夜に濡れた綺麗な帳。
月夜のそれではないけれど、
とてもやさしい深い色。
やさしい大きな手。
包み込まれると、甘い夢を見れる。
MILK 〜観用少女 プランツドール〜
第2夜 玩具
「本当に買うとは思っても見なかった。」
「薦めた本人がそれを言うか?」
私は彼のリハビリを兼ねて、時々一緒に軍に来る事にしていた。
勿論、そんなこと公には認められたことではないので、休日のやむを得ない出勤の時だけだ。
一人で家に置いておくことに、不安を覚えたからでもある。
彼が来て1ヶ月も経たないころ、手足に慣れたか、私の蔵書を床にばら撒いていた。
それだけでは飽き足らず、それを恐ろしいスピードで読破していっていた。
それを店主に相談すると、「彼はなにせ、特注と申しますか、今までに前例のないタイプと申しますか。」と、つまり、よくわからないということだった。
それが、彼の癖のひとつらしい。
前の家でも、こうして本を読み漁っていたとの事。
「なんか、お前さんの隠し子とか言う話になってるぞ。」
「せめて、恋人と言って欲しいところだがね。」
「それだと、同性愛者+幼児趣味なんていう恐ろしい話になるぞ。」
「いくらか、それのほうがマシに思うのだが。」
「それは、お前さんがおかしい。」
彼はその間、図書室に預かってもらうのが常になった。
ここの蔵書は簡単には読破できないだろうと、考えてのことだ。
彼は基本、本を読んでいるか、私を見ているか、眠っているかのどれかだ。
相変わらず、ミルクを飲もうとしない。
先日などは、無理やりミルクを飲ませようとしたら、暴れられた次第だ。
それから暫く、笑いかけてもらえなかった時は、鬱々とした気分になった。
「大佐〜。中佐に聞きましたよ。あれ、プランツドールなんですって?」
「それがどうした。」
「いやだなぁ。早く、言ってくださいよ。大佐の隠し子なんだって、みんなに言っちゃったじゃないですか。」
悪びれもせず自白する、この鳥頭の部下を消し炭にしてやろうかと、本気で悩んだ。
「お前が犯人かハボック。」
「え〜、だって大佐、否定しなかったじゃないですか。」
「肯定もしてない。」
「そうでしたっけ?」
その噂のおかげか、食事の誘いが極端に減ったことだけは確かだった。
「いいか、ハボック。彼がプランツドールということは誰にも言うなよ。」
「秘密なんですか?中佐が中尉たちにも話してましたよ。」
私はここ何年走ったこともないようなスピードで、ヒューズを探した。
どうにか、私の部下の間にとどまったらしい。
「ははは、人形趣味の変態と言われたほうがましだと思ったんだがな。」
「ふざけるな。」
ケラケラと笑うこの男を誰かどうにかしてくれ。
「撃ちますか?」
「中尉、いいね。撃ってしまってくれって、…銃口が私に向いている気がしますが…。」
「そうですね。仕事をしていただけない大佐は、生きる価値がないと認識しておりますので。」
「そうだぞ、ロイ。仕事しろよ。」
「中佐、あなたもです。」
「エドワード君がかわいそうです。せめて、休日に流れ込まないくらいのスピードで仕事してください。」
「ははは。すまないね。」
「それは、私ではなく、彼に言ってください。」
彼はなんとも言えない甘美な微笑で、私たちの様子を見ていた。
本日、図書館は書庫の整理をしているため、預かってはもらえなかった。
見事に山になった書類に目を通す。
サボらなくても、容易に溜まってしまうのが書類というものだ。
1枚処理をすると、2枚ぐらい増えている気がする。
「サボるサボらないの前に、もう少しやる気を出していただければすぐにでも片付きます。」
と有能な下士官が言ってのけるが、簡単に処理できるようなものは私の元へは回ってこない。
サインをするだけの書類も中にはあるが、それでも一応全部に目を通すなどする。
馬鹿みたいに手間を掛けているように思えるが、そういう性分なのだから仕方がない。
「大佐ー。終わりましたか?」
「ああ、あと少し。」
夕方近くになると、書類は減るだけになり、慌しく片付けていった。
彼はハボックと中尉によく懐いていた。
彼らが一番、私の部屋を頻繁に出入りするからでもある。
私の様子を確認しに部屋に入ってきたハボックに彼は、肩車されていた。
「お守りも大変なんです。」
「それは、すまないな。」
ハボックは彼を丁寧に床におろしたが、まだ遊び足らないとハボックに纏わりついていた。
その光景は微笑ましくもあり、また苛立ちを覚えた。
「エドワード。」
彼は私が呼ぶまで絶対に寄っては来なかった。
彼なりに気を使っているのだろうか。
軍服を着た私が恐いのであろうか。
この青を纏っている間は、絶対に一定の距離を取っていた。
彼はとろけそうなほどの満面の笑みを見せてこちらに駆け寄ってくる。
もう、オートメイルは彼の手足として、しっかりと機能していた。
「やっぱり、大佐のほうが良いか。」
振り返ることもせず、駆け寄る彼を見てハボックは少々落胆したようだった。
私は鼻高々と、彼を招き寄せた。
「エドワード、もう少し待っておいで。あと少して終わるから。」
あと少しの書類の処理の間、彼はわたしの横でずっとその様子を見ていた。
残る書類は、お偉い方の美辞麗句。
誰の傘下にも入ろうとしない私への、招待状だ。
それに一つ一つ丁寧に返答していく。
もちろん、断りの手紙だ。
「君は、私が誰かの傘下に入ったほうが良いと思うかい?」
あからさまな独り言だ。
彼は決して言葉を発しない。
小首をかしげ、また笑みをこぼす。
夕日が彼の蜂蜜色の金糸を鮮やかに染めていく。
キラキラと、幼い彼が成長したら、どうなるだろうか。
ふと、そんなことを思った。
ミルクを飲まない彼は、1日1回の砂糖菓子で生きている。
店の主人は首をかしげ、あの手この手と試しては見たが、それでも頑なに飲もうとしなかった。
あきれ果てた私たちは結局、週に1度の砂糖菓子を1日1回与えることにした。
彼を作った職人がそれでも大丈夫だろうとの返答をしたのだ。
香り玉を時折舐めたため、彼は柄も言われない良い香りがした。
「成長ですか?」
「そうです。流石に万年砂糖菓子なんて、あまりにも可哀想だと。」
「そうですか。」
口を濁した店主を最後には納得させるに至った。
しかし、対策を考えると、後半年は待って欲しいという条件付だった。
職人からの返事はないままに、相変わらず右往左往した。
その条件を飲んだのは、この所、和平干渉が続き、隣国との小さな小競り合いが続き、彼に構っている余裕がなくなっていたのも一つの原因だった。
「すまないねエディ、毎日できるだけ帰ってくるようにしたいけど、もしかしたら2〜3日帰れないときがあるかもしれない。前もってわかっているときは、店か、ヒューズの所に預けるが、突然の時は、一人で留守番ができるかい?」
他の人形に比べると、頭が良いのではないかと思うのは親馬鹿心なのだろうか。
彼は、キチンと留守番ができるし、一人で自分のことが全部できた。
大きく首を縦にふった。
わたしは、頭を撫でてにっこりと笑うと、彼も笑った。
ここのところ彼のお陰で、ずい分笑うようになったと思う。
私が笑うと彼も笑うので、彼の笑顔見たさに上機嫌を装った。
装っても、彼の笑顔を見れば上機嫌になるので、これはこれで満足した。
「では、エディ、行って来る。」
もし、彼が“寂しい”という感情を表してくれたなら、こうやって笑顔で見送られるよりもどれだけ幸せかと思った。
そうすれば、私が帰ってきたときもっと極上の笑顔で迎えてくれそうな気がした。
「もしかしたら、戦争になるかもな。」
都市部に入り込むことは無かったが、国境ではテロリスト共が我が物顔で支配を始めていた。
国境警備隊の増員を決め、国境に向かうが列車の爆破テロなどで、国境は無法地帯となっていた。
このままでは埒が明かないと、大総統閣下が重い腰を挙げたのはつい先刻。
和平交渉の算段はとうの昔に整っていたが、あちらの元首がなかなか首を縦には振らなかった。
こちらの軍を整え、あらゆる国境に戦力を分散しつつ、テロリストが暗躍する国境へ戦力を投下した。
「いや、すでに戦争を始める気満々のようだよ。」
机の上には各司令部の参謀の召集命令が来ていた。
将軍各位のサインはもう既に入っている。
これにサインし、部下に渡せば各司令部へ通達が行く。
「オレは今回ばかりは前線に呼ばれないことを期待するよ。」
「そうだな。諜報活動は下のものに任せて、ふかふかの椅子で指示を出せばいい。」
「嫌味か?」
「さてね。私はどうやら前線行きだ。」
「どうして?」
「さてね。前回の戦争での指揮振りが認められたか、厄介払いがしたいか。」
「若いのに出世するからだろ?」
「中佐殿に言われたくないね。」
「ははは、そりゃそうだ。」
そろそろ、会議の時間だとヒューズは時計を見た。
「エドはどうするんだ?」
「前線へは連れて行けないからな。あの店にでも預かってもらうよ。」
「そうか。エリシアが気に入ってるから、うちに連れてきてもいいぞ。」
「ありがとう、考えておくよ。」
見事に和平交渉は決裂し、戦争の火蓋が切って落とされた。
街は騒然とし、駅では見送るもの見送られるものが悲壮な顔つきだった。
私の前線入りにはまだ暫く猶予があり、第1師団の戦況が思わしくない場合、第2師団を引き連れて前線へ向かうことになっていた。
敵国もテロを装うことを辞め、国を背負う軍服を纏った者たちとの激しい交戦が行われていた。
住民の避難勧告は既に終わっていて、疎開者もこのセントラルに集まり、ホームレス状態の国民の整理が前線投入までの私の仕事となっていた。
仮設住宅の建設の余力も無く、軍の公舎の解放や、訓練場でのテントなどでに疎開者を収容していった。
親類などがいるものはそこに行ったが、小さな村が多いため、皆が皆疎開したはいいがどこに行けばいいのかわからない状態が続いた。
前回は、こちら側から攻め入ったため、国境近辺のみの疎開で事は済んでいた。
「ヒューズ中佐から秘匿回線で連絡が入っています。コードはSS2249です。」
秘匿回線など、珍しいと思いながら人払いをし、コードを押した。
大抵暗号を使うため、秘匿回線を使うことなど滅多と無かった。
「すまないな。ロイ。極秘事項だ。反復せずに頭に叩き込んで欲しい。」
そういうヒューズの声は雑音に阻まれて聞きづらかった。
「わかったが、どこから掛けているんだ?聞きづらい。」
「気にするな。それよりよく聞け。敵国の国家元首は暗殺されていた。和平交渉に応じなかったんじゃない応ずることができなかったんだ。テロリストの主格が今は軍を率いている状態になっている。その主格が元首の親類らしい。顔も声も似ていると言うこともあって、写真や音声でしか知らない国民はだまされている実情がある。それを裏で手を引いたのがうちの大総統閣下だ。だから、戦争好きの閣下があれだけのテロを起こされておいて指をくわえて見ていたんだ。考えなくてもわかることだ。狙われた地域は特に工業にも農業にも秀でていない、いわばお荷物な村だ。」
私はうなづきながらそれらを頭に叩き込んだ。
「この戦争の裏はこうだ。お前はどうする?」
「そうだな。なりゆきに任せるか。閣下が何をもくろんでいらっしゃるかは我々下々には到底理解できまい。」
「そう言うと思った。」
「で、私はどう動く?」
「あちらさんとしては、このままの勢いで政権を別のところに移したいらしい。」
私の傘下の第2師団にヒューズの諜報部員を紛れ込ませ、そのまま私の指揮下であちらに潜り込ませれば片がつくようだ。
手はずは整えておくと言っていたので、こっちは言うままに動けば問題ない。
面白いことになってきた。
「前線に行かれるというのに、楽しそうですね。」
「そう見えるかい?」
中尉はそう言うと、サインの終わったいくつかの書類を丁寧に纏め、集めた。
「ええ。」
「一気に昇進するチャンスだ。少し派手に動いてもらうぞ。」
「慣れてます。」
「そうですか。それは大変なことになりましたね。」
「暫く…といっても、いつまでになるかわからないんですが、お願いします。」
「かしこまりました。お預かりしましょう。」
私は、店の主人に彼を預けることに決めた。
ヒューズも是非にと言ってくれてはいたが、彼が私以外の誰かに微笑むのを考えると胸が痛くなったからだ。
明後日の出発の前に預ける。
1日の休暇が与えられたが、半日は手続きなどの事務処理に追われた。
残り半日は彼のために使おうと、わき目も振らずに没頭した。
部下面々は各々の最後の休日を楽しんでいるのだろう。
いつもはせわしなく響く足音も無く、ただ一人執務室の机に向かっていた。
次にこの机に座ったときは、埃が溜まっているのだろうかと思うと、早く終わらせてしまいたいと考えた。
司令部内の部下の机も閑散としていた。
いつもなら書類が積み上げられていたり、マグカップが放置してあったり、食べかけのお菓子などもあるときもあった。
それらが皆片付けられ、静まり返っていた。
もし、戦死してしまっても、片付けるのに困らないためだ。
一番上の引き出しには遺書が入っているはずだ。
強制ではないのだが、通例となっている。
私は、まだ筆を取ることもしていない。
今回ばかりは取るつもりはなかった。
帰ってこなければならない理由があったからだ。
「さてエディ、今日は何をして遊ぼうか。」
このところ、軍内部は騒然としていて彼を連れて行ける状態ではなかったし、寝ている時間のほうが多かったのでいつも家の中で待たせていた。
帰れない時はヒューズの家で預かってもらうこともしばしばあった。
エリシアちゃんもエディのことを大変気に入っているようで、お人形遊びなどを2人でしているらしかった。
彼は、不思議そうな顔をしてこちらを向く。
全てをわかっていますという顔だ。
「笑っておくれ。でないと、君を置いていくことができなくなる。」
置いていかないでとせがまれたかったし、泣きつかれたかった。
すがってほしかった。
彼は極上の甘い顔を見せる。
どこか悲しげな顔に見えるのは、私の心の現われなのだろうか。
彼は、最近お茶を淹れてもてなすということを覚えたらしい。
きっと、グレイシアが教えたのだろう。彼女はとてもおいしいお茶を淹れる。
お茶がカップに注がれる音だけが静かな部屋に響いた。
夕刻には彼を連れて店に行く。
きっと彼は、何も言わずに笑顔で私を見送るであろう。
綺麗な指先が添えられている。
カップが手前に置かれ、一つ音を立てた。
「エディ。」
そういうと、こちらを向いて笑みをこぼす。
幸福な空間。
いつまでも続かない有限なものである。
だからこそ、愛しく感じる。
彼が私を見つめ、微笑んでくれるこの空間を守るのだ。
別れ際に頭を撫でた後、私を見つめる目は微笑んでいながら、悲しそうだったのは気のせいではないようだった。
とぅー びー こんてにゅう
2007/11/23up
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