まあ、好きなんだろう。
好きなんだと思う。
好き…なんだろうな。

なんでもっと違う出会い方とかできなかったんだろうか。
俺が女だったら良かったのにな。
あっちが女でもいいな。
きっと美人だ。
髪だって伸ばしたら綺麗だろうな。
でも、抱きしめて欲しいからきっと俺が性別間違えたのかも。

なんだろう。
見つかった気がするのに、まだ足りない気もする。









くろねこ通信※黒猫の用心棒の続きみたいなもの※

第5回 きんねこがみつからない










「これから、カラオケ行くんだけど、一緒に行きませんか?」
遠くで呆気と嫉妬心にまみれていたオレは、思わず睨んでしまった。
本人は気づきもしていないが、無意味に焦ってしまった。
にやけ顔のヒューズの顔に一発お見舞いしてやりたくなったが、こらえてみた。
「待て、コラ。女に飢えた野獣とオレの幼馴染を一緒にできるか!」
確かに、見目麗しい少女だ。
色素の薄い金髪に白い肌、華奢な肢体。
それと違わぬ糞餓鬼も、傍目からは極上の美少女だ。
「お。先生は、幼馴染に“ほ”の字ですか?」
「ば…馬鹿言え!」
ちらっとこっちを向く。
助け舟が欲しいのそれとは違う。
勘繰るぞ。オレは、勘繰るぞ。
まぁ、いい。助け舟の一つや二つ、泥の船でよければいくらでも貸してやる。
「エド、その子の荷物持って送って来いよ。」
オレは寄りながら声をかけた。
我ながら敵に塩を送るような言動に泣けてきたが、それはそれ。
今まで培ってきたフェミニン大王は捨てきれるものではない。
「いいですよ。これ、エドには重くて持てないですから。」
と、軽々と大きなトランクを持ち上げる。
一見してそれが重いものとは思えない。
「持ってみなよ。お前だって持てやしない。」
げんなりとした顔をこちらに向ける。
試しにと、地面に置かれたトランクを持ち上げようとしたが…
「ん?」
腰に力を入れて持ち上げようとしても、持ち上がらない。
何と言う重さ…というか地面に接着されているような感覚だ。
「諦めろ。この中には工具うんたら、人の持てる重さじゃないんだよ。」
「何?エド。私が怪力みたいじゃない!」
諦めたオレの横では、次々にと鞄を持ち上げようと苦戦している。


「じゃあ、8時までには帰ってきてよね。」
「わかった。」
そう言って別れた。
8時というのは弟君が練習を終えて帰ってくる時間らしい。
軽々とトランクを持つその姿に、恐れ慄く男子高校生集団。
悲しいかな。
糞餓鬼の周りは一風変ったやつばかりだ。


「技師装具開発の研究員で、オレと同じ飛び級組みなんだよ。世界各国の大学をわたり歩いてる。」
「へぇ、」
カラオケに勤しむと部屋を借りて、1番手はヒューズが歌いだした。
「オレ、別にあいつが好きなわけじゃ、ないからな!」
小声ででも、しっかりとオレの耳には届いていた。
暗がりでよくわからないが、目を合わせないということはきっと真っ赤なのだろう。
可愛いと思う。
焦った手つきでリモコンを探し、操作し始めた。
意外と手馴れたその動きに、よく3人で来ていたりするんだろうなと思った。
「ロイ、U2とかオアシスだったらなんでも歌えるんだろ?」
「あ?大抵な。」
そう答えると、テレビ画面の右上によく歌う曲名が出てきた。
「オイコラ。」
「ははは。まぁ、うたってみやがれ。」
曲順的には次の次。
「お前は何歌うんだよ。」
「バンアパかドーピングパンダか、その辺り。」
「知らねぇよ。」
「だから、マイナーどころしか知らないんだって。」
「なぁ、先生。ビークルのラブディスコードとか歌える?」
ブロッシュが向かいの机から身を乗り出して、話しかける。
大音量の中、近距離でない限り声が届かないのだ。
「あ?歌えるけど。」
「よし、それ決定。」
ブロッシュが糞餓鬼からリモコンを奪い、目にも留まらぬ速さで曲を探し出した。


歌い終わったヒューズはさわやかな汗を振りまいている。
「この歌はオレのグレイシアへの愛の歌だと思う。名曲だ!」
などと御託を並べ立ててるが、こいつにとっては甘いラブソングは全部グレイシアへの愛の賛歌にしか聞こえないのだろう。
くそう、彼女持ちめ。
仲間内で堂々と彼女もちと言えるのはヒューズだけだ。
ブロッシュは隣のクラスのマリア・ロスにもうアタック中だが、眼中に無いと軽くあしらわれる日々が続いている。
ブラコントリンガムは彼女という概念すらないようだ。
かくいうオレも、つい最近別れたばかりだ。
そんなこんなとわらわらしていると、オレの番がまわってきた。
手近にあるマイクを取ると、異様な緊張感に包まれてしまった。
本場の流暢な英語を使う糞餓鬼の前で歌うのだ。
イントロが流れると、マイクを持った手が湿ってきているのに気が付いた。
しかし、オレは歌いきった!
「エド、どうだ。」
と、後を振り向くと、誰も居ない。
向かいでブロッシュと話しに花を咲かせていた。
曲調が変ったのに、驚いてこちらを向いた顔はあっけらかんとして、悪びれた様子は微塵もない。
「あ、ごめん。聞いてなかった。でも、うまいのな。違和感無かったぜ。」
あははと軽快に笑い、自分の番とマイクを取った。
激しいロックがスピーカーから流れている。
あの弟君がこういうのを歌うのかと思うと、不思議な気分になったが、ハボック青年といるところを生で目撃していたため、きわどい違和感だけで済んでいた。
ボーイソプラノの澄んだ声はよくあっていると思う。
シャウトなどするのかと危ぶんだが、それもなく流暢な早口な英語をこれ見事に歌いのけた。
「ロイ、エドの弟がバンドのボーカルやってるの知ってたか?」
「ああ。」
「それがさ、オレが目をつけてたバンドらしくって。」
「そんなすごいバンドなのか?」
「すごいのなんのって、この辺のインディーズ系のバンドの中ではトップクラスだぜ。」
「へぇ。」
「ボーカルの特殊な透き通る声とか、すごいんだぜ。あと、ベースの重厚な響きといい…」
「わかったわかった。」
後半部分がほとんど聞けなかった。


「あはは、弟に言ってチケット融通してもらうよ。」
「ありがとうございます。先生。」
なんと、ヒューズもトリンガムも知っていたらしい。
「有名だし。」
軽く言ってのけられて、わずかばかり落ち込んだ。


「ロイは、興味無いだろ。知らなくてあたり前だよ。インディーズだし。」
糞餓鬼はカラカラと氷で量を嵩増ししたグラスを傾けながら、首をかしげて言った。
「いや、リザも教えてくれればいいのにさ。」
「そりゃそうだ。」
「でも、そんなトップクラスのバンドにはみえなかったけどな。ライブハウス前でとかもファンが寄って…とかなかったし。」
「ああ、ファンの自主規制。前は大変だったんだぜ。」
「へぇ。」
「あんな容姿だろ?アイドル並みの人気でさ、ファンのやつら手加減しらないの。でさ、帰りがけにアルの乗ったバイクに群がって転倒事故とか起こったり。」
「へ、へぇ。」
アイドル並みについては、弟はジャ●ーズ系のアイドルで、糞餓鬼はモー●。系のアイドルに属されるのだろう。
言わないが。
いや、そこいらのアイドルなんかより可愛いし、綺麗だろ思う。
「無傷だったけどな。それとか、どこで調べたか学校まで押しかけてきたらしいぜ。で、停学処分は免れたが親にもバレて、大目玉。うちの大学の付属校に受かったら、続けても良いってことになってな。」
「で、両親公認ってわけか。」
アイドルも大変だなと、世の芸能人の悲惨さを思った。
「そうそう、教授面々に口聞いてもらって、中学の校長の推薦文出してもらって、異例の試験だよ。で、全教科満点で入学決定。という次第。」
「どれだけお前の周りには天才がそろってるんだよ。」
呆れ返るオレに、そういえばそうだなと一緒に笑った。
「それで、それは解決したんだけど、一応天才でも勉強しなくちゃなんなくてさ、暫く活動休止してたら、ファンの署名と嘆願書、反省文と誓約書が送られてきてさ。」
「で、ファンは一切不用意に近づかないと。」
「そうそう。」


オレ達は一足早くカラオケをあとにした。
エドは幼馴染のために早く帰る必要があったし、オレはちょっとした野暮用があったのだ。
財布の中から最高ランクの紙幣を取り出し、おつりは返せよと男らしく机を叩いて後にした。
オレ達の財布の中身には最低ランクの紙幣すら入っていなかったのだ。
「小遣いでたら、割り勘して返すよ。」
「いいよ。印税ウハウハ暮らしは本当だしな。」
「ウハウハって、そんなに儲かるのか?」
「そうだな。日本と英語圏、フランス語圏、ロシア語圏、ドイツ語圏で販売してるし、どれも翻訳代が掛かってないから丸々はいってくるしな。」
「へ、へぇ。」
それだけの言葉を扱えるのかと、驚き半面、人間なのだろうかと軽く突っ込んだ。


また明日と、オレ達は別れた。
小さくなる背中を、振り返らないかなと思いながら見送った。
振り返ることを知らないそれは遠くの角を曲がってしまい、それ以上見送ることができなかった。
なんとなく、切なくなって空を仰いだ。
ひとつ大きなため息をつくと、夕日の朱を纏った生暖かい空気がそれをさらっていった。
ひとつ歩いて背伸びをした。
置き勉を知らないオレの鞄はそれなりの重さで、オレの足取りを重くしている。
「バッカロイ!遅いぞ!何ちんたら歩いているんだよ!」
頭上から、耳に馴染む声が聞こえる。
コンクリートの壁の上は丁度公園になっているらしく、フェンスの内側には等間隔に植えられた樹木と、ベンチが見える。
フェンスに顔を擦り付けながら、こちらに手を振っている。
「なにしてんだ?」
「ロイに追いついてやろうと思ったら、遅いし。待ってたんだよ。」
足の先からうれしいおもいでいっぱいになった。
夕日に染まる蜂蜜色の頭はキラキラしてたり、なにより綺麗な顔をフェンスに押し付けているのでおかしなことになっている。
「また、明日。」
振り返るよりうれしいサプライズ。
オレは、気恥ずかしくなって、早足で立ち去った。
「明日な!」
遠くで聞こえる声に返事をするようにオレは大きく手を振った。
振り返らなくてもわかる、満面の笑みであいつもこちらに手を振っている。
おかしな角度を向いたカーブミラーに写っているからだ。
普通この道を車で走行するのには不自然極まりない角度。
きっと台風か何かの時に角度が変ったまま、放置されているのだろう。
今のオレにはありがたい角度だ。


「あれ?マスタングさん。」
「あ。」
既視感を感じながら、応えると3時間前とは乗車人数の変ったバイクがそこにいた。
「今送ってきたところです。どうも、うちのメンバーはボーカルに甘いらしい。」
テヘヘとヘルメットを取りながら笑いかけるその姿は、さわやか好青年のそれに見えた。
黒のタンクトップにぼろぼろのシャツを着込んで、腕には仰々しい模様の入ったリストバンドをしているし、ズボンだって、擦り切れてボロボロで、金属がチャラチャラしているが、それでも好青年に見えるのが不思議だった。
オレとしては、この手のタイプは苦手な筈なのだが、リザの彼氏という前置きを無視しても好感が持てた。
「エドも、そろそろ家に着いたころじゃないかな。」
「今日はご馳走らしいですね。」
「だろうね。」
背中にしょったギターケースに夕日が反射して目がチカチカした。
黒のレザーに鈍く反射するそれを眺めると、驚く速さで日が沈んでいくのを感じることができた。
「送っていきましょうか?」
「そうだな。リザを公園まで呼び出そうか。」
「い、いえ、そういうつもりじゃ…。」
「わかってるよ。送ってもらうお礼。」
「あ、ありがとうございます。」


先日以来、バイクに乗るのが好きになったらしく、自分で運転できないのが悔しいと思うほどだ。
沈みきってもまだ赤の余韻を残す空を仰ぎながら、負けじと赤の軌跡を残すこの乗り物を誇らしく思った。
風を切って走る。
まさにこのことだと思いながら、纏わりつく冷気を帯びだした風を、体に感じた。


公園に着くと、リザが大きく手を振っていた。
手を振る相手も、笑いかける相手もオレではないので、少々肩身の狭い思いがしたが、ここまで連れてくる口実を作ってやったのだ。感謝してもらいたい。
「オレ、ちょっと用事があるんだよ。1時間くらいリザの相手しておいてもらえる?」
「は、はい。」
「遅くなるようだったら、連絡するから。」
リザは怪訝な顔をして、こちらを覗いたが大体の察しが着いたのだろう。


公園を後にすると、閑静な住宅街のため、外灯もまばらで心許ない。
通りがてら、点滅する外灯に群がる虫に厭な嫌悪感を抱いてしまった。


「ロイさん。」
声の主はオレの継母というか、実母なのだが戸籍上はそうなっている。
一緒には暮らしていない。
父の前妻がオレの実母ということになってるのだが、その前妻は去年三行半を叩きつけ、出て行ったことになっている。
その後釜に落ち着いたのがオレの母というわけだ。
ちなみに、そのことをオレは知らないことになっていて、高校生特有の思春期風を吹きつつぞんざいに対応しなくてはならないらしい。
(世間体的には実母を追い出した不届き者ということになっているので。)
実に不安定な家族構成になっている。
父は、オレの住んでいるマンションと、継母が住んでいるマンションを行ったりきたりしている。
前妻は、出て行ったということになってはいるが、父よりは長い期間オレの住んでいるマンションで暮らしている。
書類上色々と変更されただけで、昔からこれは変っていない。
「お久しぶりです。最近父はこちらへ帰ってこられませんが、息災いかがでしょうか?」
別に、嫌いな訳じゃないんだ!
「お元気ですよ。お仕事がお忙しいのか、あちらの方が勝手がいいようですね。ロイさんこそ、お食事、キチンと取っていらっしゃいます?」
「ええ、大丈夫です。」
「たまには、食事を取りに来てくださいね。腕を振るいますから。」
薄暗い喫茶店。
珈琲の匂いが店中に満ちて、入ってきた瞬間むせてしまった。
珈琲メーカーの固い音が木霊する。
月に1度か2度、こうして会う。
義務的、事務的に健康状態などを聞かれ、学校でのことをちらほらと話すととても喜んだ。
幼い頃は、母からたくさんの話を聞いた気がした。
絵本を必要とせず、語るその姿は今思うと、母がそこの住人ではないかと思うほどだ。
「また、連絡下さい。」
そう言って笑いかけると、たいそう喜んだ。


携帯で時間を確認すると、既に1時間が経とうとしていた。
「ごめん、今3丁目の喫茶店でたところ。5分くらい遅れる。」
いいわよ。と聞きなれた声になぜか落ち着いた。


外灯を追い掛けながら、忘れかけていた記憶をたどった。
妖精の話。
森の話。
どこかで何かがつながった気がした。


このまま母を追いかけてしまおうかと思ったが、リザを送らなければならないので、そのまま真っ直ぐ帰った。


その夜もなんだかぬるい空気の中、森を一人で歩いた。
足元が不安定で、まるでぬかるみを歩いているようだった。
草が足に絡み、うまく歩けないような感覚でもある。
それでも、歩き続けた。
もう1度出会うために。


目覚めは最悪。
全身で疲労感を感じ、学校に行くのをやめようかと思ったほどだった。
6時半と、いつもと変らぬ起床時間に驚きながら背伸びをした。
母が帰っているかを玄関で確認すると、見慣れない靴が並んでいるのに気が付いた。
母の靴ではないことは確かだ。
脱いだ後に揃えたものではなく、綺麗に脱いでそのままといった風だ。
母の靴が無いので、一人分の朝食で良いなと思いつつ、どこかで見たことがある靴だと思案した。
とりあえず、着替えようと部屋に戻ると、ベッドの中で何かが動いているのが目に入った。
猫でも飼っていたかなと、寝ぼけた頭で不自然極まりないことを考えながら、布団をめくる。


なんで?


見たことのある、蜂蜜色。


どうして?


しずかに寝息を立てている。


ええええええ?


心なしかパニックに陥りつつ、平静を保つ努力はした。
寝込みを襲っていいんですか?
というか、なんでいるの?
どこから入った…鍵閉めてなかったっけ。
つか、どうして?


兎も角オレは制服に着替えた。
相変わらず、不法侵入者はすやすやと寝息を立てている。
状況を理解し、把握する前に、自分が落ち着かなくてはと、身支度を整えたはいいが、どうしたものか。
なんとなく、キッチンに向かい、2人分の食事を用意した。
起きてくる様子も無く、起こしに向かった。


「オイコラ、遅刻するぞ。」
「ん?」
「起きろって。」
「うう。」
肩を揺らしても、布団にしがみついて起きる気配もない。
可愛い。
眉間にシワを寄せて、布団に顔を擦り付ける仕草が可愛い。
コンパクトに丸くなっているのも可愛い。
………。
いかん、このままだと完全に遅刻する。
(リザを迎えに行く時間にだ。)
「起きろ。このクソチビ。」
小声でこっそりと言ってみると、耳がピクリと動き…
「誰が、豆粒ドチビでアリンコと間違えただ!表に出ろやゴルァ!」
と勢いよく、まぁ、寝起きにそれだけまくし立てられると、感心した。
「事情は後で聞くから、顔洗って着替えてこい。飯の準備はできてる。」
「お、おう。」
タオルを渡して洗面所へ押し込んだ。
ドアの横に見慣れない鞄があったので、多分糞餓鬼の荷物はその中なのだろう。


「おはようございます。」
「おはようございます。」
「あ、あのさ。」
「いいから、さっさと食え。」
問答無用で、朝飯を食わせるとサクサク片付けた。
無言無表情を貫いた。
仕方ないだろう?どんな顔をして、何を言えばいいのかわからなかったんだ。


「おは…って、なんで先生がいるの?」
「知らねぇ。」
オレの後で大きな鞄を持って小さくなっている。
訳あり万歳なのだろうが、とりあえずは、バスに乗り込むのが先決だった。
この時間は空いていて、同じ学校の生徒は全くと言っていいほどいない。


「で、理由を説明してもらおうか。」
「小1時間ほど掛かりますが…」
「纏めてくれ。」
「えっと、弟に気を利かせて学校に帰ると言ったはいいけれど、研究室の鍵を忘れたらしく入れなかったんです。」
「で、どうしてオレの家なんだ。」
「家に帰るのもあれだったので、知ってる家だったし。玄関開いてたし。」
一番後ろの座席。
糞餓鬼を挟んで座っている。
リザは何のことやらと訳がわからない様子だ。
オレもわけがわからない。
「不法侵入だな。」
「う…。」
「先生としての自覚がない。」
「う…でも、似非だし。」
「それでも。」


なんだかな、何か違うな。
こういう険悪な雰囲気に持ち込みたかったわけではないんですが…。


「席外すわ。ロイ、先生いじめないでよ。」
最前列にごそごそと移動するリザを眺めながら、ため息をついた。
隣でいつも以上に小さくなって、こちらに不安げな視線を送る糞餓鬼。
「別に、怒ってる訳じゃないんだけどさ。」
「お、オレ、誰にだってこんな、不法侵入してる訳じゃなくてさ、起きてたら相手してもらおうと思ったけど、応答無くって、でも、ドアあいたから…でも、悪気なんてほんとなくて、勉強でもしてるのかなとか思ってさ。で、ロイの部屋入ったら寝てるんだもん。つついても起きないし、俺も眠くなって…寝ちゃったりしちゃったり。」
怒涛の長台詞…。
「わかった。」
「オレ、夢見なくなっちゃったんだ。」
唐突。
「え?」
「一人で森を歩いている夢を見て以来、見てないんだ。」
「どういうことだ?」
「いままでも、そんなに頻繁に見てたわけじゃないんだけどさ。」
血の気が引いていくのを感じた。
だから、オレは独りで歩いているんだ。
なんとなくそう感じた。


その日、ただ流れるように時間を無駄にした。
考えることも何もかもが億劫になっていた。
午後になって、教師から体調が悪いのかと聞かれそのまま保健室で休むことになった。
硬いベッド、パリパリのシーツ、薄い枕。


「何が足りない?」
森を包む声にオレは心底怯えていた。
繰り返すその声は、誰かの声のようであり、誰の声でもないようだった。
暗い森。月の光も届かない、真っ暗な森。
オレは恐ろしくなって、叫んだ。
誰かの名前を叫んでいた気がする。
糞餓鬼の名前…だろうか。


「うなされてたぞ。」
目を開けると、そこには月の光に似た蜂蜜色の少年が、心配げな顔をしてこちらを覗いていた。
心が浄化されていくのを感じつつ、また新たにどす黒い何かが生まれてくるのを感じていた。
「今何時?」
「4時半。」
「ホームルームも終わってるのか。」
「校医の先生は起きるまで寝かせとけって、言ってた。」
ベッドの脇に診療用の椅子を持ってきている。
クルクルと足を軸に体を動かしている。
「また、森の夢見てたのか?」
「ああ。最近は毎日だ。」
「そうか。」
回っていた体がピタリと止まったのは、オレが抱きついたからで、本人の意思とは全く違い、勢いをつけた体は、オレのほうに倒れこむ形になった。
「ごめん、少しだけ…」
「いいよ。」
戸惑いがちの声色は、それでも肯定だったことに安堵した。
心情的にやさしく抱きしめるなんてできない状態で…どちらかというと、しがみついているという状態に近かった。
背中に回された手がやさしく撫でるのに、人の暖かさを痛感した。
胸が締め付けられて、涙がとめどなく流れてきた。
うれしくて、悲しくて、寂しくて、途方も無い色々な感情があふれ出した。
ただ、助けて欲しかった。
夢の中とはいえ、孤独で…。
月の光も何もない。
「オレ、夢の中では一緒にいないけどさ、多分オレもあんたを探してる。でも、ここじゃ、オレはここに居るよ。あんたの隣にいれるよ。」
おかしな話だ。
ここでは、これだけ近くにいるのに…言葉を交わすことも、体温を感じることもできる。
それでも、恐ろしいと、悲しいと、寂しいと、そういう感情だけがオレを支配した。
「おかしな話だな。夢になんかに囚われてるなんて…」
体をそっと離すと、糞餓鬼の目も赤くなっていた。
2人で笑った。


「オレ、こんな泣き脆くなかったんだけどな。」
綺麗なタオルを2枚拝借して、顔を洗った。
心地よい冷たさの水が、火照った目元に気持ちが良かった。
「オレも、人前で泣くなんて幼稚園以来のような気がする。」
「いんじゃね?」
「?」
「だって、オレらは運命の相手同士なんだろ?今更、何があったって切れりゃしねぇよ。」
「そうだな。」
なら、早くオレを見つけてくれ。
そんな汚い感情が押し寄せてきた。
それでも、笑う顔に笑い返した。


「あ、リザは?」
もしや教室で待っているのではないかと、血の気が引いた。
「先に帰ってって、言いに行った。」
「そりゃ、どうも。」
「いいよ。それより、帰りにゲーセン行こうぜ。1ゲームぐらいはおごってくれるだろ?」
教室に戻りがてら、自販機で紙パックのジュースを買って投げてよこした。
「サンクス。って、苺牛乳…。」
「好きだろ?苺。」
「いや、あれは苺本体を食べるからおいしいのであって、牛から搾り出した白濁汁と混ぜるなんておこがましい!」
「なんだそりゃ。」
オレは、自分用に買ったミルクティーと交換してやった。
「なんだよ、この象…」
「癖になる顔だろ?」
久々に飲んだ苺乳乳は甘ったるくて、飲めたものではなかった。
糞餓鬼は象と見つめあいながら爆笑している。
「なぁ、
こちらを何?と言いながら振り返る糞餓鬼に、キスを一つ落とした。
オレ、お前のことが好きだ。」
いつもなら、慌てふためくのだが、今回は存外落ち着いているようだ。
「知ってる。」
「そうか。」
「っていうか、好きでも無いやつにこういうことしてるなら、軽蔑の対象になるぞ。」
「それは、困る。」
「オレも、お前とこうしてるのは嫌いじゃない。」


男子学生。
これみごとにムードのかけらもないが、静かな教室はそれなりの雰囲気をかもしだしていた。


「それは、良い方向に受け止めてもいいんだろ?」
「任せる。これ以上は恥ずかしくて、言えない。」
次第に赤くなっていく顔に、またキスを一つ落とした。
窓の外では運動部員の掛け声がこだましている。
その所為か、教室内の静かさは息が詰るほどだ。
「さて、ゲーセン。行きますか。」
「お、おう。」


連れ立って歩くことにはなれた。
なんたって、こいつには気を使うということをしなくていい。
歩く早さも、いつも通りで構わないのだから。
ゆっくり歩いてやろうものなら、コンパスの違いを馬鹿にされたと思い、勇んで早足で歩いた。
そういう姿も可愛いと思う。
せせこましく隣で歩くのを見ていると、顔が緩んでくる。
「そのにやけ顔、なんとかならないのか?」
「生まれつきだよ。」
表現の仕様のない、嫌そうな、鬱陶しそうな顔をこちらに向ける。
「生まれつきそんなのだったら、幼児虐待の引き金にならなかったか?」


いつものゲームセンター。
学校帰りにそのまま来るのは久しぶりだった。
ヒューズから着信があったが、無視した。
「いいのか?」
「いいの。」
その後、ケータイは音も振動もないマナーモードで、オレ達を阻むものは何も無くなった。
制服の女子高生が相変わらずクレーンゲームにご執心で、カップルもそれに習っていた。
ここへくるまでの繁華街の道のりは険しく、遠いものだった。
糞餓鬼はスカウトされるし、逆ナンの回数も通常以上だ。
ま、見目麗しい可愛い少年と、また見目麗しいカッコイイ青年が連れ立って歩いているのだ。
誰しもが振り向きかえるのは至極当然のことなのだろう。
(別に衒っているつもりはない!)
「よし、やれ。お前の実力をとくと拝見してやろう。見られるというプレッシャーに見事打ち勝ってみろ。」
「なんだよ、嫌に上機嫌だな。」
半笑いでオレを見上げる糞餓鬼は、それでもどこかうれしそうだ。
流石のこいつでも、軽々と2Eの記録を打ち破ることができないと高をくくっていた。
聞きなれた電子音が耳に馴染む。









ああ、そうですか。
エドワード・エルリック。
よく考えなくても、2Eって、お前か。
「ど、どうした?」
14面…高速に高速を極めた落下速度を良くぞそこまで認識すると感嘆した。
しかし、またもや最高ランクをたたきつけた2Eが、目の前の糞餓鬼だということに大きくショックを受けた。
うなだれたオレに焦りつつ、誇らしげに声を掛けるこいつをどうしてやろうかと思ったが、色々と合点がついた。


「パズルゲームって、得意でさ。前に、こんなちっちゃなテトリスはやったろ?あの時も研究そっちのけで夢中になってたら教授に没収された。」
子供らしいといえば、子供らしいが、言葉が出ない。
「何時間くらいやってたんだ?」
「昼休みにはじめて、没収されたのが夜だったから、それくらい?」
そりゃ、教授も怒るわ。
でも、教授が止めていなかったら、いつまでも続けていたんだろう。
おそろしい集中力。
「だってさ、ゲームオーバーにならねんだもん。」
「あっそう。」
今のだって、後でガン見しているにも関わらず、これ見事な集中力だったのだ。
終わるなり大きく息をついたことから考えても、そうとうなものだろう。
「でもさ、集中力を養うためにはテトリスが一番とか言って、オレに薦めたのは教授だぜ、もう、なんなんだよ。なぁ?」
「お前は、集中力を養う必要性がなかったんだろう。」
「そうか…。」
こいつからすれば、世のすべての人間が注意散漫に見えるのだろうか。
改めて、こいつの“天才”に驚いた。


「オレは、これしかできねぇもん。」
「はぁ。」
「別に、運動が出来るわけでも、音楽が出来るわけでも、絵が書けるわけでもないし、与えられた研究課題をこなすことしかできない。」
「探究心がないってことか?」
「近いところがあるな。自分で、研究課題を見出すことができないんだ。」
「それって、困るのか?」
「困りはしないけどさ。結局機械みたいなもんじゃね?言われたことをただこなしていく。」
「普通の奴には到底無理なことなんだからさ、それでもすごいと思うぞ。」
「そうかな?オレは、ロイの方がすごいと思う。人としての感情とか、そういうのをきちんと持ってる。」
「お前だって。」
「違うよ。あんたと出会えたからだ。出会えたから、オレは人らしくなれた。」
流石に、オレがゲームをする気にならなかったため、早々とゲーセンを後にして、学校までの道のりをトボトボ歩くことにした。
繁華街を出てしまえば、閑静な住宅街が続き、先日も歩いたかなと、聳え立つコンクリートの壁を見上げていた。
「ウィンリィにさ、変わったって言われた。」
「へぇ。」
「人とつるんでるところはじめて見たって言われた。」
「んなこた、無いだろう?アメリカでバスケットとか、仲間でやってたろ。」
「おせっかいなおっさん達なんだよ。ユーはチャイルドなのに遊ばないとかぬかしてさ。」
「半ば強制的に?」
「楽しかったけどな。」
歩く速度は、本当にゆっくりで、きっとこの道が永遠と続けばいいと、こいつも思っていたに違いない。
夢と同じ立ち位置で、手でもつなげばそっくりそのままだった。
車道が左側なので、自然とオレが左側を歩く形になっている。


「アルはさ、すぐに自分のやりたいことを見つけたんだよ。でも、俺は見つけられなかった。だから、飛び級して、とにかく勉強して、研究員になって…、ただそれだけなんだ。」
だんだん、声が曇ってくる。
開けてはいけない箱をゆっくりと開けるような、そんな声。
「夢を見ても、さして興味が持てなかった。夢に溺れていくのが恐かったんだ。」
「うん。」



結局、オレ達はどこかでつながっていたようだ。
何がつながっていたのかは、まだハッキリとはわからないがそれでも何かに近づけた気がした。
ぐしゃぐしゃに泣いて、すっきりしたのもあったが、素直に“好き”と伝えられたことが誉に思える。
独りでも、もう恐くない?
目が覚めれば、隣にこいつはいるのだ。
何を恐がるのだ!
オレは堂々巡りの末、当たり前のことに今更気づいた。




ねくすと>>
<<ばっく
2007/08/04up

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