がない。
答えがあっている。
それ以上のことは何もないのだ。
確かに、答えはあっていても、現国や漢文、古文、あの辺の文系教科はそういうわけにはいかないが、理系教科は一つの答えにそれ以上の解説は不要に思えた。
生物同様、赤ペンで注釈を入れるだけだった。
昼休みになっても教室に戻っていなかった。
帰りがけにのぞいた生物室はもぬけの殻で、消し損ねた文字が黒板に残っているだけだった。
準備室も人気がないようで、そのまま教室に戻った。
早々と昼食を食べ終わると、女子共は相変わらず黄色い声を立てながら、更衣室に向かっていった。
こういう日は、腹ごなしと準備運動を兼ねて、好きな競技を仲間内で楽しむのが通例になっている。
「先生は?」
「さぁ。」
「職員室、のぞいてくる。」
ヒューズに言われたとか、責任感とか、多分そういう類だ。
「先に行ってるぞ。」
「ああ。」
昼飯のパンの包装をゴミ箱に突っ込むと、心なしか早足で職員室に向かった。
時間には余裕があるし、授業に間に合えば大した問題ではなかった。
職員室に着いても糞餓鬼の姿は見えなかった。
生物教諭を探すと、のんきに昼飯を口に運んでいる。
踵を返すと、オレは特別棟に走った。
物好き意外は敬遠する特別棟は、生徒の声もせず、静まり返っていた。
名前を叫んでも良かったが、こんな醜態誰にも見られたくなかった。
心は荒れていた。
向こうが先にオレを拒否したんだ。
仕方がないじゃないか。
研究対象だと?ふざけるな。
こっちは真剣そのものなんだぞ。
お前がやってきてからというもの、頭から離れない。
男同士だよ。わかってるよ。気味悪いさ。
夢の事だって、あったってなくたって知るものか。
糞餓鬼だが、おまえがいいんだよ。
お前が見据えた生意気な目も、嫌味たらしい流暢な英語も、気になって仕方がないんだ。
朝だって、本なんか読んでるなよ。
確かに、研究が1番だろうけどさ。
今は高校生やるんだろ?
普通の生徒やるんだろ?
オレにどうしろって言うんだよ。
なんであんな顔してオレを見たんだ?
オレはあいつを探した。
気が付くと、体裁そっちのけで名前を呼んでいた。
くそう、なんなんだよ。
どこにいるんだよ。
放課後、一緒にカラオケ行くんだろ?
ソプラノを笑ったことなら謝るからさ。
本気で綺麗な声だと思ったんだよ。
初日から、そうだと思ってったんだよ。
「エド!」
オレの声と、ちゃちなスリッパが触れる音だけが木霊した。
稚拙な感情がとめどなく溢れてきて、なんだかこの世にオレだけしかいない気がした。
オレしかいないちっぽけな閉鎖された空間をひたすら、あいつを探して彷徨っている。
夢の中と一緒だ。
足りないから、出会えない。
足りないから。
「何が足りないんだよ。」
オレは足を止めて思わず叫んだ。
誰も聞いてはいない。
応えるものもいない。
小さな足音に我に返った。
スリッパの音ではないその音は、教師特有のきちんと脚にはまった履物の音だった。
しかし、教師は廊下を走ったりしない。
オレは、その音を追いかけた。
近づくことも無ければ、遠くなることも無かった。
ただひたすら、音を見失うことなく追うことだけに集中した。
残念、その奥は行き止まりだ。
3年間で培われた特別棟の構造分析に、一朝一夕が敵うはずがない。
見慣れた光る金髪。
影がくっきりと床に窓を縁取っている。
それをひとつひとつ踏みしめながら、羊を追い込んだ。
「来るなよ。」
「ふざけるな、次の体育に遅れたらどうしてくれるんだよ。」
次の体育?そんなものはもう、どうだっていい。
「勝手に行けよ。」
「勝手に?優等生のオレが、お世話係を勝手に放棄できるか。」
建前。
「放って置けよ。」
「ああ、放ってたさ。だったら、なぜあんな顔を俺に向ける。」
「知らない。」
「知らないことは無いだろう。じゃあ、どうしてオレを追いかけて教室を出た。」
「知らない。」
にじり寄って、オレは小さな振るえる羊を追い込んだ。
卑怯極まりない。
糞餓鬼は小さな身体を壁に押し付け、それをすり抜けてしまいたいとばかりだ。
オレは、覆いかぶさるように囲み、逃げ道を塞いだ。
金糸がキラキラと光を纏う。
それをとても綺麗と思った。
ただただ、オレはそれを綺麗だと思ったんだ。
怯えきった震える小さい肩を、すべてを…。
「お前が先に始めたんだよ。だから、オレはそれを受け入れた。必要以上に近づくのをやめた。」
抱きしめたかった。
拒まれても、嫌がられても、抱きしめたかった。
「夢なんて、どうでもいいんだよ。オレはそんな夢想家じゃないし、いずれ忘れる。思春期特有の幻想だと思うことにしたんだ。」
触れればもろく崩れてしまいそうな小さな身体。
抱きしめてしまえばたやすく折れてしまいそう。
そうすれば、その身はオレのものになるのだろうか。
激しい情動。
「ごめん、もうしない。夢のことも忘れる。お前も忘れろ。馬鹿げた感情だ。」
違う、言いたいのはこんなことじゃない。
夢のことがなくとも、お前のことが気になるといいたかったんだ。
夢のことがなくとも…。
出会った時からやり直したい。
ただのおかしな教育実習生と、小生意気な生徒。
果たして、そうして出会ったところで、オレはコイツに惹かれただろうか。
大きく頭を振ると、不思議そうな、不安そうな琥珀がこちらを見上げていた。
「わ、すれるのか?忘れられるのか?」
琥珀が大きく見開かれる。
「キモチワルイよ。オレ男だし、あんたも男だし、でも、だから、…だから、オレどうしたらいいかわからないんだよ。」
今にも大粒の雫が降りそうだ。
「だって、あんたのことを知ったときから、気になって仕方が無かったんだよ。だから、他の研究所に研修に行くのを蹴ってここに来たんだ。」
「だったらなんで、オレを避けた。」
「ちが、う…。どうしていいかがわからなかったんだよ。」
とうとう、薄紅の頬に雫が降った。
「だって、告白されて、恐かったけど、あんたは恐くなかったんだよ。キモチワルイし、何がなんだかわかんないし、どうしたらいいんだよ。」
オレは抱きしめた。
きつく抱きしめた。
だけど、崩れ落ちることも、折れてしまうことも無かった。
躊躇いがちに回された腕が、次第にしっかりと背中に回ったとき、安堵が全身を駆け抜けた。
足りないものは何なんだろうか。
ふと頭をよぎったが、どうでもよかった。
こいつは恋を知らない15の糞餓鬼。
躊躇うのも無理はない。
どうしたら良いかがわからなければ、これから考えればいい。
まだ時間はある。
予鈴が遠くで鳴るのを聞いて、オレは、糞餓鬼の手をとって教室まで走った。
もぬけの殻だった教室に戻ると、急いで着替えた。
体育館へ向かう前にタオルを渡して顔を洗わせた。
「まだ赤いか?」
「迷子になって泣いてやがったって、言ってやるさ。」
「いや、それも困るぞ。」
「大丈夫。」
そういってやると安心した顔をされてしまった。
意地悪を言ってやるつもりだったが、なんとなく言いにくくなってしまった。
だが、言う!
「オレは困らない。」
満面の笑みで続きを言うと、スネに衝撃と脳天まで響く激痛が走った。
ふてくされた顔をこちらに向けるとふいと体育館の方向へ早足で向かった。
体育館に到着すると、なにやら不穏な空気が漂っていた。
見事本日の体育もバスケットボールらしく、糞餓鬼争奪戦が早くも行われていた。
欠席者がいるチームに入ることを主張するチームと、それは卑怯だと公平にじゃんけんをすることを他のチームは主張していた。
勝ったチームが好成績を得られるわけではないが、やはり勝ちたいというのがある。
「お、丁度良いときに来た。」
「何の喧嘩だ?」
「スーパールーキーを巡っての闘争だよ。って、どうした?目が赤いぞ。」
「ああ、こいつ、迷子になって泣いてやがってんの。」
「ははは。」
後で見てろよとばかりにすごまれたが、気にしなかった。
「で、本日はどちらのチームに入られますか?」
「うーん、前回一番負けたチーム。」
「そりゃ、公平だ。」
落胆するチームと喜ぶチーム。
出席番号順は、時に公平であり不公平であった。
前回負けたチームは、その前も負けている。
つまりは、運動が苦手なやつが見事に集合したチームになってるわけだ。
確率的にはインテリの揃う学校なので、高くはないが、それでもここまで運動音痴が集まるチームは珍しかった。
やる気が無いのは仕方がないが、成績重視のオレ達は、いくら体育とは言えども真剣勝負だった。
とはいっても、面識のないほかのクラスに入ることになるので、多少は心配したが、そんな心配は要らなかった。
授業が始まり、試合が開始されると、見事な指示をだし1回も勝ったことがないと誇張していたチームは見事初勝利を修めた。
相変わらず、ちょこまかと細い肢体をしならせ、小さい身体をもって器用に敵から身をかわす。
流石にゴール下ではトウヘンボクなチームメイトにボールを任せなければならないようだったが、それでも、
ゴール下までボールを運ぶ姿は見事に思えた。
あれで、シュートが高確率で決まっていたなら、華々しい点差で勝利を飾れただろう。
「お疲れ。」
口々に戻ってきたルーキーに賞賛の言葉をかける。
誉れ高き小さな英雄。
辺りに振りまく勝利の空気にあやかりたいと、わらわらと寄って来る。
ヒューズは英雄の頭に、さも王冠を載せる司教のようにタオルをかけた。
「体育は好きらしいな。」
「そりゃ、多少は頭の良し悪しも関係あるだろうけど、最高な身長というハンデがあるからね。」
子憎たらしく、にっと笑うと周りにいた全員で糞餓鬼をなじりたおした。
本人は何がうれしいのか始終笑顔で、それに甘んじていた。
「ロイも参加すればいいのに。」
なじりの中心が一歩下がって、見物席にきた。
「ヒューズ、高みの見物は、オレの専売特許だよ。」
呆れた顔を見せると、少しだけ不思議な顔をして笑い出した。
「ははは。そう言えばそうだった。」
あの糞餓鬼が来てからは、少しだけいつもと違った。
ああいう場面の中心にオレが居たことは無かったし、これからもないと思う。
勿論、次の時間は大半の生徒が睡魔にいざなわれ、現国の教諭が呆れ半分で大声を上げつつため息をついた。
オレは、外を見ながら欠伸を一つ。
隣では何が面白いのか、漢字の書き取りに熱中していた。
午前中の嫌な空気はもうどこへやら。
しかし、漢字の書き取りはいいが、書き順はめちゃくちゃ。
教科書のコピーに振り仮名をふってやった漢字を必死に書き写している。
汚い文字。
ミミズののた打ち回った解読不能な英文なんかよりは、よほど読めたが、それでもかわいそうなほどだ。
普段はタイプだなんて言ってはいるが、それでもちょっとしたメモなんかは手書きだろう。
哀れ同じ研究所の方々。
いや、待てよ。
研究所の全員が全員あんな暗号めいたミミズを普段から書き、読んでいるのだとしたら、とてつもなく不可解な世界のような気がしてきた。
「何、見てるんだよ。」
「いや、汚い字だと思ってさ。」
「うるせー、いいんだよ。解読できれば。」
ここで、読めればではないところは糞餓鬼らしい。
どうやら、オレの予想は的中したらしい。
掃除もたけなわに、オレ達は勇んでカラオケへ向かった。
生徒よろしく、大した金額を持ち合わせていない。
しかし、本日はパトロン付だ。
「てか、なんでオレの財布の中身を知ってるんだよ。」
「ん?印税生活してるんだろ?馬鹿でも想像つくよ。」
口々に年下の糞餓鬼にたかろうと、プライドもくそもないハイエナがたかる。
無論、オレもそのひとり。
普段キックボードの糞餓鬼は、ヒューズの自転車の後にまたがっている。
オレも仲間の自転車の荷台に座り込む。
2ケツ禁止だって?
誰がオレ達の青春滑走を止められるものか。
パトカーだって恐くない。
怒られたなら笑いながら謝って、姿が見えなくなったらまた乗ってしまえばいい。
「ウィンリィ!ごめん、ちょっと止めて。」
あれよあれよと前を走っていたヒューズの自転車から飛び降りて、これまた見事な金髪をたなびかせる少女の元へ走っていった。
「エド?どうしたの?こんな所で。」
「お前こそ、ドイツにいたんじゃないのかよ。」
「こっちに来る研修旅行があってね。宿泊費もったいないから家に帰ろうと思って。」
「そういうのって、前もって知らせないか?」
「驚かせようと思ったのよ。ちゃんとトリシャママは知ってるんだから。」
「ああ、だから昨日日付間違えて帰ったら、夕飯が無かったわけだ。」
「あはは、馬鹿じゃないの?」
聞き耳、騒ぐ心。
今まで踊り浮かれていたのが嘘のようだった。
「エド、紹介しろよ。」
「あ、ああ。こいつは幼馴染の…」
「ウィンリィ・ロックベルです。」
「こいつ、今ドイツに留学してんだけど、なんか居る。」
手に持っていた旅行鞄を軽々と振り上げると、糞餓鬼目掛けて振り下ろした。
見事いいところにあたったのか、倒れたままピクリとも動かなくなってしまった。
「もう、研究所に篭ってばかりいるから、身長だって伸びないのよ!牛乳飲めるようになったわけ?」
あ、生き返った。
「うるさい。そんな牛から搾り出された白濁汁なんて飲めるか!」
なんとなく想像した。
幼い日の彼らを。
こういう時はきっと、弟のアルフォンス君が止めに入ってなだめるのであろう。
「あれ?兄さんたち、何してるの?」
「「アル?」」
見慣れたバイクにまたがる少年が話しかけてきた。
当然、運転手はハボック青年。
それにしても、なんというタイミングだろうか。
「おかえりー。ウィンリィ。」
「ただいま。」
「お前、なにしてんだよ。」
「今からFスタで音あわせなんだけど、掃除当番で遅れそうだったから近場に居たらしいハボックさんをアッシーに。」
「どうも。」
ヘルメットを取り、にこりと笑う好青年。
「あ、話は帰ってからしよう。間に合わないよ。急いで。」
それじゃぁと、別れの挨拶も切れ切れに走っていった。
本当に兄弟だったのかと不思議に感じた。
似てないな。
オレの入る隙なんかないくらいに、2人は小突きあっていた。
傍から見れば、オレと糞餓鬼の会話もこんな様子なのだろうかと思うと、世界が隔絶されたような疎外感を感じた。
胸の辺りは今朝以上のむかつきを覚えているし、どうしたものか。
突如現れた糞餓鬼の幼馴染に、これ見事にヤキモチというものを焼いているらしい。
先日体感したので、もう慣れっこです。
意外に心狭いんだ。
笑いかける相手もだれもかれも、全てオレであって欲しかった。
足りないもの…なんだろうか。
不安になると無性に気になった。
ねくすと>>
<<ばっく
2007/06/30up
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