何たる失態。
相変わらず、泣き顔しか見せていない。
笑っている予定だったのに。
予定は未定とはよく言ったものだ。
確定されきらなかったオレ達の距離は付かず離れず、平行線をたどっている。
メールも煩雑ではないが、相変わらずだ。
また会えるような淡い期待感だけが、オレ達の関係を繋いでいた。
本当は、逃げてしまいたかった。
オレが望んだなら絶対にロイは、手を取って逃げることを選択してくれたと思う。
ここに踏ん張れなんて言えるほど、オレ達は大人じゃない。
でも、子供でもない。
だから、こうして胸を痛めるんだ。
10年、20年…なんて途方もない時間。
オレは耐えられるのだろうか。
ただ研究に身を捧げる。
ああ、気が狂いそうだ。
何が悪かったんだ?
どうして?
オレは、ただ普通に生きていたいと願うのに。
伸ばせど届かない。
教育実習が終わって研究所に戻って…、今みたいにロイがバイトに来たりして。
帰りはお好み焼きでも食べて帰ろうかとか、そんなたわいもない話をして。
たまには、暗がりの公園で、キス…なんてのもいい。
思い切り抱きついて、抱きしめられて、幸せを感じたりするんだ。
ロイが大学生になったら、バイクの後にでも乗せてもらって、海に行ったりするのもいい。
それで、やっぱりジャンの方がバイク似あうとか言って、小突かれるんだ。
試験前には思う存分邪魔してやろう。
落第すればいいと、ふざけるのもいい。
でも、あいつ頭いいからな。
少々邪魔したくらいじゃぁ、落第なんかしないんだろうな。
すべてが虚しい。
オレに待っていた未来。
オレを待っていた未来。
オレが待ち焦がれた未来。
すべてが虚しい。
ロイ…ろい…
ごめん。
くろねこ通信※黒猫の用心棒の続きみたいなもの※
第9回 くろねこのはなし
運転免許証というのは、なんとも薄っぺらいものだった。
すべての講習1発で通るし、試験も1度も落ちることなく楽勝とばかりに手に入れた。
器用貧乏だと笑った。
もちろん、手に入れたのはミッションだ。
オートマ限定じゃないのは正確に言っておかなければなるまい。
リザはセンター試験前とカリカリしていたが、それも数日前に落ち着き今は何故かうちのリビングで寝そべっている。
出来は上々らしい。
リザの実力なら、カリカリする必要性も感じられないのだがな。
何やら、家に親戚が来ているそうで、うるさくて羽伸ばしが出来ないと逃げてきた次第だ。
こいつが受験モードだったため、正月の挨拶も遠慮してろくにしていなかったのだろう。
かれこれ30分前に理由を説明され、めずらしく出していたコタツに入りみかんを食べ、そのまま寝てしまったのだ。
なんとなく、腹いせにジャンに連絡を取って家に来るようにと伝えた。
こいつがここにいることは知らせてないので、お互いに驚けばいい。
ささやかな嫌がらせと、遅ればせながらのクリスマスプレゼント兼お年玉だ。
10分少々で付くと言っていたので、とりあえず正月怠けで散らかっていたものを片付けた。
なにせ、母はお得意さんとハワイでバカンス中だ。
正月前後は日本人で溢れ帰り楽しめたものじゃないと、正月からずれての旅行だ。
まだ2〜3日は帰ってこない。
かるくモップをかけると、コートを羽織った。
丁度いいタイミングで、インターンホンが鳴る。
新年の挨拶を簡単に済ませ、エントランスの自動ドアを開けた。
さてと。と、ポケットに財布と携帯を入れて、オレは部屋を出た。
エレベーター前で会い、向こうは驚いている様子だった。
「ちょっとでてくる。部屋のは好きにしていいよ。出かけるんだったら、鍵閉めて。あとはよろしく。」
有無を言わさぬ早口で、手で押さえていたエレベーターに乗り込み唖然とするジャンを閉まるドアから眺めた。
クリスマスライブは大いに盛り上がっていた。
チケットが取れなかったという輩も多く、店外で漏れる音に盛り上がっていたそうだ。
店のオーナーが再三注意しても解散せず、終いにはアルフォンスくんが自ら出向いて、解散するようにお願いしたそうだ。
そいつらのためだけに後日ライブが行われるらしく、整理券としてアルフォンス君が手書きで書いた紙切れは今や、通常のチケットの10倍の値に膨れ上がっているらしい。
それを聞いた彼は、肩をすくめて困ったように笑っていた。
オーナーも困った顔を見せ、同じようにして笑っていた。
クリスマスライブのチケットも前売り1時間で完売し、驚くほどの高値で飛び回っていた。
ここ2ヶ月、彼らの出演は単独ライブだけになっていた。
もちろん前座ありだが、合同ライブという形ではない。
純粋に“F_α”のライブを見に来る客のみになっていた。
マイナー雑誌の取材の件数は大いに増えていた。
パンフレット程度のライブのタイムテーブルにはでかでかと写真が飾られている。
まだアルフォンス君が、義務教育中という事もあり、顔が判別できるものではないが、それでもその号のタイムテーブルは瞬く間に無くなった。
ライブハウス自体も、いつものところだけではなく休みに入るやいなや、日帰りできる範囲を飛び回っていた。
ひっぱりだこよろしくだ。
そんな渦中、リザは必死に受験勉強モード、ジャンはライブ三昧。
見事に年末から合わずじまいだったようだ。
リザはリザで、オレがライブに出向いた時には決まって、ジャンの様子を聞いてきたし、また逆も然りだ。
ケータイ電話を持っているのだから、お互い連絡を取ればいいものを、無意味な遠慮をしているようだった。
難なく受験は終わり、残るは春先の2次試験のみになる。
どうやら2次試験は小論文や面接、専攻科目の試験のみになるので、この時ばかりはと羽を伸ばしている。
来週になれば、受験モードに再突入するのだろう。
バイトも今日は無く、1日フラフラとするしかない事態に陥っている。
大学に入れば半年の一般教養が終わればすぐさま専門課程に突入する。
持ち上がり組み以外は2年の一般教養が待っているが、持ち上がり組みは2学期から既に大学の一般教養の授業が始まっているといっても過言ではない。
専門課程に早々と入れるという事もあり、高校からこの学園を志願する割合は高い。
各言うオレもそうだからな。
それでも、卒業までの期間は授業という授業もさしてなく、一部は受験モード、一部はのんびりモードと、見事きっちり分かれていた。
この時期に車の免許を取るなどするのが定石らしく、クラスの大半は免許を取ろうとする真っ最中だった。
オレとしては既に取ってしまっているので、暇この上ないのである。
バイトと言えば、エド専用の部屋は見事に研究室に変わってしまった。
教授面々も苦渋の選択だったらしいが、空き部屋をそのまま何もせずに放置しておくほど、部屋割りに余裕があったわけではなかったらしい。
はじめは割り当てられた研究員も神妙な面持ちで、出入りしていたが今ではそこの主はその研究員だとして、落ち着いている。
その部屋からはがされた『エド専用』はオレの部屋で、あいつのホットラインのアドレスの横に貼ってある。
メールも相変わらずだがしている。
もう少しは院生らしいので、規制がゆるいらしい。
本格的な研究に入る前で準備などで忙しいらしいが、それでも一応人間としてそれなりなまともな生活を送れているらしい。
向こうでは雪が酷いらしく、下手をしたら研究所から出られない、停電して研究にならない、家から出ることが出来ないなど、自然災害に戸惑っているようだ。
年末年始、休暇というか冬休みに突入したわけだが、運悪く暴雪のため、飛行機は3日飛ぶことかなわず、なんとか天候が良くなった時には休暇が終わっていたとのこと。
ありえないと愚痴をこぼしてはいたが、寂しいとは一言も言わなかった。
一足早く帰ってきたウィンリィちゃんは、大笑いしながらアルフォンス君を叩いていた。
この二人の関係は不思議とオレとリザの関係と同じように思えた。
幼馴染という共通点があるからだろうか。
二人は付き合っているのかと、茶化される場面は多々あったが、どちらも「そうだ」とも「違う」とも言わなかった。
既視感を感じたが、このふたりの行く末はなんとなく見届けてみたくなった。
オレとリザのように恒久の親友とも呼べる存在になるのか、オレ達が適わなかった恋人同士という関係になるのか。
無性にあいつに会いたくなることはなくなっていた。
会いたくない訳ではないが、一応はさよならをした間柄だ。
どこかで踏ん切りがついているのかもしれない。
と、いうのは建前で、努めてそう思わないようにしていた。
いつだったか、ヒューズが彼女を作ろうとしなのかと聞いてきた。
別に特にとして言い訳も思いつかず、ただ漫然と答えた記憶がある。
あいつはオレにとって何なのかと言う奇妙な考えを持ってしまったが最後、極論理数系に属するオレ頭は、見事に不可思議な難解な疑念を持ってしまったのだ。
まず、男同士だ。結婚も出来やしない。
ましてや、子作りなんて出来るはずも無く、生産性の“せ”の字もない。
オレは兎も角、あいつの遺伝子を残せないという事の危機感の方が大きかった。
一生添い遂げようとか、永遠の伴侶とか、そんなことを思ってもいない。
現状、心変わりの予定はないが、予定は未定。
どこぞの馬の骨にお互いフラフラ付いていくかもしれない。
10年…それ以上なんて、長すぎる。
友達以上のままでいることがオレにとっても、あいつにとっても良いことのように思えてきていた。
ぐだぐだと堂々巡り的結果の出ないことを考えつつ、気づいたらいつものゲームセンターに足が向かっていた。
相いも変わらず、時間さえあればここに来て頭脳遊戯を楽しんでいる。
もちろん、“2E”を倒すべくだが、逸脱した記録のため、これまた相変わらず自己ベストを更新するのみだ。
精神統一を基本とする集中合戦だ。
落ちてくる幾何学を積み上げる単純明快のゲームに、ここまで熱心にする奴も居ず、いつも待つことなくゲーム台に陣取ることが出来る。
最新機種は見事長蛇の列及び、野次馬がたかっている。
シューティングゲームなんぞに興味は無く、通りにくいなと思いながらすり抜けた。
一昔前なら、オレも野次馬の餌食になっただろうが、時代の変化と進化によって廃れたオレの愛用のゲーム台は、見事にその場から撤去されていた…
…
撤去?
はい?
オレはぐるりと同じ機種の並ぶ周辺を見て回った。
2周…3周…。
いつもの場所には、ファイティングゲームなるものが設置されており、どこにもその存在を見つけることが出来なかった。
ショックで立ち尽くしたことは言うまでもない。
特にゲームに興じるわけでもなく、近くにあった椅子に座り込んだ。
追い越す前に、土俵から消え去ってしまった。
店員に聞いてみても良かったが、そうする気力も無く、オレはゲーセンを出た。
野次馬のたかるシューティングゲームの横を通る時、思い切りこけそうになって顰蹙をかった。
気合とやる気とが一気に無くなり、ただ漠然とした虚脱感だけが全身を覆っていた。
最終的に足が向かうのは、研究室らしく気が付いたら玄関の前にいた。
入ろうかどうしようか悩んでいると、声を掛けられ、大笑いと共に応接間に招かれた。
今や勝手知ったる研究室。
いつもの音と共にコーヒーの匂いが部屋に立ち込めた。
大きく香り、吐き出すとそれなりに落ち着いてきた。
「また、今日は見事に消沈しているね。」
「そんな…ことはないです。」
何もかもを見透かしているその顔は、出会った時から今も変わらず勝ち目がないと悟らせる。
「今日は、休みのはずじゃなかったかい?」
「やることもないので…、自然と足が向かった場所がここだったんです。」
今は慣れた大笑いに、苦笑いしか返せなかった。
オレ専用のマグカップに珈琲が注がれて、手渡された。
いい匂いがする。
素人目にもとても上等な珈琲だ。
喫茶店でも開いたら、さぞ繁盛するだろうと言われても、この安月給の研究がたまらなく好きだと彼は言う。
その時は、痛切にこれから目指す職業がそういったものになればいいと、願った。
「そうそう、エドから論文が送られてきたよ。」
「卒業論文?」
「そうなるね。本を出すように書いていたものを、纏めたやつのようだ。」
「そうなんですか。」
「君も読むかい?彼の論文はとても理解しやすい。」
乱雑に詰れた研究資料と論文を思い出した。
きっとあれを完成させたのだろうと思いながら、肯定することをしなかったオレに手渡された。
「コピーだから、持って帰ってもいいよ。ただし、春までは門外不出だからね。」
彼はそう付け加えると、続きをするかと背伸びをして出て行った。
残されたオレは、珈琲と糞餓鬼の卒論を見ながら一つ大きく息を吐いた。
あいつ独特のミミズののたくったような字は無く、綺麗簡素なワープロ文字が羅列されていた。
わかりやすいとは言ってはいたが、この世界をかじりもしないオレにとっては至極退屈なもので、半分を読み終えるまでに何度睡魔をなぎ払ったかわからないほどだ。
それでも、理解しやすいのはわかる。
半分を読み終えたオレは、なんとなくだがミトコンドリアに興味が沸いていた。
図解説明のタイミングも、位置も的確で、印税ウハウハ生活が納得できた。
冷めた珈琲を一気に胃に流し入れると、かすかな刺激を感じ、今自分が空腹なのだと気が付いた。
時間を見ると10時過ぎ。
驚いた。
6時間以上もこうして読んでいたことになる。
「驚いた。まだいたんだ。」
「夢中になっていたようで。」
「面白いだろ。彼の論文は。」
「はい。」
その日は、あいつからの返信を待たずしてメールを送った。
そうすると、驚くべき速さで返信された。
と、思ったら、反応的に違うので、前のメールの返信のようだった。
すぐさま次のメールが受信される。
『捨てろ。もしくは燃やせ。ようmな。』
きっと最後のは“読むな”なんだろう。
『イヤだよ。やっと面白くなってきたところなんだ。』
送信。
受信。
『あれだけ、ロイには見せるなって書いておいたのに!』
『残念だったな。』
送信。
しばしの沈黙。
受信。
『なあ、夢ってまだ見れてるか?』
『いや。見てない。』
送信。
受信。
『昨日、不思議な夢見たんだよ。』
『どんな?』
送信。
再度の沈黙。
受信。
『オレの手足が機械鎧になった夢。ここではないどこかで、オレは何かに苦しんでるんだ。』
『機械鎧の手は右手か?』
送信。
受信。
『そうだよ。』
『だから、オレはお前の左手を掴むんだな。』
送信。
何かがつながりかけていた。
もう少しで、あの夢へとたどり着けそうだった。
受信。
『多分』
受信
『ごめん、呼ばれた。』
返信できなかった返事の内容。
『あの夢は、本当は誰の夢なんだ?』
付かず離れず。
でも、今、確かにオレ達は時間を共有していた。
夢が見れていない事実は拭い去れなくて、あいつの見た不思議な夢が気になった。
機械鎧と言えば、最高峰の義肢装具だ。
感覚がないだけで、生身の手足のように自由自在に動かすことが出来る。
厳つい名前も、元は軍事開発された義肢装具だからというだけだ。
確か、ウィンリィちゃんは義肢装具を専門にしていたように覚えている。
それでも、あいつは5体満足だ。
不思議とその日からオレはまた夢を見た。
ゆっくりと、森の中を歩く。
ただ一人で。
いつもと違うのは、オレを責め立てていた。
誰の声なのかもわからない。何を言っているのかもわからなかった。
声なのかすらも怪しい。
ただの嗚咽のようにも聞こえる。
懺悔のようにも聞こえる。
それから、逃げることもせず、耳を塞ぐこともせず、ただただ静かに暗い森を歩いた。
少しずつ、何かが変わっていく。
微々たる変化だが、確実にオレ達を巻き込んで、運命という大きな歯車が回っているような感覚で目を覚ました。
単調に過ぎる毎日の中で、それでもオレはパスポートを取り、糞餓鬼に会いに行く準備をした。
もちろん、あいつの研究論文もちょっとづつだが、読み解いている。
なにせ専門用語ばかりなので、そのての辞書とにらめっこしながらでないと、読めやしないのだ。
卒業間近は式の練習だのなんだのと、結局ほぼ毎日のように登校させられる。
その前にと、オレは予定を組んだ。
あいつの予定なんか知ったことではないが、宿泊先に困るといけないので極秘にウィンリィちゃんと連絡を取った。
向こうも色々と準備があるという事で、日付指定がされたがさして問題のある日程ではなかったため、二つ返事を返した。
どうやら合鍵というものを持っているらしく、それを貸してくれるという事だ。
と、言っているうちにパスポートが届き、明日から国外逃亡との運びとなる。
研究所の皆さんにはキチンと報告してあるので、見事土産というか大量に持たされた。
検査に引っかかるのではないかと思うものから、よくわからないものまで様々だ。
当日、空港までの道のりは険しいものだった。
予定2泊3日のはずなのに、トランク(それも特大)に山のように荷物が入っている。
それプラスオレの荷物は修学旅行用的なカバンに細々と入っている。
余白がある分、なんとなく惨めな気分だ。
リザには一人旅に出ると言ってはおいたが、きっとどこに行くかはわかってるだろう。
帰りはトランクの中身が空になることを祈りつつ、検査に趣いた。
研究所の人から、空港の人に渡すようにと書類を一式渡され、それを見せるとほぼ素通りだった。
(中身を検めたので、それでも30分はかかった!)
私物用は他の乗客と同じでX線検査など適度に済まされた。
どうやら、トランクの中身はX線を通してはいけないものでもあったらしい。
飛行機の中ではどうも落ち着かず、眠ることもできず、付いた時には時差に悩まされるのかと落ち込んだ。
「お久しぶりです。」
空港に着くと、手はず通りウィンリィちゃんが待っていてくれていた。
お互い辞令的な挨拶を済ませ、早速とばかりにアパルトメントへ向かった。
あまりこっちには帰ってこないという愚痴を聞きつつ、この2泊3日で本当に会えるのだろうかと不安になった。
「大丈夫ですよ。今日は帰ってくるって言ってましたし。」
不安を察知したか、笑いかけられた。
こう見ると、本当にかわいらしい子だ。
「アルは、元気です?」
「元気みたいだね。大いに短縮授業を満喫しているようだよ。」
「そうなんですね。」
「そうだ。これ。MDで悪いんだケドって渡して欲しいって預かってたんだよ。」
カバンからゴソゴソと、そっけなくカバーに入っただけの何も書かれていないMDを手渡した。
「MD?」
「春先にインディーズでCDを出すかもしれないらしいんだ。」
「そうなんですね。」
「試作品というか、1番はじめのデモテープのコピーらしい。」
「ありがとうございます。ここのところ、帰ることすら、連絡もキチンとしてなかったから。」
今から聞くか?とプレーヤーを出そうとしたが、断られた。
「帰ってから、聞きます。」
と、大事そうにカバンにしまった。
そういう横顔に、なんとも幸せな気分になった。
付いた先は、なんとも普通だった。
彼女の隣の部屋があいつの部屋だということで、お互い合鍵を持って出入りしているらしい。
「ご飯は順番だったんですけどね。」
と笑って、最近は自分ばかりが作らされていると愚痴をこぼした。
部屋に入ると、何も無いに等しかった。
文献が散らかっているだけで、生活感があまり…いや、全く無かった。
ウィンリィちゃんはこれから、講義があると出かけて行った。
無い時間の中で、色々としてくれた彼女にお礼を言うと、驚かれた。
「どちらかというと、エドのためかな?」
そう言い残した彼女に、不思議と落ち着いた。
とりあえずと、オレは文献を整理した。
研究所でのあの格闘の日々が役に立った。
バラバラな論文を一纏めにしていく。
どうみても、なにかの法則があってのちらかりには見えなかった。
出かけざまに、書類の群れをバラしてそのままといったようだ。
片付け終わると、パソコンが付いたままだったようなので、なんとなくマウスを動かし、起こしてみた。
すると、メールボックスが一番に出てきた。
ダイレクトメールなどはなく、見事受信ボックスはオレの送ったメールしかなかった。
オレの名前部分には“くろねこ”と表示されていた。
懐かしい思いでいっぱいになる。
そういえばそんな会話もしたなと、あの日のことを思い出した。
運命共同体とか、勝手なことを思っていた気がする。
勝てやしなかった。
胃が空腹だと訴え始めていたので、来る途中に見たスーパーと思われるところに行くことにした。
行って帰る間、ポケットにつっこんだ合鍵が、なぜだか誇らしげだった。
さてとと、あいつの好物をつくった。
勿論シチュー。
日が暮れる頃には部屋中がシチューの匂いでいっぱいになった。
しかし、こうも何も揃っていないことが不便だと感じたことはない。
鍋はパスタ鍋だし、包丁は見事に果物ナイフオンリーだった。
よくもまぁ、作ったと自分を褒めたくなった。
基本、ウィンリィちゃんの部屋で食事をしてるのだろうと思った次第だ。
「ただいまー、ってこっちで食うのか?」
と帰ってくる糞餓鬼。
それと目が合うオレ。
「おかえり。」
「…、よくシチューなんて作れたな。何も道具が無かったろ。」
「人間やれば、できるもんなんだよ。」
「へぇ。」
コートを脱いで無造作にベッドに投げつけた。
冷たいと言いながら、手を洗ってうがいをする。
「な、なんで…いるんだよ。」
水の流れる音が、ひどく耳に付く。
「会いたかったから。」
「さよならしたじゃん。」
「中途半端だったからな。」
小さい背中。
それでも、少しは伸びているように思う。
水道を止めて、しつこいぐらいにタオルで手を拭いている。
「オレも、会い…たかった。」
顔は見なくてもわかる。
喜んでいて、それでいて悲しそうな、複雑な顔をしているんだろう。
後から抱きしめると、相変わらずすっぽりと納まった。
冷えた体にオレの熱が奪われる。
そして、二人同じ体温になるまでずっとこうしていた。
わかってはいたことだが、見事に糞餓鬼の腹の虫で気分は台無し。
「ごめんって。」
「いいから、食べろ。」
この会話を何度と無く繰り返す。
おいしいと言いながらほおばる。
母にまたシチュー?と嫌味を言われた甲斐があったというものだ。
きっと最初で最後だ。
こいつにシチューを食べさせるのは。
不思議な感覚だった。
バターを焦がさないようにスプーンで混ぜながら小麦粉を入れた。
牛乳を少しずつ入れながらそれを伸ばした。
野菜を切った。
その間もずっと感じていた不思議な感覚。
ありえはしないような、夢のようなふわふわとした感覚。
「テトリスのゲーム機が撤去されたんだよ。」
「ん?」
「お前の記録を塗り替える前にだ。」
「残念だったな。」
「そうだよ。残念だった。」
「こっちに来て、ゲーセンなんて行ってないな。」
「忙しいみたいだな。」
「まあな。」
「今は落ち着いたかな。卒論送ったし、後はもう研究一直線だ。」
「あと3分の1残ってる。」
「は?マジで読んでんの?わかんねぇだろ?」
「辞書借りて読んでるよ。」
「へぇ。」
「割りにわかりやすいな。」
「言葉や説明が稚拙だってだけだろ?」
「そうは思えなかったがな。」
なんとなく繰り返される会話。
終わりが見えているだけ、なんというか物悲しさだけが支配しているように思える。
「夢、あれからまだみるのか?」
「ああ、メールの…。見るよ。最近はいやにはっきり見る。」
「そうか。」
「ロイは?」
「いつもとは違ってるんだよ。独りで歩いてるんだけどな。森が暗いというか、他の誰かもいるんだよ。」
「オレじゃなくて?」
「違うと思う。知らない誰か大勢に、責め立てられるような、そんな感じ。」
「へぇ。」
「オレのは、森の夢じゃないんだよ。なんだかな、もっと現実に近い。」
「でも、お前なんだろ?」
「そうだとは思うけど、こう、身長が今よりもちっさい…。」
「言いながら自己嫌悪にかかるな。」
「ああ、わかってはいるんだけどな。どうも…。」
会話が切れ切れなのはしょうがないような気がする。
本当はこんなところへオレは来る予定はこいつの中に無かったし、オレとしても妙な感覚の中にいたしな。
先に使えとシャワールームに追い立てられて、戻ったら客用のマットレスがベッドの横に置いてあった。
アパルトメントを決めた後、手続きやなにやらの関係で母親が泊まっていた時に使っていたものらしい。
よく考えてみると、15歳。
未成年もいいところなのだ。
いやに戻ってくるのが遅いと思えば、シャワールームの中でしゃくり上げていた。
名前を呼ぶと、ごめんとだけ返ってきた。
「ごめん。」
「お前は、誰の夢を見てるんだ?」
「わからないけど、もしかしたら夢の中のオレがグリードさん達を殺したのかもしれない。」
コトの仔細はこうだ。
爆弾を作り、解体することを職業としてる夢の中のこいつは、右腕と左足が機械鎧らしい。
どうしてなのかはわからないが、「テルスの業火」の英雄になってしまったと笑いながら泣いているらしい。
自分が作った爆弾。
気になって調べたら、極秘事項の「テルスの業火」の爆弾の特徴と夢の中での爆弾の特徴がほぼ一致したらしい。
「気持ちが悪い。」
「この夢は、オレ達の夢じゃないという事だけははっきりしたな。」
「どういう?」
「オレ達が見ている夢は、お前で言う、遺伝子の共鳴原理が起こしてるんだよ。」
「はぁ。」
「ある程度までに近似した遺伝子同士が共鳴しあっている。それによって、飽和した向こう側の思念がだだ漏れなんだと思う。」
「なんとも、素人理論ありがとう。」
「素人だよ。」
「でも、近いところはあるかもしれないな。もし、夢の中のオレが本当に居たらの話だがな。」
「居るさ。じゃないと、つじつまが合わない。」
「でもさ、夢自体は物心付いた時からお互い見てるんだぜ?」
「夢の中のオレ達の生まれ変わりがオレ達だったりして。」
笑った。
大笑いした。
そんなこと、あるわけない。
非科学的よろしくだ。
この世に解明できないことは山のようにあるのだろうが、あまりにもだ。
幽霊や、UFO、ネッシーなんかと同じレベルのような気がする。
第一、同じ時間に生まれ変わりが居るなんて面白すぎる。
「いや、でも生まれ変わりという事象が実際にあるのなら、時間云々の話は問題にもならない。」
「はい?」
「例えば、精神世界の時間を∞とする。オレ達のいるところを±0とすると未来が+過去が−となる。」
「そう考えればだがな。」
「精神世界に時間軸なんて関係ないだろ?そこには無秩序にちらばった個々の精神が他と交わったり発生したり消滅したりしてるんだから。」
「それはお前だけの理論だろ。」
「勿論!」
目が輝く。
こいつは、こんな顔をして研究に励んでいるんだろうか?
「融合精神体とでも言ったらいいか。」
「今名前付けたな。」
「名前を付けるのは学者の十八番なんだよ。」
「そこから生命体として発生するのに、精神世界における時間空間に無限につながるなかで、たまたま、ここを拠点として些細な時間の交差しか生まれなかったとするとだ、同じ時間軸に同一精神体が存在してもおかしくはない。」
自分で言いながら納得する。
オレはいなくてもいいのではないかと思うほどだが、自己主張しないわけにはいかない。
「そういわれるとそうだな。」
「だろ?つまりは、オレ等の生まれ変わりが、100年前にいたとしてもおかしくはないんだよ。」
「極論そうなるが、精神世界云々というところから解明ができない辺りが笑えないか?」
「そうだよ。おもしろい。」
「遺伝子の大半は親から受けるがれるものだが、精神は一体どこから来る?それが個体差を生む切っ掛けになる?遺伝情報のどこに精神が含まれる?デオキシリボ核酸にそんな情報は入っていない。ということはだ。精神は別の形としてまだ認識されていないだけで、オレ達の体に存在する。」
「オカルトじみていないか?」
「オカルトも紙一重だからな。」
「証明できないものがオカルトだと?」
「そうだよ。いずれは解明される。謎は多く、人としての時間は少ない。」
まったくもって、いつものオレ達の会話になる。
きっと、こういう会話の日々がずっと続いていく予定だったんだろう。
だから、おれは、今、この瞬間を、とても、とても、愛おしいと、感じたんだ。
それにしても、色気がない。
もうちょっと辛気臭く、お別れ気分を堪能できるかと思いきや、そうもいかず、結局一晩中しょうもない水掛け論を素人カブレにぶつけ合った限りだ。
気づけば夜中の3時で、時差ぼけよろしくくらくらの中二人でベッドに倒れこんだ。
明日は久々の休みらしい。
だから、ウィンリィちゃんはこの日をゴリ押ししたのかと、納得した。
静かな深い眠り。
森の中を彷徨い歩く。
もうひとりのオレの見る夢なのだろうか。
意外と複雑を極めた、運命共同体のオレ達は、明日で本当に最後なのだと、手をしっかりつないで眠った。
ねくすと>>
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2008/01/05up
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