オレはどうしてここにいるんだろう。

オレは何でここにいるんだろう。

誰かオレを見つけてくれないかな。

オレはそれまで夢を見るんだ。

甘い砂糖菓子の夢を…








MILK 〜観用少女 プランツドール〜

1杯目 逢瀬










店の主人は怪訝そうな顔をしている。
ここに通ってもう1週間。
私は、どうしても、プランツドールを手に入れたかった。


事の仔細は1週間前。
「お前さ、恋人とか作らないんなら、はっきり言えばいいんだよ。」
軍の休憩室でオレは腕や頭に薬を塗り、包帯を巻いた。
「作らないって訳じゃないんだが…」
「じゃあ、曖昧な態度とかやめろよ。今月に入って何度目だ?」
1時間前、痴情もつれというか、相手が勝手に恋人だと勘違いしていたのだが、珈琲を頭からかけられたのだ。
淹れたての、熱々の珈琲は、おおいに火傷するには好都合だった。
「私は食事をするだけだ。誘われたら文句を言わずに付き合ってやっているだけだ。」
「それがいけないんだ!」
がたんと大きな音を立てて、ヒューズは薬を救急箱の中に戻した。
「なぁ、ロイ。お前だけならいいが、中尉とかかわいそうだろ?この間なんか、剃刀入りの手紙が来たとか言ってたぜ。」
「なんだ?それは!」
「聞いてなかった?あちゃぁ。」
ヒューズは目線を彼方に向けながら、頭を掻いた。
「私は一つも聞いていない。」
「にしてもだ。お前、いい加減改めろ。」
なだめるような仕草で、私を落ち着かせる。
十分に落ち着いている。
「わかった。わかった。誘われたものに対して、断れば良いんだろ?」
ヒューズがにやりとたくらんだ顔をする。
「お前に良い店を紹介してやろう。」


そういって訪れたのがこの店。
今にも動き出しそうな人形が目を閉じて座っている。
いや、人形には見えない。


「いらっしゃいませ」
そう言う店主をよそに、ヒューズはずかずかと入っていく。
「選べ。」
「は?」
オレは事情が読み込めない。
「人形なんか買ったって、仕方がないだろう。」
「お前、知らないのか?」
「何をだ。」
「プランツドール。」


以下ヒューズの微妙な説明を要約したもの↓

"名人"の称号を持つ職人たちが丹精込めて作り上げた「生きる人形。」長髪の幼女の姿をしており、眠りながら持ち主に出会えるのを待っている。
寿命は環境次第で変わる。何十年も変わらない状態でいることも可能である。
主食はミルク。日に三度与える。飲み終わると極上の笑顔を見せるのが特徴。砂糖菓子を週に一度与えるとよい。
持ち主の愛情も重要な栄養で、不足するとミルクを飲まなくなり、徐々に質感などを損ない最後には「枯れて」しまう。
波長の合う者に出会うと目を覚ます。一度目覚めたらその者以外に目を向けなくなってしまうので、引き取らないと「枯れて」しまう。もう一度眠らせることは可能だが、メンテナンスを必要とする。
目覚めれば自立歩行が可能である。トイレ・着替え・入浴も自分でできる。
言葉は基本的に話さないが、環境次第で覚えさせることは可能である。
ミルクや砂糖菓子以外のものを与えると変質し「育って」しまう。
取り扱っているのは街で一店舗のみ。チャイナ服の男性の店員が客達を迎える。
手に入れるには、目玉が飛び出るほどの大金を必要とする。
返品・下取りは可能だが、価格は買った金額より格段に低くなってしまう。


そんなわけで、私はこうして人形を選んでいるわけだ。
にしても、誰一人としてこう、目を開けてくれるとか、そういうものがいない。
皆、それぞれ美しいし、可愛かった。
「お客様、相性というものがございます。」
店の奥で、カーテンの陰に隠れた1体の人形が見える。
この位置から、片足だけしか見えないのが不思議だったが、惹かれるものを感じた。
「なぁ、店主。あの店の奥にいるのを見せてもらえるかい?」
「ああ、それは本日下取りしてきたものでございます。メンテナンスを要するもので…お客様?」
わたしは店の奥へと向かった。


長さの揃わない金色の髪を無造作におろしているその人形は、他の人形と比べると美しいとはいえなかった。
どこかしらと傷も作っている。
こうみると、本物の人間のようだ。
しかし、一番目に付くのは…
「店主、どうしてこの人形は右腕と、左足がないんだ?」
主人のほうを振り向くと、バツの悪そうな顔をしている。
「下取りをしてきたといいますか、自主的に回収させていただいたといいますか、…」
口を濁している。
「私はこれをもらう。」
あ、言ってしまった。
何言ってんだ?
「ですが…、」
「メンテナンスとやらが終わったら、すぐに引き取りに来る。」
「あの…、」
「値段とやらも、定価で構わない。いい、腕と足をつけてやってくれ。」
これが相性とか言うものだろうか。
一目で?この人形の境遇も含めて、私は購入することに決めた。
人形を振り返ると、うっすらと目を開けている。
先ほどまでは目を閉じていたのにと、近寄ってみる。
金の睫毛が目元をより際立たせている。
薄く開いたその目は何を見ているのかはわからなかったが、月色の瞳がのぞいていた。
綺麗な色だと、見とれた。
「あの、…。」
「なんだ?」
「この人形は、少年です。」
「は?」
「ですから、性別が男なのですよ。」
「はい?」
振り向き見直す。
目がまた開いている。
徐々に開いていく。
月色の瞳が大きく、のぞく。
「彼は、観用少年なんです。」
そして、彼は大きな月色の瞳を三日月形にして、私に微笑みかけた。


事情はこうだ。
世にも珍しいオーダーメイドの彼は、少年趣味の有閑マダムに飼われていたらしい。
しかし、その有閑マダムが酷い扱いをするので、見かねた店主が下取りを…回収を決めたとの事。
「ですから、彼でよろしいのですか?」
私は大いに迷った。
彼では不都合が多すぎる。
でも、目を開けたただ一人の人形であることは、間違いなかった。
彼は奥で私たちの会話を見ている。
「仕方ないですかね?目を開けたのは彼だけだし。」
「わかりました。」
そう言って店主はサラサラと何かを書き出した。
「これでお売りするのはどうでしょう。勿論、洋服数点、数週間分のミルク、砂糖菓子を付けます。」
目が点になるような値段ではあったが、それでも他の人形より格段に安い。
「それで。」
「では、また後日。ご連絡いたします。」
私は彼の前に立ち、笑いかけた。
大きな月色の瞳が、綺麗な弧を描いて閉じた。
壊れそうな彼の頭を静に撫でた。
髪を梳くと、なんとも言えない甘い香りが鼻腔をかすった。


メンテナンスとやらが終わるまで、一ヶ月を要した。
その間、私がしたことは、部屋を片付けることだった。
散らかっているというわけではないが、生活感がなく埃まみれの部屋を掃除した。
食事の誘いも断り続けた。
「意中の者がいるんだ。申し訳ない。」
あながち間違ってはいない断り方。
彼の月色の瞳が忘れられなかった。
誘いの中で、意中の人は誰なんですか?と問われるケースが多く、返答に困った。
「人形です」なんて、言えられるはずはない。
中尉ではないということだけは彼女たちに公言した。
仕事以外で面倒をかけるのは本当に、申し訳が立たない。


「メンテナンスから戻ってきました。」
そう簡素な、伝言が通信係からやってきた。
誰らか、何の件なのかは言わなくてもわかる。
仕事を早々と片付けて、私は店に向かった。


1ヶ月前と大いに変った店内。
どれも見たことのない人形に変っていた。
やはり、誰一人として目を開けることはない。
「お待ちしておりました。」
店主はもったいぶって彼を出そうとしなかった。
長々と人形の説明をされた。
話半分で、彼と早く会いたいと焦っていた。
「彼は、ちょっと癖がありまして…。」
いまさらだ。
「まだ、うまく身体が動かせないので、別の場所で寝ています。」
別に勿体つけているわけではなかったのかと、安堵した。
彼に早く会いたい。
「返品はお受けできませんので、ご了承下さい。」
殊更しっかりとした口調で念を押された。
「そんなことは、しません。」
私はすこしむきになって返答した。


彼は別室で眠っていた。
不揃いだった彼の髪の毛は、綺麗に揃っていた。
その髪を横で三つ網したものを肩から流している。
綺麗なフリルの服とそれに合わせた膝丈のズボン。
そこからのぞく、鈍い色をした金属…?
「あ、あの、これは?」
「ご存知ありませんか?オートメイルです。」
「いえ、それは知っていますが…。」
「彼はなぜが、腕と足が育たなかったんです。」
「はぁ。」
「で、致し方なくオートメイルを。」
美しい華奢な身体に似合わないオートメイルが鈍い色をして、光っている。
「そう、ですか。」
それでも、私は構わないかと思い直した。
側によって頭を撫でる。
「名前はもう、お決めになりましたか?」
「勿論。」
1ヶ月の間、“Hallo Baby ! Are You Name?”と言う名づけ本を読破した。
「エディ。」
私は彼に囁いた。
「君の名前は、エドワードだ。」
薄く、ゆっくりと目が開く。
月色の綺麗な瞳が、私を見つめる。
「エディ。」
綺麗な弧を描いた瞳は、1ヶ月前よりもしっかりと私を見ていた。


代金をキャッシュで払い、私は彼と共に家路に付いた。
荷物が大量で、車の中には納まりきれず、屋根にくくりつけたりと大変な目にあった。
「腕と足の調子が本調子ではないので、暫くの間は月一でご来店下さい。」
そう言って店主は私たちを見送った。


洋服5点と、ミルク5缶、砂糖菓子3箱、クッション2点、シーツ2枚、タオル5枚。
彼は隣でニコニコと笑っている。
まだ彼に自我というものはなく、環境と育て方により変ると教えてもらった。


「今日から、ここが君の家だ。」
あまり広いとは言えないアパルトメント。
お金の問題ではなく、管理しきれないというのが原因だ。
それでも、二人で暮らすには問題はない。
部屋に荷物を運び込むのに苦労したが、彼は拙い足取りでそれを手伝った。
歩き方がおかしいのは、まだオートメルに慣れていないからだろう。
それにしても、プランツドールに対してオートメイルとは少々似合わない気もした。
不釣合い。
軍人だとしても、普通は義手、義足が関の山だ。


「君は、暫くここを使ったらいい。」
ベッドを教えると、スプリングの感触で遊んでいる。
笑う顔が幼く、可愛く思える。
「私は、ソファで寝るから。」
2週間前に頼んだベッドが在庫調整のため、入荷に手間取っているらしい。
他のものを選ぶのも面倒だったので、大人しく待つことにした次第だった。
私は、タオルケットを引っ張り出して、ソファに横になった。
目を閉じてまどろんでいると、何かが服の裾を引っ張る。
目を開けて犯人を確認する。
月に浮かんだ蜂蜜色の髪の毛がおぼろげに光っているようだった。
「どうした?」
勿論返答はない。
「一人だと寝れないのか?」
そういうと、小さくうなづいた。
私は彼の頭を抱え込み、よしよしと小さい子をあやすように彼を撫でた。


彼につれられて、ベッドに入る。
クイーンサイズのベッドは悠々と私たちを迎える。
一緒に寝ても大丈夫なら、注文したベッドはキャンセルしようかと思いながら、布団をかぶる。
彼は、おずおずと腕にくっついてきたので、私は、彼を抱き寄せた。
人肌の彼はとても柔らかく、そのまま私は眠りへと誘われた。


次の日の朝、マニュアル通りに彼にミルクを与えようとしたら、頑なに拒まれた。
まだ、この家に慣れていないのだろうと、さほど気にも留めなかった。
枯れてはならないと、彼の名前を呼び頭を撫でると、至極美しい笑顔を向けてくれた。
しかし、彼はいっこうにミルクを飲もうとはしなかった。
「呑まない。そうですか。やはり呑みませんか。」
「やはりって、そういうことははじめに言っていただかないと」
「しかし、ミルク以外のものを与えると、成長してしまうんです。」
「でも、枯れてしまうよりは…。」
「砂糖菓子は食べるのでしょう?それで暫く様子を見てください。」
実にいい加減だ。


彼はミルクを飲まず、砂糖菓子しか食べなかった。
基本的に、彼は1日の大半を眠って過ごしていた。
だから、問題はないと勝手に思っていた。




お代わりはいかが?>>
2007/05/08up

Copyright(C) min All rights reseved.